第121話 ムサンビ・オコーネル
「ムサンビよ、余は、お前を騎士団の中で最も信頼しておるぞ。さあ、魔族を追い払い、敵国を我が国とするのじゃ」
と当時の王が、俺に言った。
ムサンビ・オコーネル。数百年前、俺が人属だった頃の名前だ。
その頃は、騎士団長として誇りを持ち、王に仕えることを衆生の悦びとしていた。
俺は、王の期待に応えるために、
「はっ。陛下のために魔族を追い、敵国の王を跪かせましょう」
と答えたものだ。
こうして、王が望むまま、魔族を殺し、他国を侵略し、他の王を降した。
そんな俺でも魔族や魔物と違い、人属には一定の敬意を払った。相手の騎士が望めば、一騎打ちもしたし、潔く剣を置けば、騎士としての身分を保証して捕虜とした。
王族や王については、我が王からの厳命で殺さずに王宮に送れと言われていた。王族として礼を取って保護でもしているのだろうと、何の疑いもなしに。
我が王は、占領した地域には多くの影の者を放っていた。気に入らなければ殺していたようだが、当時は治政のためには仕方ないことと、俺も割り切っていた。
ある日、小さな国を攻略せよと王から命令があった。
その国は、俺の王の国からみれば、あまりに小さく、脅威になるような感じは全く受けなかった。それどころか、使節や貢物を送ってきて友好関係を長く築いてきた、そういう国だった。
「ムサンビ・オコーネル殿、貴殿ほどの者が、なぜあんな暗愚な王に仕えるのだ。わが国は、貴国に対して長らく恭順の意を表して、貢物も毎年送ってきた。しかし、我らにも飲めない条件がある。あんな卑劣な条件を出す愚王の元で、なぜ貴方ほどの偉丈夫が支えているのか?」
と敵の王は、城から単騎で出てきて、俺に訴えてきた。
飲めない条件とは何だ? とその時、頭をよぎった。外交は文官達がやっている。だから、俺のところには戦争をするだけの情報しかこない。
「俺は、その条件とやらは知らない。ただ、我が王が望めば、貴国であっても攻略するのみだ。釈明は我が王にせよ。降伏すれば、我が王も手荒な真似はせぬ」
と降伏を進めた。
「愚王のそんな言葉を信じているのか? 断じて、条件は飲めぬ。貴殿、知らぬと言ったが、貴殿の愚王の所業をよく知ることだ。騎士として、その王に支えている事が、これ以上ない恥となるぞ」
と敵の王は馬上で、俺を指差しながら訴えてきた。
「我が王を愚王と言ったな。それだけでも万死に値する。悪いことは言わぬ。降伏せよ。貴殿の軍隊では、我が軍の調練の相手にもならない」
と俺はちょっと脅しを入れて降伏を迫った。
「断る! とにかく、自分の目で、耳で調べることだ」
と言って、敵の王は踵を返し、小さな城に戻った。
俺は手を上げて、攻撃の合図を出そうとしたその瞬間、小さな城は爆発し、王と王族が皆自害してしまった。
「早まったことを」
と言いながら、軍監から、敵の王、王族の家族構成を聞いた。
「王と、王妃、六歳の一人息子」
これだけだった。
◇ ◇ ◇
王とその家族が爆死したことを我が王に釈明した時、酷く叱責された。
その家族を死なせたことではなく、連れてこなかった事への叱責だった。
「この能無しが。今度失敗したら、降格だけじゃ済まないからな」
とまで言われた。
『自分の目で、耳で調べることだ』
この言葉が、頭をよぎった。
考えてみると、もうかれこれ十国以上の国の王族を王宮に送ったが、その後、見たことがなかった。
日を置いて、王の側近に、連れてきた各国の王族たちのことを聞いてみた。
すると、
「騎士団長殿は、そんな瑣末なことは気にならなくても、良いと思います」
と返してきた。しかしその時の側近は目を背け、如何にも迷惑そうな顔をしていた。
それから数日後、俺が話をした側近がいなくなった。それも家族ごと消えた。
’自分の目で、耳で調べることだ’
俺は、夜、王宮に忍び込んだ。
そこで見たものは、今のゴブリンでも裸足で逃げてしまうくらいの惨劇と醜態が繰り広げられていた。
手足のない子供たちが、転がされ、虐待を受け、人と思えない者が磔にされて、女らしい者が、そこで我が王に犯されている。
そんな物を、見たことへの恐怖。直感的に感じた危険。俺はそっと、その場を立ち去ろうとした、その時、強烈な目眩がして気を失った。
◇ ◇ ◇
「やっと目を覚ましたか? ムサンビよ。余は、格別の待遇をお前に与えてきたつもりだが、こうして裏切ってくれたな。飼い犬は考える必要はないのだよ」
と我が王は言った。
手足に痛みを感じて、自分を見てみた。素っ裸のまま、手足を括り付けられていた。
「いいか、裏切った犬には罰を与えなかればならない。やれ」
と隣にいた聖霊師に命じた。
その声は、禁忌の不出血の歌だ。体が傷ついても出血しない為、死なないのだ。
「準備ができました」
