1-2
ネーレが言うにはただ一つ。
この
曰く、使用中は身体の安全を保証出来ないので必ずベッドの中で使うこと。後はあたしがナビするっす。
とのことで、その日の夜、拓はすっかり寝る準備を済ませ、言われたとおりにベッドの中に魔道書を持ち込んだ。
半信半疑ながらもどこからか湧き上がる好奇心に任せ、拓は魔道書を開いた。
新たなる道とか、未だ知らぬ新天地とか、よく分からないことを
開いた魔道書のページは、どこもただの白紙だった。それは持って帰って来た時から変わらない。
それを確認してから、拓は室内の電気を落とし目をつぶろうとした。
正にその時。色とりどりの眩い光が、魔道書から垂直に天井に向けて溢れ出した。
拓はその圧倒的な光景に我を忘れていたが、端から見るとその光は六芒星を描いているようにも見えた。
そして間を置かず、拓は意識を手放して深い闇に落ちる。
数瞬のことなのか、それともいくらかでも時の流れがあったのか。
目を開くとそこには生い茂る木の枝と風に揺らめくその葉があった。
上半身を起こして周りを見渡すと、そこには森の中の間道のような景色が広がっていた。
絶えず風に踊らされる葉擦れの音がざわめき、少し遠くから川のせせらぎも微かに聞こえてくる。それ以外には音はない。
夜、それも自宅の中だったはずなのに、今いる場所は日が出ている森の中。
眠りに落ちた感覚さえ無いのに、拓はずいぶんリアルな夢の中だと感心していた。
だってこの夢には風が頬を叩く感触も、木々の間から漏れ出る自然の香りすらも漂ってくるのだから。
「わぁ、本当に来てくれたんすね。」
聞き覚えのある声がまたも背後からした。ゆっくり首を後ろに向ける拓。擬音がついたなら、ギギギ、と音がしただろう。
果たして、そこには胡散臭さ地上一位、言葉遣いの残念な美女ネーレが佇んでいた。
昼間都心で見かけたローブ姿とは違い、襟元にフリルの付いた白いシャツ、乗馬服のような七分丈のパンツと黒いストッキング、そして革のブーツ。
動きやすそうな、それでいてお嬢様のような服装のネーレが嬉しそうに微笑んでいた。
薄紅藤の豊かな髪を後ろで結い上げ、明るい空の下では青が混じった不思議な瞳の色が良く分かる。
もちろん胡散臭さは変わり映え無い。
「あの、ここは?」
「ここはタッくんの住む世界とは異なる世界す。仮に『プリモーディアル』と呼称するっす。」
それで説明が済んだとばかり、ネーレは木々の上空を眩しそうに目を細めながら満足そうに眺めだした。
「……えっとその……何で、っていうか、何のために?」
聞きたいことが山ほどあり過ぎて何から聞けばいいのかも、何を聞かないといけないのかもまとまらず、ただ口の開くままに拓は質問した。
「何のためっすか? ……うーん。とりあえずタッくんには、この世界を知ってもらいたいっす。そのために、あたしがナビするっすよ。」
はい、それはもう聞いたっすよ。
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拓が未だ夢の中の世界だと思っているここは、文明が進化し続ける地球とは明らかに一線を画す世界。人々は暮らしやすさを科学の追求に求めず、大地が生み出す
そう、ここは剣と魔法の世界。
「タッくん、
「……先生、魔道書がないっす。」
「先生。……あぁ、なんて甘い響き。
タッくん。いいすか。左手を見るっす。」
言われたとおりに左手を見る。
何もない。…いや、覚えの無い指輪が左手の小指に嵌まっている。くすんだような青色の石をはめ込んだ、鈍い金色の指輪。
「その指輪が、魔道書っす。この世界では魔道書はその姿に変わるっす。」
そう言われて改めて指輪を眺めても、指輪は指輪であって、あの10cmを超える厚みの重厚な本の面影はない。
適度に古びていて、落ち着いた佇まいがそこはかとない歴史を感じさせてくれるが、至って普通の指輪だ。ただ少し気になるのは、やたらと指に馴染みすぎている気がすることか。もうずっと何年もこの指輪をしているようだ。夢の中ならこんなもんか、と拓は納得した。
「では、その指輪の石を軽く押し込んでみるっす。」
ネーレの言葉に従って、くすんだ青色の石を軽く押し込んでみる。
すると、暖かなオレンジ色の光が眼前に広がり、視界に機械じみた、いやゲームのインターフェースを思わせる無機質なウィンドウが浮かび上がった。
視界を遮らないためか、中央の広いスペースはそのままに、左右上下に細かなアイコンが並んでいる。
右上には円形のアイコン。円の中に不確かな模様が描かれていて、何となく周辺の地図のような気がする。
その下、右下隅には横長のアイコンが二つ。上には「1G」とひっそりと表記されていて、その下には「ヴィヴィの町近くの魔の森」と表記されている。現在地の表示か。
左上には時間表示か、09:51:28と表記があり、刻一刻と数字が変動している。
その下にはやや大きめの文字で「Lv.1」という表示があり、さらにその下に縦長のアイコン。メニューらしきものが並んでいる。
「アイテム」、「装備」、「スキル」、「ステータス」、空欄、ときて一番下は「セーブ」だ。
「何です、これ?」
「神の御業です。」
それっきり無言で見つめ合う二人。
一陣の風が吹きすぎてなお、辺りに動く物は無かった。
「……コホン。先ほど
わざとらしく右手を拳にして口元にあてがい咳払いをした後、ネーレは続けた。
「そもそも、魔道書とは何なのか。
それは、タッくんのいる世界とこの世界とを繋げる門となり、双方の世界を中和する物なのです。
言ってみれば翻訳機であり、コンバーターでもあるんす。」
「はぁ。さっぱりですが……」
「ですよねー。」
また、二人の間を風が通り過ぎていった。
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