第118話 対面

―――エルメルシア城があった所に複数のテントが立ち、兵たちは思い思いに焚き火に身を寄せて戦いの疲れを癒している。ある者は歌を歌い、ある者は小さな楽器を手にリズムをとった。まだ戦闘状態が解除になっていないため、酒は無いが達成感が酔わせた―――


 僕たちは、先ほど、城跡に散乱していた遺体を荼毘に付し、鎮魂の慰霊祭を双子の聖霊師が取り行ったところである。


 そして聖素抜きの液体の入った水槽には、液体以外何も入っていないことを確認して、調査しているところである。


「ねぇ、ジェームズ、この成分って何なのかしら」

とヒーナは、魔族が使う聖素ぬきの水を手に触れないようにスポイトで取り出した。


「さー、これについては、アルカディア大図書館でも見たことがない。今は図書館塔が無いため、照会もできないけど」

と言いながら、ヒーナが持っているスポイトを覗き込んだ。


「ちょっと待って、大顕微鏡を顕現させるわね」

とヒーナは、僕が作ってあげた特別製のペンダンの賢者を石を使って、錬金術陣を開いて、大顕微鏡を出した。


 そして、二人で観察した。


「えっ、虫がいるわね。でもこの虫の形、あら、医学書で見た、あれにそっくり」

とヒーナは呟いた。


「えっ、ああ。これって、もしかして」

と僕も判った。

「そうよ、あなたたち雄が出す物よ」

とヒーナは、ちょっと妙な顔をした。


 僕も変な笑い顔で、引き取って、


「一匹だけ拡大できる?」

とヒーナに頼んだ。するとヒーナはパレットに何か液を加えて、虫の動きを鈍くした。そして、倍率を上げると、キラリと光るものがあった。


「これは、変換装置。多分、聖素魔素変換装置だ」

とちょっと驚きの声を上げてしまった。


「これもゴーレムなの?」

とヒーナも驚いた。


「ああ、そうだ。それに、ほら、シン王国の謎の館で出会った、リリイが言っていたろ?」

と僕は、頭を掻きながらヒーナに喋りかけた。


「いけ好かない魔王に ……… で、魔族化したって話ね。じゃあ、この水の中のこれってあいつの? ウェ」

とヒーナはちょっとムカついた言い方で答えた。


 僕たちは記録をとって少し離れた所から八本の矢を立てて八芒星を描き、水槽ごと焼却した。


「ところで、僕のも、ウェなの?」

と変な質問をしてみた。


「あら、あなたのは愛おしいわ。だって、無いと赤ちゃん出来ないじゃない」

とシレッとヒーナは答えた。


 そこへ突然、シェリーが瞬間移動で現れて、

「ジェームズ様、ヒーナ様、陛下がお呼びです。お客人がお見えになり、同席してほしいとのこと」

と言った。


 僕たち二人は顔を赤らめて、うつ向いているていると、


「あっ、ごめんなさい。お邪魔でしたか?」

と聞いて来た。


 その時の声は以前のような事務的なメイドの声ではなく、何か恥じらいのある声に聞こえた。見るとシェリーも顔を赤くして下を向いていた。


「いや違うよっ」

と僕は、おかしな言い訳をしてしまった。


 すると、ヒーナが声高らかに

「ハハハハハ、まあ、いいじゃない。さあ、誰か来たんでしょう! 行きましょうシェリー」

とシェリーと横に並んでテントの方に歩き出した。


 テントまでの間、なんか女同士で喋っていた。


   ◇ ◇ ◇


―――王族専用の三連続きの大きなテント。その一つは、応接用になっていて、簡単なテーブルと椅子が用意されている。中には光る魔石のシャンデリアがあり、他のテントより、かなり明るい―――


「今戦時なので、こんな所で申し訳ありません」

とヘンリーは客人に向かって、軽く詫びた。


「こちらこそ、大変な時に押しかけまして申し訳ありません」

とアメーリエは答えた。


 その背後には、女性の騎士のカーリンさんが護衛に立っている。


―――ヘンリーの左にはマリオリが座り、背後にはレオナとケイが立っていた。ジェームズとヒーナは、右横に座り、背後にはシェリーとアーノルドが控えていた。それぞれ紹介の後、アメーリエが、これまでの経緯を語った。ただ、サリエ達のことは協力者としておいた。ヘンリーの人物次第では隠し通すつもりだった―――


「私は、もうファル王国の皇太子妃では無いかもしれませんし、ルーゼン家のものでも無い、一庶民かもしれません。ただ、このまま、ローデシアが滅ぶのを座視いている訳には行かないのです。陛下と王弟君が父から受けた酷い仕打ちを承知の上で、ここに恥を忍んでお願いに参りました」

とアメーリエは、ここまで語った後、席を立ち椅子の横で跪いて、


「どうか、慈悲深き陛下にお願い致します。ローデシアの民が居ましたら、ご保護頂きたく、お願いいたします。今、私は死をもってお詫びする訳にはいきませんが、ローデシア再興の折には必ず出頭し、どのような罰でも受けます。ですからどうか ………」

