剣の材料

第37話 タン老師

 僕たちは、暗澹たる思いを晴らすためにも、アーノルドの剣の師匠であるタン老師を訪ねた。


―――開け放たれた大きな門をくぐると、広い中庭があり、その奥には一般客用の部屋が見える。右横の小さい門をくぐると、大きな庭園がある。そこには大きい池があり、周りには樹々が植えてある。池の中央付近の突き出たところに亭があり、小さい門からそこまで、白い砂利が敷き詰められいる。夏の盛りが少し過ぎた太陽の光が照り返し、その白さが一層際立っている。太陽の下では、まだまだ汗を掻くこの季節、池を吹き抜けてくる空気はひんやりとして心地よい―――


 僕たちは、門番に言われた通り、庭園に入り、砂利を踏みしめながら、亭まで歩いて行く。


 ザク、ザク、ザク

―――砂利を踏み締める音―――


あるじ、この砂利を歩くときの音で、老師はそいつの武功を測るだぜ」

とアーノルドが興味深い事を言った。


 改めて、僕たちの音に注意を向けると、アーノルドとシェリーの足音は、僕よりずっと小さい。それに振り返ると、僕の足跡はくっきりだが、二人の足跡はずっと薄い。


あるじには、音消しの術や、隠遁の術で、音も跡も消せるだろう?」

「まあ、そうだが」

僕は二人の凄さを改めて実感した。


 そうやって、歩いて行くと、亭の方から人がやって来た。自分の耳がおかしくなったと思うくらい足音がしない。そして足跡が全く無い。


「老師、こっちが一昨日言った、ジェームズ・ダベンポート。俺のあるじだぜ。それと、そこの女は、秘書のシェリー。俺のライバルだ」

アーノルドがタン老師に僕達を紹介した。

お前、老師にもその口の利き方なのか。驚いた。


「初めまして。ジェームズ・ダベンポートです。アーノルドはあるじとか言ってますけど友達です」

「従者をしておりますシェリーです」

「ダベンポート殿、シェリー殿の事はアーノルドから良く話を聞いております。私がタン・ユアンジアです」


 猫種の血が濃いのか、牙が見える。背がピンとして、年齢を全く感じさせない。


「シェリー殿の事は、レンからも聞いております。聞きしに勝る武功の持ち主ですね。アーノルドと良いライバルというのも解る」


 すると珍しくシェリーが、


「是非、後ほど、ご教示頂けませんでしょうか?」

と武術家がする礼を老師に向けながら言った。


「勿論、楽しみですね」


「後二人、聖霊師の見た目 子供、中身 婆さんが来ると思う」

とアーノルドが言った。一応、精一杯、敬意を込めたらしい。


 僕たちは、亭の方に移動して、少し話しをした。話題が一昨日の話になり、


「昨日は災難に遭われたとか。無事で何よりです」

「シェリーが火傷しましたが、後ほど来る聖霊師様のお陰で、完治しました」

「ほう、それは、凄い方の様ですね。してお名前は?」


”あれ、今まで何故か気づかなかったけど、名前は”

とシェリーに顔を向けたけど、シェリーも首を横に振った。


「ああ、その方々、名無しの術をかけてらっしゃる。名前を知られたくないのでしょう。察するに余程ご高名な方ではないでしょうか」

 

 名無しの術は知っているが、かかっているが全く判らなかった。

 改めて双子の聖霊師の凄さが実感できた。


 すると、家の年老いた使用人らしき人が、老師に来客を告げ、耳打ちした。

 話を聞いていた老師は、最初驚きの顔をし、その次になんと言えない優しい笑顔になった。


 そして、キリッとした顔になり、

「アーノルド、先程聖霊師様を婆さんと言ったな。シェリー殿の前に、少し、稽古をつけてやろう」


「エッ、あっ、ヘ?」

アーノルドは、訳の分からない事を口走っている。


 そこへ、庭園の入り口近くに双子の聖霊師が現れた。

 するとタン老師は、全く音を立てずに聖霊師のところへ、すっ飛んで行った。


「これタン、もはや引退した身じゃ、大仰にするでない」「でない」

「お久しぶりですね。ミリー・アレシオーネ様、レミー・アレシオーネ様」

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