ロン大河、渡しの村の戦い

第66話 戦況論議

 ―――火災、物の焼ける匂い、爆発音、兵士の雑踏―――


 敵の急襲打撃隊と五体のドラゴンは、市街地を焼き払おうと攻撃している。


 私達は、北からの避難民を収容した後、複数回に分けて脱出させている。一度に大人数では守りきれないからだ。ただ、脱出隊の護衛に腕利きを付けていくため、ここ大図書館塔の守備は次第に手薄になっていく。


 私、オクタエダル、マリオリは、大図書館塔の中程のバルコニーから敵の動きを観察していた。


 私は、横にいるマリオリに向き合う様に体を回し、

「敵の目的は、なんだろうな? アルカディアはローデシアにとって煩わしい存在であることは判るのだが、基本、非干渉主義、中立主義を貫いている」


 この侵略には、大義があまりに薄い。


 オクタエダルは、外を見つつ髭を扱きながら聞いていた。昼夜を問わず綻んだ結界の修復に防御魔法を掛けていたせいか、少し疲れているようだ。


「ローデシアが、シンやファルを攻めている時、その中立を翻してアルカディアが肩入れすれば、ローデシアは敗北するでしょう。そのため、まず先にアルカディアを落とすというのも考えられなくはありません。しかし、ローデシアが魔族に乗っ取れているとしたら……」

マリオリもこちらに向き直り、答えてくれた。


「王よ、アルカディア証文は、ご存じじゃろ?」

これまで、私とマリオリの話を聞いていた、オクタエダルが髭を触りながら、こちらに向いて聞いてきた。


「はい、商売の契約や国家間の条約に使われる誓約書ですね」

私は、思っても見ない、問いがオクタエダルから発せられて、少し驚いた。


 下の方では相変わらず、爆発音がしている。


「そうじゃ、それらは、ある証文を参考に作られたのじゃ。そして、そのある証文とは、二百年前の聖魔大戦終結時に結ばれた区分けの協定と相互不可侵の条約の一部じゃ。儂等は、その一部を基盤証文と呼んでおる」

右手の人差で天を指さす仕草をしながら、オクタエダルは続けた。


「さてじゃ、王よ、弱肉強食しか法を持たぬ魔族が、なぜ、この二百年間、たかが羊皮紙に書かれた条約に縛られていると思う?」

とオクタエダルが首を下に向け、丸メガネの上から私を眺めて質問してきた。


 私は、学生の頃の講義を思い出した。


 オクタエダルは、ニッコと笑い、説明を始めた。


 大戦終結当時、人属最高峰の四人の魔法使いと、魔族最高峰の四人の魔法使いの八人が、魔法の言葉、記号を証文に書き留めて、『この証文の名において成された契約を破った契約者は、八つの魔法によって死がもたらされる』と記載し、それが実行されるように魔法をかけた。


 そして、区分けの協定と相互不可侵の条約の調印者は、人属の統治者、魔族の統治者となっており、救出を目的とした場合を除き、侵略行為は条約違反として証文により罰せられると締結された。

 これにより、魔族の統治者が侵略行為を行ったり、それに準じた行為を行ったりした場合は、証文により死がもたらされることになる。


 これら条約と証文は、ここアルカディアの大図書館のさらに下層の証文の部屋で管理されていると言うことだ。


「じゃから、普通、魔族はローデシアを乗っ取ることはできん。しかしじゃ、皇帝自らが望んだとすれば別じゃ。統一したいという願望に、魔族が付け入ったとも考えられるのう」

オクタエダルは、少し遠くを見るようなにバルコニーの外を見た。


 そして、こちらに向き直り、

「魔族の王は、アルカディアの基盤証文を破壊したいのじゃろうな」

と言った。


 つまり、魔族はローデシア皇帝のロッパ大陸の統一願望に付け入り、ローデシア帝に憑依した。そして人属を使ってアルカディアの基盤証文を破壊させて、その後、大戦争を魔族自身で引き越すと言ったところだろう。

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