第63話 対決

 僕が乗ってきた大鳥は限界だった。薬と魔法で何とか、持たせたけど流石に厳しい。ヒーナが攫われてから、三日間飛び通しだ。


‘ごめん、もう少し頑張ってくれ’

僕は大鳥に心なかで、詫た。


 犯人とは二時間くらいしか違わない。それなのに追いつけないと言うことは、犯人も飛び続けているのだろう。


‘あぁ、どうかヒーナ、無事でいてくれ’

何かを考えていても、このことが頭を過る。


 そしてその時、胃が痛むような胸が締め付けられるような感じに襲われる。

 犯人は何でこんなに離れた場所を指定してきたのだろう。シェリーやアーノルドの介入を恐れたのだろうか。


‘どうかヒーナ、無事でいてくれ’


 僕は犯人の追跡を始める時、大急ぎで僕の部屋に帰り、非常食と役に立ちそうなものだけ担いで出てきた。今回は、小ゴーレムも連れていない。


 罠だろう。犯人は僕の命を狙っている。たぶん。でもヒーナさえ無事なら、どうでもいい。


‘ヒーナ、無事でいてくれ‘


 ヒーナに何かあったら、犯人は絶対に許さない。その仲間も家族も探し出して、この世から消し去る。


‘ヒーナ’


 南の岬が見えてきた。何かいる。人属が四人。彼らの大鳥も死んでいるようだ。僕の大鳥も、多分駄目だろう。


 急降下する。


 ガッサ。

 

 大鳥は止まることなく落ちた。僕は投げ出された。


「おいおい、俺らがやる前に死んじまったのか?」

犯人の一人が声を出した。


 三人は黒ずくめのフードを被っている。


 そして、ヒーナは、男二人に両肩を支えられて、ぐったりとしている。


 綺麗だったイブニングドレスはぐしゃぐしゃで黒く汚れている。纏め上げていた髪の毛はボサボサに降ろされ、金髪が黒い血糊で汚れている。

 これは、頭に嵌められているリングのせいだ。魔法使いを拷問する時にはめるもので、魔法が使えなくなる。もちろん魔法通信も。内側に針があり、それが頭に刺さって血が出ているのだ。


「お前たち、ヒーナに何をした」

「見ての通りさ、魔法を使われると厄介だからな。錬金術師のくせに賢者の石は持ってないだな。でもそのおかげで、指はついているぜ、ひひひひ」


「離せ、離さないと……」


「ギャー」

とヒーナが叫んだ。

 

 右腕から細いショートソードが突き出てきた。


 後ろから、誰かが刺し貫いたのだ。


「離さないと、な〜に。あたい達に何か言える立場じゃないと思うけどな」


 アルバで襲ってきた虎種の女だ。


「そ~いえば〜、この女の足の腱、突き刺してやったんだ。とーっても痛がって、やめて~って、叫んでたよ〜、ケケケ」

虎種の女は、おかしな笑い声を上げて、ユックリと剣を抜いていく。


「きーきー」

ヒーナが声にならない叫び声を上げた。

 

 抜いた後から血が吹きだした。


「貴様、賢者の石は持ってきた。だから、ヒーナを離せ」

と僕は、怒りをぶつけるように怒鳴った。


「ギャー」

とまた、ヒーナが叫んだ。


今度は左腕から突き出てきた。


「だ〜か〜ら〜、人に頼むきぃ〜、そんな言い方して良いって、お母さんに習ったの〜。そんな事してると、この子、死んじゃうよ〜」

また、ゆっくりと抜き去った。


「きーきー」

ヒーナが叫ぶ。


 僕は歯ぎしりした。唇から血が出てきた。


「この子、おしっこしちゃって、臭いだよね。早く殺した方が良いんじゃないかな〜」


 僕は涙が溢れて止まらなかった。

 かわいそうに、かわいそうに……


   ◇ ◇ ◇


 カービン・クロファイルは、隠遁の術を掛けて見ていた。

 受賞式であの小僧が俺を睨んで演説したとき、バレたと思った。魔法を使う時は、ヌマガーから貰った二つ目の真名を使い、変装術も完璧にしているはずなのに何故か、あの目は俺を疑っていた。

 それで、余りやりたくは無かったが、ヒーナという婚約者を人質にして、奴だけを誘き出した。まあ、小僧、お前と一緒に殺してやるから、安心しろ。ビガーが楽しんからかもしれないが。


 とりあえず、小僧から賢者の石を奪うことだ。錬金術師は賢者の石がなければ、ただの人だからな。


“ビガー、そいつに賢者の石を出すように言え、そして、女の引き換えに渡してやると言え”

“わかった〜”