とその聖霊師は答えた。
「ひひひ、さあ、どこを切るかな。目と耳は残しておこうな。後で見せるものがあるから。本当なら、あの小国の王妃と王子を使いたかったのに、お前が失敗したからな。代わりになってもらうぞ、ひひひひ」
と王は、今生の喜びで顔が醜く歪んていた。
そして、王は俺の体を切断し始めた。足の指、手の指、腕、足、そして男根。痛みで気絶するごとに聖霊師が呪文を掛けて起こす。
しかし、俺の本当の痛みはそこからだった。妻、三人の子供たち、親戚たち、使用人、部下、俺に関係する人を、同じように簡単に死なないようにして、俺の前で犯し、刻んだ。そんな地獄が何日続いたか判らない。
「やめろ、やめてくれ」
この言葉は、何千回言ったか判らない。
そして、この言葉を発するごとに復讐が黒い塊となって、大きく深くなって行った。
◇ ◇ ◇
「そろそろ、飽きたな。やはり、手足を切る時が一番だ」
と王は物でも捨てるように言った。
「こいつをどうしますか?」
と聖霊師が聞いた。
「馬に括り付けて、北の大地あたりに放て。オーガでにも食わせてしまえばいい」
と我が王は言った。
そして、俺は馬に括り付けられ、彷徨った。
そして、馬も疲れ果て、倒れた。
そして、
’必ず、復讐する。この身が滅んで、幽鬼となろうとも、必ずアイツらを殺す’
と強く心で念じていた。
倒れた場所は、魔素濃度が濃い魔素溜まりだった。俺の体は朽ち果てが、復讐心だけが残った。
こうして、幽鬼となった俺は、我が王の城に戻った。そこには、俺と同じ様な無念の念が漂っていた。
’俺に従え、そして、復讐するのだ’
と念じると、散らばっていた骨が動き出し、城の者を殺し始めた。
その拷問の部屋にあった、これまで何人の人属の血を吸ったか判らない大きな鎌をとり、鎌の刃をひと撫ですると、異様な光を放ち始めた。
拷問部屋から出てみると、聖霊師が、浄化の歌を歌い、一生懸命に骸骨達を退けていた。
しかし、その聖霊師の歌は汚れていて、効力があまりないことが、幽鬼である俺には分かった。多少、体の一部が消滅したが、大鎌を持って近ずいた。
「おっ、お前は誰だ」
どうも俺の顔が判らないらしい。
くぐもった声で、
「ムサンビだ。お前が拷問に掛けたムサンビだよ」
と教えた時、その聖霊師は絶望の恐怖を顔に浮かべた。
そして、聖霊師の首めがけて、大鎌を振ってみた。
切った感触はあるが、その聖霊師の体はどこも出血していなかった。
しかし絶命した。
聖霊師の着ていた服を剥ぎ、俺が着た。フードを深く被り、深く息をした。すると紫の煙が俺の体の周りに漂い、白かった服は途端に黒くなった。
我が王の家族、親類は、一月以上かけて殺した。女子供は、オーガを連れてきて食わせた。
俺はオーガに
「簡単には殺さずに、食え」
と命じた。
奴らは、関節を外し、生きたまま皮を剥ぎ少しずつ食った。
その一部始終を我が王に見せて、さらに一月かけて、王を殺した。
北の大地で見つけた、魔地蜂を使った。この虫は人の体に卵を産み、その幼虫が、宿主の体を少しずつ溶かして食っていくのだ。排泄物には防腐と止血効果があり、やはり出血しない。
残虐という意味では、我が王と俺は、やっている事は同じかもしれない。違うところといえば、笑っている奴は一人もいないと言うところだろう。
その後、スケルトン達は国中を荒らし、市民を片っ端から殺して行った。そして、その王国は消滅した。
目的を果たした後、骸骨達を引き連れて、北の大地の魔素溜まりに戻った。そこに足を踏み入れた人属を殺してはいたが、あまり動かずにいた。
するとアイツが来た。
◇ ◇ ◇
「俺に服従せよ。そうすれば、将軍として迎える」
と行ってきた。
「ふん、インキュバス風情が何を言っているのだ。そこにサキュバスも連れている様だが、俺にも、スケルトン兵にもお前らの崔淫術は聞かないぞ」
とくぐもった声で答えた。
「そうか?」
と言いながら、黒い塊を右手に出し、それを魔素溜まりに落とした。
すると、あっという間に魔素溜まりが消え、そこにいたスケルトン兵が、ガラガラと音を立てて、只の骨に戻った。
「お前、妙な術を使うな」
と俺は聞いた。
「俺に降り、俺を王と崇めるなら、消すのは止めよう」
とそいつは言った。
「俺は『王』と言う奴は嫌いでね」
と答えた。
「お前が好きか嫌いかは聞いてない。降るのか、消滅するかを聞いている。降るのなら、お前を将軍として信頼しよう」
とそいつは言った。
信頼? その言葉は聞き飽きた。本当に嫌なやつだ。こいつも俺のことを好んでないのが、赤ら様にわかる。
「まあ、ここに居ても、やることがないからな」
とくぐもった声で答えた。
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