と、悲痛なる思いで懇願した。


 ヘンリーは驚き、机を回って、アメーリエの手を取って、

「皇太子妃殿下、殿下にもローデシアの民にも、何の怨みもありません。どうかお座りください」

と着座する事を促した。


「私たち、エルメルシアは、ローデシア市民が避難して来た時には、保護を致しましよう。どうぞ、ご安心ください。そして共に魔族からロッパを取り返しましょう」

とヘンリーは付け加えた。


「大変、有り難く存じます。寛大なる御処置に千の言葉でお礼を申し上げても足りないと感じております。 後 ……… 魔族の事なのですが、オークのある方に会っては頂けませんでしょうか? これは、終戦後、この世界の重要な起点となるかも知れない事なのです」

とアメーリエは、椅子に座り、両手を膝の上で重ねて、少し肩をすぼめて語った。


「戦時に有って、戦後を見ておられるとは、陛下には頭が下がります」

とヘンリーは、マリオリさんを見ながら答えた。


「オークと言うのは魔族のオークでしょうか? 」

とマリオリさんが聞いた。


「そうです。ただ、魔族といっても違いがあることを知って欲しいのです。私もつい最近まで、知りませんでした。その者たちに私とカーリンは救われて、今ここに拝謁させていただいております。冒頭、経緯をお話しした協力者とは、その者たちです」

とアメーリエさんは答えた。


 しかし、ヘンリー他、マリオリさん、レオナさん、特にケイさんは、信じられず、怪訝な顔を隠さなかった。


「ちょっと、良いでしょうか? オークの者なら、アーノルドとシェリーがロン大河の渡しで会っています。確か名前は ……… 」

と僕は、アーノルドの方に顔を向けて聞いた。


「あん、えーっと、サー、サリー? 大きな蛮刀を、こう言う感じで使う男だった」

と名前は、うろ覚えだが、剣筋は正確に覚えていたアーノルドは真似をしてみせた。


「ガランのサリエ殿と聞きましたよ。アーノルド」

とシェリーがサポートの入った。


「おう、そうだ。恩に着るぜ」

とアーノルドは、アルケアコルポスの左手で、頬を掻きながら答えた。


 それを聞いたアメーリエさんは心配した。

「争ったのでしょうか? 」

と眉をひそめて、アーノルドに向かって聞いた。


「いや、手合わせだ。悪意は全く無かったな。なあ」

と答えシェリーに向かって確認した。


 シェリーは微笑んで頷いた。


「聖霊師様が、魔族と言っても悪とは限らないと仰っておられました。僕はアーノルドとシェリーの感を信じます」

と僕は、ヘンリー達に向いて答えた。


「お前達がそう言うのであれば、信じよう」

とヘンリーは僕たちを見た後、アメーリエさんに向かって答えた。


「カーリン、サリエをお連れして。ただ、兵達に刺激を与えたくないのでマントをかぶるようにと」

とアメーリエさんはカーリンさんに向かって命じた。


「俺も同行するぜ。顔は見知った仲だし、俺がいれば兵は騒がない」

とアーノルドは答えた。


「ところでよう、カーリンさん、ちょっと手が空いたらよ、手合わせしねぇか? シェリーもしたいようだし、ここには結構、それが好きな連中が多くてねぁ」

とアーノルドは、ケイさんやレオナさん、シェリーを見回しながら手合わせを申し込んだ。


「これ、アーノルド。初対面のカーリン殿に失礼だぞ」

と僕が注意すると、


「いえ、私も手合わせしてみたいと、さっきからウズウズしておりました。是非」

と武術家達のする挨拶をしていた。


「良し、決まった。ここらの魔族? 静かになったらやろう」

とアーノルドは、歯を見せて嬉しそうに答えた。


   ◇ ◇ ◇


 カーリンさんとアーノルドの後にフードをスッポリと被った二人の人物が現れた。

 

 此方には、双子の聖霊師も加わり、対面が始まった。


 そして、二人はフードを取った。

 

 緑色の肌に綺麗に編まれた黒髪、少し切れ長の目。耳が長く尖って小さな牙があり、筋肉質の僕たちと同じくらいの男と、同じく緑の肌に赤い髪を三つ編みにして、ほっそりとした顎に首、大きな目に長い眉、端正な鼻に、少し小さな口にふっくらと下唇、少し肩幅があるが、膨よかな胸、此方も全身筋肉質の女。肌の色は僕たちと違うけど、気品のある美男、美女だ。


「初めまして、ガランの族長サリエ、此方はナウムです。陛下にお目通りが叶い、大変嬉しく思っております」

と胸に手を当てて、片膝を折って挨拶をした。


「ん?、ああ、失礼。これまで会った魔族とは全く違うので、少し驚いてしまった。許せ。ささ、お立ちください」

とヘンリーは驚きを隠さずに答えた。


「この者達には、邪悪さは感じぬぞ」「じぬぞ」

と聖霊師が答えた。


 双子の聖霊師は、おそらく魔族にとっては最大の脅威だろうと思うが、二人のオークは胸を張って、

「有難うございます。ご高名な聖霊師様ですね。お噂だけはお聞きしております」

と答えた。


 胆力も相当なものだと感じた。

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