   ◇ ◇ ◇


「あんたの賢者の石、こっちに頂戴。そうすれば、この臭い女を渡してあげる〜。人に頼む時、なんて言うのかなぁ〜」

と言って、虎種の女は、ヒーナの左腕を取って上にあげた。


 ヒーナの腕の腱も切られ、だらりとしていた。


「判った。頼むから、僕の賢者の石と引き換えに、ヒーナを渡してください。お願いします」

と僕は言った。


 男が賢者の石を受け取るために、手を出してきた。


 僕は、ちょっと指を動かした。


 三人の犯人は、身構えた。


「あんた、変なことをしたら、今度は、この綺麗なおっぱいを貫いて、胸から剣が出てくることになっちゃうよ〜」

と言ったが、虎種の女を含めて三人共、目が僕の頭の上に釘付けになったのが解った。


 犯人達は、ぽかと口を開けてただ見入っている。僕の賢者の石に心を奪われたようだ。錬金術師ではない奴らには耐性がないからだ。目を大きく見開いて、瞳孔も目一杯開いているだろう。


「僕が命ずる。閃光よあれ」

すると、辺りが白く見えなくなるほど、強い光が辺りを包んだ。


「ガー、目が、目が痛い」

二人の男達は目を押さえながら、尻もちをついた後、なりふり構わず、剣を振り回し始めた。


 ヒーナが危ない。


 僕はアルケミックコンパウンドボーを顕現し、男たちの眉間に矢を射った。


 女も目を抑えているが、ヒーナの後ろにいて射つことができない。


   ◇ ◇ ◇


 ビガー達が、虚空を見つめていたと思ったら、小僧の頭の上辺りが光った。


“ビガー、大丈夫か? ”

“目が痛いよ〜、見えないよ〜”

と魔法通信で返答が有った。


 男の手下達は、頭に矢が刺さった状態で倒れている。


そして、小僧がビガーに突っ込んでいくのが見えた。

“ビガー逃げろ、バックステップで逃げろ”

ビガーは言われるまでもなく、危険を察知して本能的に逃げる体制を取ろうとした。

 

 ただし、この人質に一撃を入れてから。


   ◇ ◇ ◇


 虎種の女は剣を引き、ヒーナを刺そうとしている。

 僕は、ヒーナを左手で引き寄せて抱き、空気壁を作ろうと右掌を出した。


 激痛が右手に走った。


 虎種の女の剣が、一瞬のうちに五回、僕の掌を突き刺した。


 それでも構わず術を発して壁を作った。


カン、カン、カン

と乾いた音に変わり、それに気づいた女はバックステップで後退していく。


‘逃さない’

右掌から血が吹き出していたが構わず、拘束水の雨を降らした。


 その時、ヒーナの重心が不意に変わり、僕とヒーナは左に半回転した。


「ガッ」

ヒーナの叫びにならない叫びが聞こえた。


 大地の槍が足元から出てヒーナの肩に刺さっていた。


「ヒーナ、ヒーナ」

と僕は叫んだ。


「ジェームズ、大丈夫だっ……た? カービンがいたの。そしたら呪文をしていて……」

ヒーナは苦しそうな顔をした。


「解った。解ったから、今は喋らないで、お願い」

と僕はヒーナに懇願した。


   ◇ ◇ ◇


「ちっ、女が邪魔しやがった」

とつい口に出して悪態をついた。


’まずい、ビガーにあの雨がかかっている。小僧が、女に気を取られている空きにビガーを連れて消えよう’

と逃げるのに気を取られたカービン・クロファイルは、自分に変装術を掛けるのを忘れて、ビガーのところに瞬間移動した。


 ビガーに水滴が付いているが、この位ならまだ大丈夫なはずだ。


 隠遁術と方位干渉術を掛けた……つもりだった。


「なに?」

と思わず声に出した。


 魔力がない。死人の森で聖素の雨を浴びたときのように。なぜだ? と理由を考えている暇などない。女の容態はかなり悪いはずだ。小僧が女に気を取られているうちに走って逃げるしかない。

 目の見えないビガーの肩を担いで、逃げようとしたが、ビガーが重い。


「足が動かないよー」

とビガーが言ってきた。


 なぜだ? まだ水の玉は親指ほどで、数珠つなぎになっているだけだぞ。


 そして、自分の体に付いている水滴を見た。物凄い勢いで合体しているが、数珠の一粒の大きさは親指ほどのままだ。


「小僧、これは何だ、これは、な・ん・な・ん・だ」

初めて見る現象に思わず叫んだ。


「やっぱり、お前、あの丘の魔術師か。もう逃さないからな。その束縛水は、聖素を多くしているから魔力が消える。それに体積は変わらずに重さだけが増えていく」

と言って小僧が睨みつけてくる。


 体中に重い鎖を巻き付けているような感じだ。カービンは立っていられなくなり、


 膝をつき、

 手をつき、

 四つん這いになり、

 それも耐えきれず、

 うつ伏せで寝てしまった。


 辛うじて、ビガーの方に顔を向けた。ビガーの後頭部しか見えなかった。

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