王子の再起

第19話 聖剣エルメルシア

 悲劇の日から十三年、長い月日が無駄に過ぎた。ヘンリーは剣を振りながら考えている。虚空を切り裂く音を聞きながら。


 あの丘から海に突き落とされ、海を漂っている所を漁師に救われた。外海にまで、流されていれば海獣に食われて今はないだろう。

 海を漂っている時、何故か母の声がして、目をさますと私の頭上に光り輝く虫たちが飛んでいた。

 

 その光で漁師が気づいてくれたのだ。


 漁師の家で傷を癒やしている時、叔父のギールが失脚し、エルメルシアが滅亡したことを知った。母や弟、アーノルドは、どうしただろうか。あの状況では……それ以上は考えなかった。

 父祖代々、ダベンポート家がエルメルシアを治め、小国ながらも特産品や交易で栄えた国。明るく、海からの暖かい風のお蔭で冬も過ごしやすく、人々の笑顔が眩しい国だった。


 それが、ひと月足らずで壊れたのだ。父は私達を逃がすために命をかけた攻撃を行い、魔物とあの男を退けた。はずだった。その後もあの男が追ってきた。母は傷を受けていて本来の力が出せずにいた。私も剣を取り戦ったが、あの男の魔術によって突き出された槍で、海に突き落とされたのだ。


 最初の六年はエルメルシア復興のため抵抗運動を仕掛けたが、ダベンポート家を忌み嫌う民衆の支持を得られなかった。次の四年、ローデシア軍は魔物より厄介な存在だと民衆も気づいたが、何もかも取られ強力な軍隊による徹底した管理で、何も言うことができなかった。それは私も同じだった。そしてこの三年、王族の誇りも無く、ただ日々の暮らしに追われてきた。

 この間にファル王国を頼って亡命も考えたが、ローデシア帝国とファル王国の微妙な関係から、それを実行する気にはなれなかった。


 そのような中でも、こうやって毎日虚空を剣で切り裂く事は続けてきた。もう何のために何を切り裂いているのか判らなかった。


 そして、つい最近、弟が、アルカディア魔法学賞を受賞すると噂を聞いた。最初、とても嬉しかった。生きていたと、もの凄く嬉しかった。でも暫くすると、惨めな自分に気付いてしまった。


 自分は十三年、何を成したのだろうか。何も成してない。


……ただ虚空からは切り裂く音が聞こえるだけだった……


   ◇ ◇ ◇


 “王よ、目覚めの時が来ました。父王の剣をとり民衆を救う時です”


 弟の噂を聞いてから、ひと月くらい経ったある朝、不思議な声を聞いて起きた。母の声だったように思うその声は、起きて父王の剣を取れという。しかし、父が使っていたバスターソードはギールが奪ったあと、行方が判らない。処刑された時は別のもっと煌びやかな剣を持っていたと言われている。


 視線を感じてふと窓辺を見ると光り輝く虫が、窓枠に止まっていた。海で漂流して助けてもらった時以来、何故か光る虫が時々私の周りにいる事がある。命の恩人なので、払うこともなく、そのままにしていた。

 だいぶ前に、村に来た魔法使いが、その光る虫は、魔法虫と言って、私を強く思っている人の化身だと言っていた。それ以来、母かも知れないと思っている。


 とりあえず、起きて外に出ることにした。


 この村は、旧王都から少し離れた場所にあり、あの丘に近いところにある。


 木の柵で一応魔物の侵入を防いでいるが、今は魔物より、柵の中のローデシア憲兵の方が民衆に恐れられている。


 目立たぬようにして村を出て、丘のほうに向かう。普段はあまり行きたくない場所であったが、光る虫が何となく誘っているように飛んで行くので付いていく。

 途中、親友のレオナ・クライムと合った。この友人は、何も成し得なかった十三年の内、唯一得られた私の宝だ。私と光る虫のことは知っていて、それも疑わずに信じてくれている。私に付いて行くと言うので一緒に丘に向かった。


 丘のうえから、あの時、逃げた道を逆にたどって、元庭園だった場所についた。この城には温かい思い出があったが、すでに廃墟となって監視の兵もいない。


 父の遺体は、ここに葬られたらしいが、花を手向ける者もなく、もはや庭園のどこに埋められたかも判らない。

 

 しかし光る虫がある場所の辺りを飛んでいる。他にどんどん光る虫が集まってきて、眩しいくらいの光の帯のようになった。


 すると、その下の土が盛り上がってきた。土から土が出てくるように盛り上がり、土の柱のようになった。そして、土の柱が上から崩れはじめ、何かが現れてきた。


 剣の柄頭、

 剣の握り、

 剣の鍔、

 そして、

 剣身、


‘父上’

私は、心の中で呼びかけた。



 私はゆっくりと近づき、剣の柄を握った。

 光の帯の虫たちはぱっと飛び散った。

 剣先を上に向けて眺めてみる。


 刃こぼれ一つせず、サビも全く無い。鍔に近い剣身には古代の飾り文字とダベンポート家の紋章が刻まれている。古代文字は『エルメルシア』のはずだ。聖剣エルメルシアが、この地の国名の由来だ。

 すると飛び散った虫たちは、再び剣身に集まり、一瞬輝きが増し、そして消えてしまった。


” ……あなた、やっとお会いできました……”

と聞こえたような気がした。


 剣は淡い青色を帯びていた。

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