第124話 アーデルの砦

―――アーデルの砦。そこはエルメルシアの防衛拠点。元々、ローデシア侵攻に備えて作られた要害の砦。断崖絶壁の山をくり抜き、二重に張り巡らされた城壁があり、入口は頑丈な門が聳え立つ。魔法障壁を掛け易いように、魔法使いの塔が三つあるのが特徴だ。今はエルメルシアの女王マリー・ダベンポートによって絶対封印の魔法が掛けられており、エルメルシアのダベンポート家の血でしか見つけることができない―――


「さー、もう少しです。頑張ってください」

と僕は、後ろを振り返り皆を励ました。


 そこに、アーノルドから魔法通信が入った。


あるじ、骸骨野郎がお出ましだぜ”


 すでに、マリオリさんから、骸骨兵の一部が、こちらに向かっていることを教えてもらっているので、それほど驚きはしなかった。


「ヒーナ、このまま、真っ直ぐに行くと、道が二手に別れるところがある。そこを左に入ると、広い草原に出る。そこで待っていてくれ。何かあれば魔法通信で呼んでくれるかな?」

とヒーナに話をした。


「解ったわ。一応これ持って行って。聖霊師様が、いらっしゃるから必要ないかもしれないけど」

といつものポシェットから回復薬を出してくれた。


「ありがとう。それから小ゴーレムを取り敢えず十台出しておくから、何かあったら命令して。ヒーナの指揮権も登録しておいたよ」

と十台の小ゴーレムを出して先頭を行かせた。


 ファルの本店から、復興の作業用に一万体をコロン車十台に分けて持ってきた。それが役に立ちそうだ。


 そして僕は、空中の空気を所々、固めて、伸び縮みする紐のついた矢を打ち込みながら、列の後ろに飛んで行った。


   ◇ ◇ ◇


 シェリーとアーノルドは、道を塞ぐように佇んでいた。


 シェリーは何時ものように腰のあたりで、鞘に収めたエルステラを横に装備し、左手を剣の柄頭に載せて、左足を少し前に出して斜に構えている。


 アーノルドは、竜牙重力大剣を背負って、腕を組んで立っていた。


 僕はちょっと高い木の上に空気を固めて立ち、アルケミックコンパウドボーのスコープを覗きながら、


”アーノルド、シェリー、百体位の骸骨に、魔犬に乗ったゴブリンが二十体くらいだ”


”了解、骸骨兵は任せろ。魔犬が抜けていくのを防いでくれ”

とアーノルドが返してきた。


ザッ、ザッ、ザッ

と骸骨兵の規則正しい足音が近づいてきた。


そしてアーノルドたちを見つけると突進してきた。


「シェリー、左を頼む。俺は右をやる」

とアーノルドが、骸骨兵を睨みながら言った。


「解ったわ。気をつけて」

とシェリーは返す。


「お前もな」

とアーノルド。


 そして、まずアーノルドが、大剣の引力重力波を最大にして、縦に振りさげた。

すると、波動が進み、その軌道近くにいた数十体の骸骨たちはお互いに、ぶつかり合い、砕けた。


 次にシェリーは、エルステラをゆっくりと抜き、

「いざ」

と掛け声の後、瞬間移動で先頭の骸骨兵の前に現れ、ものすごいスピードでエルステラを回した。


 シェリーは玄武結界を使っていないが、骸骨兵の誰一人として、エルステラと剣を交えることなく、消え去って行った。


 二人は、草原を進むが如く、切り進んでいく。


   ◇ ◇ ◇


 僕は、スコープを見て、一度に複数の魔犬と、その上のゴブリンにマークを付けて、アルケミックコンパウドボーの弦を次々、弾いた。


 軌跡はなく、矢が生えて、魔犬やゴブリンは絶命して行った。


 アーノルドやシェリーをスコープで見てみると、僕の援護は全く不要な感じだ。


 アーノルドが、剣を一振りすれば、数十体が粉々になり、シェリーが剣を回せば、煙とともに消えていく。骸骨兵はただの案山子にしか見えない。


’流石だな。ん? 時々顔を見合わせて、笑っているですけど’

と思っていたら、僕たちの隊列の中央付近で音がした。


’なに、迂回した奴がいたか?’

