第122話 エルメルシア城跡の戦い

―――まだ、夜が明けきらない山々を縫うようにして細い道が続く。左右は高い木々の林が続き、さらにその先には断崖絶壁がそびえ立つ。朝霧がゆっくりと木の間を流れ、道行く者の体に纏わりつき、着ている服を重くする。その道を歩く避難民は、蟻のような列を作り、疲れ果てた足取りは重く、遅々として進まない―――


「サー、もう少しです。頑張ってください」

 

 僕もヒーナも馬が用意されたが、それには、小さな子供を乗せて、避難民達と同じ徒歩でアーデルの砦に向かった。


”シェリー、アーノルド、そっちは如何だい? ”

と僕たちは、かなり頻繁に連絡を取り合っていた。


”ああ、今の所、大丈夫だ”

とアーノルドが、慣れない魔法通信を使って答えてくれた。


”こちらも、特に問題ありません”

とシェリーがキビキビと答えてくれた。


”ジェームズ、我等にも特に気になる兆候は感じないぞ”

と列の中ほどのコロン車に子供達といる聖霊師様が答えたてくれた。


 兄上達は時間稼ぎに城跡に残り、ギリギリまで敵軍を引きつけておき、こちらへやって来る手筈になっている。


   ◇ ◇ ◇


「敵の大将はバカではない様ですね」

とレオナは、槍を抱えて、手で太陽の光を遮りながら敵の動向を見ていた。


「マリオリが仕掛けた魔法の罠をゴブリン達を使って、解除しているのか」

と私も、手で朝日を遮って答えた。


「それだけではありませんな。聖霊師様に降らせてもらった聖素の雨も、ゴブリンの血で中和させている様ですな」

とマリオリは手を後ろに組んで、目を細めて答えた。


「本隊は、後方の骸骨兵か。約五万と言うところか。我が方は八千。城攻める側は一般的に十倍の兵が必要と言われているが、城壁の具合から見て互角かな」

と私は、誰に聞かせるでもなく呟いた。


「もう少し城を修復出来ていれば、良かったのですが」

とマリオリは答えた。


 昼夜突貫工事で、壊れた城壁を補強していた。話してくれたマリオリを見ると疲労の色が現れている。


「マリオリ、少し寝てくれ。奴らは未だ来ない。多分夜だろう」

と私はマリオリに半ば強制するかの様に休むことを勧めた。


「では、お言葉に甘えて。歳はとりたく無いものですな。ハハハハ」

と笑いながら、後方のテントに潜り込んだ。


 最初、一、二万いたゴブリンは、ただ、雄叫びをあげて突進してくる。しかし、マリオリの仕掛けた罠にハマるか、聖水で消えるかして、今や半分以下になった様だ。


 レオナは、マリオリから借りた望遠鏡を見ながら、

「あれは、元人属の兵の様ですね。装備は壊れているが人属のものだ。盾に剣、槍隊に弓隊。魔法兵隊。陣容は我らと同じです」

とレオナは状況を見ながら口に出して教えてくれた。


 今回、聖霊師様に清めてもらった聖水を兵達に持たせているし、剣はシン王国製のものを借りた。レオナが大事に持っている槍は、ジェームスが懇意にしているシン王国の鍛冶屋が作ったものだ。ジェームズの許可を得て、千年聖霊樹で作ってもらった。シェリーほど、聖素を操れないが、そこらの魔物、魔族なら、当たればかなりのダメージを与えられる。

 レオナが練習していたのを見たが、驚くほどしなり、そして岩も砕くほど固いのには驚いた。


   ◇ ◇ ◇


 日が傾き始めた頃、

「ぎゃー、ぎゃー」

とゴブリン達の悲鳴が、だいぶ近ずいてきた。即席の城壁に取り付いているのだろう。そこも聖水で清めてあるので、始めのうちは、途中で手足が消えて落下していった。


 そして日もすっかり暮れた頃、


ザッ、ザッ、ザツ

―――大人数の兵が移動する音―――


 ゴブリンのデタラメな隊列ではなく、統制のとれた、正規軍が移動るす音がした。

弓がギリギリで当たらない位置で停止している。敵ながら大したものだ。


 マリオリが、魔法兵に先行呪文を唱えさ、レオナは火矢を弓隊に構えさせた。


 真ん中あたりの兵が規律正しく移動して道を作り、そこを何か黒いものが進んでくる。古式ゆかしきいくさのやり方だ。敵の大将は、元人属か?


