たのしいうつ病
円山まどか
まえがき
初診
「あなたの本質は『怒り』です。」
一年ほど前、駆けこんだ心療内科で頂戴した診断だ。
ちょっとかっこよすぎではないか、とも思う。これではまるでロックバンドだ。
「自己評価が低いね。」
「気分転換ができない性格だね。」
「このクソみたいな町にどかんといわせようぜ。」
記憶が間違っているかもしれないが、ともかくそんなことをいわれて診療所をあとにした
自分の中の変な感じに〝うつ〟と名前がついて今年で九年になる。
九年。九年かあ。令和はアニバーサリーだな。記念アルバムでもつくるか? 趣味の写真(遺影用の自撮り)の。何をしていたのだろう、この九年間。いまいち記憶が定かではない。
当時の日記をひらいてみると、
「吐きそうだぜチクショー。」などとある。なんだ、なんだ。
「俺を犯そうとする男のためにケツの穴を洗ってる気分だぜ。」
このままだと意味がわからんので意訳すると、
「明日のバイト嫌だなあ。」という意味である。例え、最低。さすが怒りの男、ノートの上でまでロッキンであらんでも。
ただ、そう。円山は真面目でがんばり屋じゃないですか。ですか、っていうのもあれだが、そういうことになっているじゃないですか。うつは。真面目にがんばってうつに向きあえば向きあうほどに、右記のごときなんだかおかしなことになってゆくのがこの病だ。日々〝焦燥感のある怠惰〟という矛盾するようなしないような心持ちを抱え、なんだかとりあえずオナニーをして誤魔化してしまう。そんな九年間だったのである。
そもそも。
〝病気がつらい→死ぬ〟と判断するのがこの病だ。医学的には、うつ病の患者に判断をさせてはいけない、といわれる。うつの治療には医師の管理が不可欠である。
つまり、間違うのだ。
例えば先日、知り合いから電話があって、
「ともだちやねんけどな、うつで、会社辞めはって。」
大変だね。それで?
「辞めて羊飼いやってたらしいんやけどな。」
「ちょっと待って。」
「羊飼いってえらいブラックらしいねん。」
……そうなんだ。
「どうしてあげたらいいと思う?」
〝苦しい→死ぬ〟も〝会社がつらい→牧童になる〟も、本人にはたしかな理屈があってしていることなのである。だから、同病の円山にもなにかをいう資格はないし、羊飼いの彼の〝風が吹く→桶屋が儲かる〟的複雑な感情を理解するには至らない。うつとはオーダーメイドの病なのだ。〝→〟を展開してみれば本人の行なうほとんどが、はたから見れば間違っている。
「会社が大変で死にたいんです。」
「会社が大変だとなぜ死にたいのか、私にはわかりません。説明してください。」
そんなやりとりが、今日もどこかで行なわれているのである。
円山はいまだにうつの渦中にある人間だ。したがってここには〝うつヌケするヒント〟もなければ〝ちょっと楽になれる話〟もない。ただたんに自分をからかってひと笑いあればラッキー、くらいのものである。
「俺の本質は『怒り』らしいぜ。」
ちなみに先日、職場の後輩に意気揚々と自慢したところ
「ロックバンドみたいじゃないですか!」
といわれて満足な円山だ。
「だろ?」
「私なら私の本質は私で決めますけどね。」
機械を整備しながらこともなげにいうのである。
……かっこいいじゃん!
二十二の女子にロックで負けた。
だいじょうぶ。ある。負けることも。
つーか、勝ち負けの話でもないし。
『たのしいうつ病』、はじまりです。
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