と僕は少し焦り、また、矢を使って移動した。


 すると、メリルキンさんが、十本の指先から、聖霊弾を連発し、ゴブリンと魔犬を吹き飛ばしていた。

 しばらくすると、中央のコロン車を中心にして、大きな回復の聖霊陣が現れ、そこにいたゴブリンと魔犬が霧になって消えた。


’聖霊師様の魔力は流石だ’

と思っていると、


”ジェームズ、先頭に急ぐのじゃ、魔物が向かっておる”

と聖霊師様から魔法通信が入った。


 その直後、爆発音が鳴り響いた。小ゴーレムのファイヤ・フレームだろう。


”わかりました”

と答え、空中を飛ぶように移動した。


   ◇ ◇ ◇


 骸骨兵の殆どは、小ゴーレムのファイヤ・フレームで吹き飛んだ。


’へー、小さいのにやるわね。さすが、将来の我が夫が作っただけのことがある’

とヒーナは感心した。


 しかし、素早い魔犬は、間をすり抜けて、私の方に来た。すると、小ゴーレムはファイヤ・フレームを使うことができず、立ち往生していた。


 それを見たヒーナは、

「あらら、もう少し、改良が必要な様よ、ジェームズ君」

と一人呟いたが、


グルグルグル ………

と魔犬が5頭、ヨダレを垂らし、唸りながら、ヒーナの前に躍り出てきた。


「ん? 不味いわね。でも、このヒーナ様も、ちょっと前とは違うわよ」

とポシェットから、薬瓶を出して、薬剤調合の錬金陣を発生させ、一瞬にして他の薬に変えてしまった。


「さて、貴方達、これに耐えられるかしら?」

と瓶の蓋をポンと開けると、白い煙がパッと広がった。


すると、魔犬達は、鼻を押さえて、


キャンキャン


と泣き出し、後ずさりしながら、クルクルとその場で回り始めた。


「魔物にはキツイでしょうね」

と言いながらも、警戒した。


 そこへジェームズがやって来て、クルクル回る魔犬を見ながら、


「すごいね、何をやったの?」

と聞いて来た。


「あれはですね、魔物の魔素と結合して、猛毒になるイソプロトリン酸の強いやつよ。腐肉草から抽出したの。凄いでしょ」

と私は胸を張って答えた。


「うん、凄い。でも、魔素が無くなると、小ゴーレムが止まってしまう」

とジェームズは尊敬の眼差しで私を見た後、停止した小ゴーレムを指差した。


「もうちょっと、改良が必要ね。期待してるわ」

と私は答えてた。


 魔犬達はパタリと倒れて、動かなくなった。そして見る見るうちに骨に変わって行った。


「先を急ごう。もう少しだ」

とジェームズは、動かなくなった小ゴーレムを回収して、皆んなに号令した。


   ◇ ◇ ◇


 兄上も追いついて来て、僕達は、駄々ぴろい草原にたった。


「あのとき、母上が負傷せずに、ここに来ていれば、時代は変わったもかな」

と兄上は、草原の向こうの山を見ながら呟いた。


「うん」

とだけ答えた。


「じゃあ、開くぞ」

と兄上は答えて、手を山の方に突き出した。


 兄上は、何も無い空間で、何か重いものを押している様に力を込めた。


 空間に一筋の光が縦に生じた。


 そして、


 その光が広がるごとに門が現れ、

 その左右に城壁が現れ、

 その奥に三つの尖塔が現れ、

 山の中腹に都市が現れた。


「凄いわね。さすが、ジェームズの母上様の魔法だわ」

とヒーナは目を輝かして呟いた。


 僕たちは、避難民を誘導して、砦に入れてた。


 「さー、こちらへ」

と避難民を入れている時、兄上が、突然後ろを向いた。


「兄上、どうしましたか?」

と僕は聞いてみた。


「いや、レオナの声が聞こえたのだが、追いついて来たのかと思ってな」

と言いつつも、不安そうな顔は隠せなかった。


”ジェームズ、陛下は居られるか? 陛下は大丈夫か?”

と聖霊師様から魔法通信が入った。


”レオナの声がしたと、何か不安そうにしています”

と答えた。


”そうか。感じたか。ジェームズ、陛下に伝えておくれ。レオナの生命の声が聞こえなくなったと”

”えっ?”

”普通なら、こんな事は、教えんのじゃが、為政者は正確な情報をいち早く知り、決断せねばならぬからの”

と聖霊師様は魔法通信で答えた。


「兄上、今、聖霊師様から魔法通信がありました。レオナさんの生命の声が途絶えたと」

と僕は兄上に話した。


「………」

兄上は何も答えなかった。表情は固く、悲しむでもなく、怒るでもなく、全く動かない。


マリオリさんが、

「レオナ、この老人を差し置いて…」

と言ったきり、言葉を失った。


「ありがとうジェームズ、聖霊師様にも解ったと伝えておいておくれ。さあ、皆の者、砦に市民達を誘導するのだ」

と兄上は指示を飛ばした。

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