第132話 威徳の発現
「ほう、人属の王で、俺の前に一人で、そうやって立っていられる奴は初めてだ。取り巻きがいなくなると大抵のやつは、跪いて命乞いをするけどな」
とムサンビは、大鎌を少し左に引きながら語りかけた。
「お前はムサンビだな」
とヘンリーは聞いた。
’とりあえず、人質にするから、殺しはしないが、再起不能なくらい痛め付けてやろう’
と、ムサンビは全く動じないヘンリーに腹が立った。
「そうだ、それがどうした?」
「レオナを手にかけたのはお前だな?」
「ああ、そうだ」
この時、ムサンビは、ヘンリーに怒りが生じたを感じた。
’奴は、怒りで冷静さを失っているな’
と感じ、急速に接近して鎌の峰のところで打ち付けた。
ヘンリーはエルメルシアを抜き辛うじて、それを受け止めた。敵の動きが早くエルメルシアの玄武結界を発動できなかった。
「どうした、怒りは強い武器になるが、冷静さを失うと体が動かないぞ、ふふふ」
とムサンビは、力一杯、大鎌を回した。
ヘンリーは後ろに飛ばされたが、体を回転して何とか受け身をとった。
そして、エルメルシアを振り、氷の矢を飛ばした。
しかし、ムサンビはそれを難なく避け、
「ほう、その剣は何かの聖剣か? しかし持ち主が、お前では使いきれんだろうな」
と馬鹿にした後、また急接近して大鎌の峰を使って打ち付けようとした。
この時、鎌の軌道が逸れた。ムサンビは、さっとにヘンリーから離れ、
「その剣、他にも仕掛けがある様だな。面白い」
とムサンビは言いながら、大鎌の歯の根元に持ち替えて、また、ヘンリーの目の前に現れた。今度は、エルメルシアにゆっくりと鎌を押し当てた。
「この鎌も仕掛けがあってね。人の生気を吸うだよ。ほら」
とムサンビが言っている側から、何やモヤモヤしたものがヘンリーの体から鎌に吸われていく。ヘンリーは物凄い倦怠感に襲われた。
ムサンビは、さらに力を込めて押しあて、力が抜けていくヘンリーを地面に倒した。
「どうした? 王よ。それだけか?」
とムサンビが、小馬鹿にした時、ヘンリーは渾身の力を込めて、ムサンビを横へ飛ばし、自分は反対側に転がって体勢を立て直した。しかし、肩で大きく息をしなければならない程、疲労困憊に陥った。
「さて、外の奴らが入ってくると厄介だ。そろそろ、大人しくなっても貰おうか」
とムサンビは、右手で大鎌の柄を持ち自分の背中に回して、左手を軽く、ヘンリーに向けた。すると大鎌から、紫色の妖気が発して、ムサンビの体に纏わりついていく。
「王よ、この鎌だけが俺の武器ではないぞ、俺自身、幽鬼だからな」
と言いながらムサンビが、また急速に接近して来た。
今度は鎌を使わず、紫の妖気に包まれた幽鬼が近づいて来ただけだった。
ヘンリーはエルメルシアを振り回すが全く手応えがない。しかし、強烈な倦怠感と今度は息苦しさも加わり、次第に力が入らなくなって来た。
「ああ、そうだ。奴は、お前を信じる事が出来れば、信じられているかなど、如何でも良いと言った。なぜ、そんな事を言えるのか、お前にちょっと興味が湧いたんだが、何のことはないな」
ヘンリーは気が遠くなりそうな所で、ムサンビの声を聞いた。
そして、耳の中に
”しけた顔して、座ってじゃんぇよ……… まだ、道半ばですぞ。陛下”
とレオナの声がした。
一方、ムサンビは太々しいヘンリーを、妖気で押さえ込みながら、
’俺に命乞いでもすれば、言い方も変わるだろうが、ちょっと揶揄ってやる’
と思い、ヘンリーの耳元で、
「俺は、アイツは嘘つきか、バカじゃ無いかと思うよ。お前に会ってみても、普通の人属の王と違いはない」
とささやいた。
するとヘンリーは顔を上げた。
その目に威の炎が灯った
「下がれ、下郎!」
と大音声が指揮所内にこだました。エルメルシアが白く光り輝き、衝撃波がヘンリーを中心に発生した。
ムサンビは、強烈な圧力を受け、後ろに吹き飛ばされた。妖気は消え失せ、大鎌を落とした。体からは、妖気ではない煙が出て一部が消し飛んだのが判った。
’王の気魄。それもそれも飛びっきりの強さだ’
とムサンビは咄嗟に感じた。
◇ ◇ ◇
