第144話 ファル王都解放に向けて


――― 激しい魔法攻撃が続いている。ファイヤボールや氷の槍、土の槍、烈風、それらが、ファル王城の一角に集中して加えられた。そして、魔犬や魔熊など魔物、ゴブリン、トロールなど下級魔族が追い立てられ、自らの血で魔除けの結界を穢し、それを破ろうとしている。その上空は異様な空気が立ち込め、昼間だと言うのにあたりは薄暗い。第一、第二城壁が破られたファル王都だが、王とアメーリエ王妃の尽力により、これら攻撃を跳ね返し、今はなんとか侵入を防いでいる ―――


「陛下、少し横になられた方が」

と私は夫 ブライアンの体を気遣い心配した。夫は、前線に立ち、兵達を激励して自分も矢を射て、敵を仕留めている。王が陣頭指揮を取っていなければ、今頃は第三城壁が破られていたかも知れない。


「いや、今ここを保たなければ、ファルが落ちる。それにそう言う君もあまり寝ていないじゃないか?」

と逆に気遣わせてしまった。


 デーモン王の毒牙を間一髪のところで、食い止めてから二十日が経った。ファル王都内の食料は有り余るほどあり、さらに生産もされているので問題はないが、兵士たちの疲労は限界に近かった。特に魔法使い達は綻びた魔法障壁を修理するために昼夜を問わず、働き続け、魔力が尽きて倒れるものが続出している。魔除けの結界装置も魔法使い達が交代であたり、なんとか持たせているところだ。回復薬を使い続けているがそれも限界に近い。

 一方で魔物や下級魔族達は、最初こそ、永遠に沸き続けるのではないかと思う位、次から次へと投入されて来たが、あるときから突然激減した。それは、夫が、エルメルシアとシン王国に助けを求めてから、十五日目あたりから、顕著に現れて来た。援軍の助けと信じたい。


   ◇ ◇ ◇


「ケイ姉、この先で、ゴブリンロードが魔物を捕まえてます。どうしますか?」

と俺は、ケイ姉のもとに戻り小声で喋った。


「陛下にお伝せよ」

と俺の問いには、頷き、横にいた兵士に一言命じた。そして、俺の方に向き直り、じっと見つめてくる。


 何か、足りなかったか? ケイ姉は、言葉が少なくて良く分からない時がある。


「何匹?」

と言ってくれた。


「ゴブリンロードが一匹、ゴブリンが五匹に、魔獣が数匹……です」

と答えた。


 するとまた、俺を見つめて、

「………」

しばらく、無言が続いた。


 それから、

「ちょっと、待ってて」

と一言、言うや木に素早く登った。木の葉が風で擦れる程度の音しかしない。


 ケイ姉の影を追って、木の方を眺めていると


「レイジ、やるよ! 」

と後ろから声がした。ビックっと、驚いたのを何とか誤魔化し、ケイ姉の方を振り返った。


 ケイ姉は木に登り、一眼見て敵の力量を見抜き、音もなく俺の後ろに降り立ったのだろう。何時もながら、驚かされる。


 そして、俺たちは音もなく忍び寄った。ケイ姉の配下の兵士は、ケイ姉程じゃないが、皆足音が小さい。


 そして、ケイ姉が腕を上げて、少し揺らした。兵達が音もなく、俊足で突撃した。ケイ姉も素早く駆け出し、リーダー格のホブゴブリンの喉をかき切って、返り血を浴びる前に離れて、兵達の様子を見回した。その時には、すでにタガーは、腰の鞘の中に収まっていた。


 俺も遅ればせながら、ボロボロの錆びた剣を振り回して来たゴブリンの足を払って突き刺した。


 魔獣達は兵達があっという間に切り倒し、音もなく終了した。


 そして、腐肉草の種を魔物達に掛けて処理していると、


「ケイ、大事ないか?」

と陛下が声を掛けて来た。


 ケイ姉も俺も跪き、横目でケイ姉の様子を伺っていると、頬を赤くし、肩をすぼめて、

「大丈夫」

と答えたのを聞いた。


 少女の様な恥じらいと、獲物を素早く仕留める牝ヒョウの様な大胆さに何とも不思議な感じがした。


「ケイ、面倒かけたね。ここらの魔物もだいぶ潰したから、ファルへの侵攻は相当遅れるだろうと思う。この先で、シン王国軍と落ち合うことになっている。さあ行こう」

と陛下は手をケイ姉に差し出して、馬の後ろに引き揚げた。


 ケイ姉は陛下の背中に顔を埋めていた。


   ◇ ◇ ◇


――― そこには、夏の太陽の光を受け、銀色の光を放つ、大軍がいた。総勢十万の兵達は皆、シン王国の鎧をまとい、長槍歩兵、騎兵、聖素竜騎兵たちが並び、聖霊師達が所々で回復魔法の陣を展開している。その中央には聖霊教会の旗が靡いていた ―――