 などと思っていると大音声で

「エルメルシアの王とお見受けする。我らは魔族の端くれ故、貴殿らに降伏の機会は与えない。存分に戦いを楽しもうぞ」

と黒いローブの魔族はくぐもった声で言ってきた。


「貴殿の名前をお聞かせいただきたい」

と私は声を張り上げて聞いた。


「俺の名前は、ムサンビだ。ただのムサンビ」

とムサンビは答え、後方に消えた。


「くるぞ」

とレオナが城壁の下の兵に怒鳴った。そして手を上げて、弓隊に矢の装填を指揮し、魔法隊に最後の準備を促した。


「まだだ」

とレオナは、はやる気持ちを抑える様に呟いた。


グオー、グオー

―――ラッパの音―――


 骸骨がどうやって鳴らしているのか判らないが、軍隊ラッパが鳴り響いた。


ザッ、ザツ、ザツ


 前衛の骸骨隊が盾を上げて、進んでくる。


「まだだ」

とレオナ。


 第一波の骸骨兵が走り出した。


「放て」

とレオナが叫んだ。


ヒュー、ヒュー

―――大量の弓の音。無数の火が天に向かって飛び立ち、そして、空でゆっくりとなった後、地上の骸骨兵に向かって速度を上げて、地上に突き刺さった。火矢によって、骸骨兵のあたりが明るくなった―――


「第二矢、放てい」


 今度は聖水に浸した矢を撃たせた。


 暗闇に上がった矢は、ほとんど見えない。突き刺さる音だけが響いた。


 そして、


ガラガラガラ

―――骸骨が崩れる音―――


 骸骨兵が、聖水によって、ただの骨に変わり崩れていく音が聞こえた。


 それでも、何人かは盾でよけ、城壁までたどり着いていた。


 そして、マリオリが、魔法の杖を振った。魔法兵が呪文の最後の部分を唱えた。


 すると城壁近くに火の壁が立ち上がり、骸骨兵を焼いていく。エクストラ・ファイアウォール、そこらのファイアボールとは温度が違う。骸骨であっても灰にするとマリオリから聞いている。


 そして、マリオリが二重呪文の二つ目を唱え終わると、


 グォーっと音と共に、ファイアウォールが骸骨兵の本隊目掛けて移動していく。


 それで本隊前衛の何人かは、灰になったようだ。


   ◇ ◇ ◇


「ほう、中々やりおる」

とムサンビは、手を上げて合図した。


 すると骸骨の魔法兵が大量のファイアボールを打ち出し、城壁へ当てていく。


「人属にはこの程度の温度でも耐えられまい。兵よ、梯子を立て、壁を超えろ」

とくぐもった声でムサンビは次の命令を発した。


 前衛より少し後ろから大量の梯子が出てきて、盾で守りながら城壁に近ずく。


 城壁からは、聖水に浸した矢が飛来し、ただの骨に変わって行くが、次々と後ろから兵が補充され城壁に近ずく。


  なかなか、楽しませてくれる。こんな気分は何百年ぶりかな。


「弓兵、援護せよ」

と次の命令を出した。


 心が躍った。


 城壁に取り付いた兵達が、ガラガラと骨に戻って落ちている。聖水を掛けているいる様だ。


「ふーむ」

と呟き、俺は、兵達に混じって、梯子の下へ行った。降ってくる聖水をサッと避けながら、ふわりと浮いた。そして、城壁の上に登り、大鎌を振った。


 すると人属の兵は、出血はしないが、バタバタと倒れていく。


 突然、上がってきて、大鎌を振り、兵を倒した俺を見て、敵はたじろいだ様だ。


’お前達、無念か? 俺に従え’

と今、殺した兵達を骸骨兵にしようと、念を送った。


しかし、


’………’


応えるものはいなかった。


「ふーん、あの王は余程、信頼されているらしい」

と俺は、起きない兵の骸を見ながら呟いた。


「では、その王は何処だ?」

と見回していると、少し離れた城壁の上に居た。


「ショウグン、チョットオハアシガ」

と楽しんでいるところに水を差す、ホブゴブリンがいた。


 大鎌で首をはねたくなる衝動をグッと抑え、


「なんだ、くだらない内容なら、殺す」

と顔のない顔で睨んだ。


 ホブゴブリンは下を向き、上目遣いに

「ヤツラノイチブガ、アーデルノトリデニムカッテイマス」

と答えた。


 気持ち悪い。ホブゴブリンの上目遣いを切り飛ばそうかと思ったが、考え直し、

「解った」

と答えた。


 こいつらは、時間稼ぎだな。アーデルの砦に行くには、この城跡の後方から行かないとえらく遠回りになる。飛べる奴が、俺以外いないのが惜しまれる。


「ならば、力押しでやって見るか。奴らも慌てるだろう」

と腕を組みながら呟いた。


「第四軍と第五軍は、城跡の右手を周り、後ろの道からアーデル砦に向かへ」

と手で方向を示し、命令を出した。


「さー、王よ、どうする?」

とまた呟いた。

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