指揮所の入り口を守って戦っている、ケイ、マリオリと若い兵士は、爆発音に驚いた。
特にケイは、ヘンリーの声を聞いて、いても立ってもいられず、
「マリオリ様………」
とマリオリを見つめてきた。
マリオリは察して、
「ここはもう大丈夫だろう。ケイ殿は、先に陛下の元に向かってください」
と頷きながら告げた。
すると、身を翻し、タガーを使って上の窓に駆け上がり、そこから中に入った。
’ケイ殿は、いつも言葉少ないが、陛下を思う気持ちは、誰よりも明確に語っているな’
とマリオリは孫娘を見る様に見送った。
マリオリは若い兵士に向いて、
「若いの。私からみても武術の筋がいいと思うぞ。しばらくここを守れ。もうすぐ聖霊師様の聖素慈雨が降るから心配はない。儂は魔力が消えては、かなわんから指揮所に行く」
とマリオリは残った骸骨兵をエクストラファイヤウォールで灰にして、全てかたずけたのち、ケイに続いて指揮所に向かおうとした。
「そうだ、若いの。名は何と申す? 」
と階段の途中で、振り返り訪ねた。
「レイジです。レイジ・ミリオン」
マリオリは、
「ふむ、レイジか。王にお伝えしておくぞ」
と言って頷いた。
そして、ケイが先ほど登って入っていた窓を見上げて、
「私は、ケイ殿みたいに身軽ではない。やれやれ」
と言いながら、ドアを開けて入っていった。
残された、若い兵士が周りをみると、朝露に煌く光の様に、キラキラした粒が、大地や空や木々、そして自分からも、少しずつユラユラと空に向かって立ち昇っているのが見えた。
◇ ◇ ◇
ケイは、窓から入り、人の腕ほどの幅しかない欄干の上を走り抜け、ヘンリーの後ろに一気に飛び降りた。欄干を走る時も、着地した時も音はしなかった。
「陛下………」
「ケイか、大事ないか?」
とヘンリーは、立ち上がりながら顔を少し横に向けて、ケイの体を気遣った。
「はい……」
とケイは、はにかんで下を向いて答えた。
そして、ケイは気配を探ると、向こうの暗闇に人ならざる者が倒れていることが判った。
「ぐはっ、ちょっと見誤ったか」
とムサンビは起き上がった。
’あの気魄は、尋常じゃない。こいつは今までの王とは比べ物にならない’
とムサンビは心の中で思った。
すると、その王から、怒りが解けていない声がかかった。
「ムサンビよ、レオナは、嘘つきでも、馬鹿でもない。彼はいつも誠実で、皆と同じ様に、私に様々なことを助言してくれた。お前の、あの前言は許さない」
と体の隅々に染み込む声がした。
’なっ、なんだ、これは’
ムサンビは狼狽えた。
叱責の言葉であるのに、体の中を駆け巡るこの暖かい感覚。俺が遠の昔に閉じた心に、なんの抵抗もなく入り込む、
圧倒的な親近感、
そして抗うことができない畏敬の念。
ムサンビは、幽鬼となったこの体が、勝手に跪き頭を下げていくことに驚いた。
◇ ◇ ◇
――― 少し前、ヘンリーが王の気魄を発して、ムサンビが吹き飛んだ時、もう二人、吹き飛んだ者達がいた。デーモン王は地獄門を使って、ムサンビの動向を監視ていたが、その点ほどの地獄門を通して、ヘンリー王の気迫を受けて天幕の中で吹き飛んだのである ―――
「なんだ、あいつは。危うく、ノアピから剥がされるところだった」
とデーモン王は驚きの後、脅威と怒りを感じた。
立ち上がり、あの人属の王を殺そうと決意した時、
「出て行け…」
ノアピが起きてしまった。
「静かにしろ、もう少しで、このロッパがお前の娘のものになるのだぞ」
と体のブレを抑え込もうした。
すると今度は、あの人属の王の声が、地獄門から聞こえてきた。
「なんだ、おい、ノアピ、何をするんだ」
と自分の体が自分の制御から離れ、勝手に跪き始めた。
「おい、ノアピ、お前も王、いや皇帝だろ? なんで、彼奴に跪くだ?」
と自分自身に問うた。
「………」
ノアピからの返事はなかった。
しかし、涙まで流して跪き、動くことができなくった。
’地獄門を閉じなければ’
と必死にデーモンはもがいたが、体は全く言うことを聞かない。魔法印さえも結べない。
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