「まさか、陛下ご自身で、いらっしゃるとは思いませんでした」

とその王は、話を切り出して来た。


 この時、私は内心驚いた。何故か、ヘンリー・ダベンポート・エルメルシア王の言葉、何でもない挨拶の言葉が、心の中に染み渡るのである。そして、畏怖の念が湧き起こる。

 私は直感的に抗うことはできないと思った。ヘンリー王は、私よりも高い次元のカリスマ性を身につけたと感じたからだ。いつもの王侯同士が行う儀礼に、こんなにも敬意を込めたことは始めてだ。跪くまでは行かないまでも、敬意を持って接する事が自然だった。そうするべきと心が命じた。


「聖霊教会が魔族を滅ぼすために遣わしたのです。この戦い、ファルの救援だけではないと教会が判断しました」

と私は答えた。ヘンリー王は頷きながら聞いていた。

それだけでも、何故か嬉しくなる。


「ダベンポート王、いや、エルメルシア王、見事に祖国を取り戻したと聞きました。この戦時の中でありますが、祝意を示したいと思います」

と私は続けた。


「女王陛下の祝意、ありがたく頂きたいと思います」

とヘンリー王は答えた。

 

 そして、

「今、ファル王都は侵略者に囲まれて、かなりきつい状態です。奴らは魔物、低級魔族を死に兵に使い、その血を持って結界を破ろうとしています。私たちの兵数では、奴らが供給する魔物の狩を邪魔するのが精一杯なところでした。シン王国の救援ほど、力強いことはありません」

とヘンリー王は話してくれた。


 ヘンリー王は、若い槍使いの兵に耳打ちして、ファルから決死の覚悟で救援の使者を務めた斥候を引きわせてくれた。


「六人、決死の覚悟で、ファル王の命を受けてシン王国とエルメルシアに三人づつ向かったそうです。私と出会ったのは、この兵士一人でした。シン王国にも向かっているかもしれません」

とヘンリーは、片目に隻腕の男を紹介し、救援の親書を私に見せた。その男の傷は生々しく、つい最近のものだとすぐに判った。しかし容体はかなり良い様に見える。ヒーナさんの薬だろうか?


 読み終えた後、私は、横にいた近衛に我が国にも向かったかも知れない使者の捜索を命じた。


「あのファル王が外聞に囚われず、この様に貴国と我国宛てに救援の書を送るとは、かなり切迫している様子ですね。あまり時を置かずに救援しましよう」

と親書をヘンリー王の手に戻しながら答えた。


 すると今度は、薬をくれた。


 何でもサキュバスとインキュバス対策で、戦闘前に兵士たちにも配って飲ませる様にと。あの薬剤専門のヒーナさんが作ったらしい。一粒がゴマ位の大きさだが、効果は一日持つらしい。ジェームズさんと言い、アーノルドさんと言い、それにシェリーさん、マリオリさんと、このヘンリー王の周りには逸材が集まる様だ。さすがに『人たらしの王』だと、今さながらに感心してしまう。


 そして、そのヘンリー王との話し合いの結果、明後日、早朝に仕掛けることとなった。


   ◇ ◇ ◇


――― 少し後方に離れた森の中に一個中隊と四聖竜妃がエレサと共にいた ―――

「エレサ様、戦の成り行きを見るだけと言うこと、夢夢お忘れなき様」

とサルモス・ウィード中将に念を押された。


「分かっているわよ」

と私は答えた。

 サルモスは用兵の先生でもあるので、頭が上がらない。今回は何時もの魔物相手の小規模戦とは違い、正規軍が出る大規模戦を見るためと言って、母上を何とか説得した。後方から見るだけと言う約束だが、ここからでは全く戦況は見えない。ファルを攻撃する長距離魔法の音だけが聞こえてくる。


 サルモスからは用兵を、タン老師からは武術を、聖霊師からは聖霊魔法を習った。ヘンリー王に連れられてアルカディア難民を訪問するまでは、どれも身が入らず、何となく習っていた感じだった。あの時、彼女と約束をする前までは。


「ここ数日中に、総合攻撃を仕掛けるそうです。エレサ様はくれぐれもこの地から離れることなき様にと仰せです」

とサルモスがまた念を押して来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る