仕事の仕上げ

 まだ明るい時間、一日の半分も終わってないのに、なんか色々ありすぎて頭が追いついてない。


 目の前には、レシー・ウェストブレーン先生、マネ・パイライト、ゲーリー・カストロ、三人が並んで樽の中へ、すっぽりとお尻からはまっていた。


 間抜けな格好、だけども拘束力は抜群で、あれこれともがくも、誰一人として脱出できないでいた。


 そして諦めたのか、二人は静かになった。でもゲーリーはまだ諦めずに、必死に周囲へ助けを求めてた。けれども、幸か不幸か、反応は芳しくなかった。島民は距離を置き、観光客は面白がるだけで、薄情にも誰も助けようとはしなかった。


 こうなってしまうとさらし者、ただの見せ物に、内情を知ってる俺の目から見ても同情してしまう。


 そんな三人の横で、クベスは無視して紙の束を読み返す。


 それも道の真ん中、周囲の邪魔になってるのにも関わらず、それに気づいているにも関わらずに、平然と、だ。


 犬や獣、なんて言う気はないけれど、それでももう少し人としての、譲り合いの心というのがあってもいいんじゃないかと少し思う。


「うっし、残りはこいつらを引き渡してからだな」


 クベスが言う。


 なんだかんだ言って三人の捕り物、その額にはうっすらと汗で湿っているように見えた。


「その前に飯だ。昼飯時逃したが、どっかやってんだろ?」


 紙をばさりとどかしてクベスは俺を見る。


「やってはいますよ。ただランチタイムサービス外れての観光客値段になりますが」


 言って、なんか、引っ掛かる。なんだろう?


「じゃあも少し後でもいいな? 飯は仕事終わった後の方が喉の通りがいい」


 言って、言われて、思い出した。


 双子の水着、引き渡しの時間、今日の今頃は今?


「あの、今何時ですか?」


「あ? わかるかんなもん。俺が時計なんざ持ち歩いてるように見えるか?」


 見えない。そもそも時計が買えても読めるとは思えない、とは思っても言わなかった。


「すみません。先に店に戻ってます」


「あ? あぁ、あのいけすかねぇ連中か。終わってんのか?」


「完成はしてます。ですが、お気に召すかはまだ」


「あぁそうかよ」


 言って紙束をしまうと、クベスは荷車に戻った。


「さっさと行くぞ。そんぐらいなら、んなかかんねぇだろ」


「あ、え、一緒に戻るんですか?」


「たりめぇだ。一人じゃ戻れねぇからな」


 言って荷車を引き始める。


「やっぱ店前にマーキングすっか」


「止めてください!」


 腹の底から声が出た。


 ◇


 幸いにも、あの双子のお客様も執事のワサビさんもまだお店にはついてなかった。


 慌ててお店を開けて、中のかたずけをして、水着の最終確認をして、身だしなみを整えて、書類を用意して、文言を思い出して、ソワソワしてた。


 まだかまだか、焦る気持ち、来てほしいと同時に来ないでほしいと思う葛藤、嫌でも上がるテンションに、窓から外を覗いたら、そこにあの三人が見えた。


 ……話してるのはクベスだった。


 たまらず外へと飛び出す。


「賞金首でして?」


「賞金首ですわ」


「お嬢様方、じろじろと見てはいけません」


 双子たちが覗き込もうとするのをそれとなく止めるワサビさん、それをクベスが重しがってみてた。


「んで、このゲーリーは盗難下着のディーラーでよ」


「盗難? 下着?」


「ディーラー? 売れますの?」


「子供にふさわしくない話題は止めてください!」


「質問してきたんはそっちのガキどもだぞ」


「あの!」


 たまらず割って入る。


「お待たせしました。水着、ご用意できてます」


 言って店のドアを開いて見せると、素早くワサビさんが動いた。クベスとの間に割り込み、壁となって店内へと誘導し、二人は従いするりと入った。


 その後に続こうと思う一歩前、クベスを見た。


「俺はここで待ってんよ。こいつらの見張りがいんだろ?」


 言われて、頷いて、店の中に戻った。


「できまして?」


「直りまして?」


 揃って微笑みかけてくれる双子のお嬢様たち、正直どちらがダーシャさんでどちらがマーシャさんかは見分けがつかないけれど、どちらとも可愛かった。


「あ、あの、こちらです」


 顔が赤くなる前に急いでカウンター裏に、そこから水着を取り出し、広げて見せる。


「すみませんゴム紐の太さが左右で合わせられなかったので、残る方も劣化していると思い、勝手ながら両方直させていただきました。もちろん料金は片方のみで結構ですので、あの」


 説明を聞いているのか聞いてないのか、ワサビさんは真剣なまなざして水着をチェックする。


「あらいいじゃない」


「素敵じゃない」


 それを両方から覗く双子のお嬢様たちに褒められ、ワサビさんもうなずいて、心からほっとした。


 考えて見れば、完全に一人での仕事はこれが初めてだった。


 全部一人で、は何度かあったけど、最後は必ず母さんのチェックが入ってた。だから厳密には一人じゃなくて、だから心の底からほっとしてた。


「良い職人がおいでなのね」


「あ、いえ、これはお、私が仕立てさせていただきました」


 正直に応えると、二人は驚いた顔となった。


「あなたが、お直しになったの?」


「私たちとそんな、お歳も変わらないのに?」


「えぇ、その、はい。やらせていただきました」


 こうも褒められると、やっぱりうれしい。


「あの、試着、なさいますか?」


 嬉しさから、口からポロリとでた。


「できますか?」


「あ、はい。こちらです」


 一瞬つまずきかけながら、カウンターから出て、店内の角、棚と棚に囲われたまさに一角へ、三人を案内する。


 靴を縫で上がる台、一枚の鏡、遮るカーテン、この店唯一の試着室だった。


「それじゃあ、ダーシャ、待っててね」


 そう言い残し、マーシャさんは試着室に入り、カーテンを閉める。


 その前にワサビさん、試着の手伝いとチェック、そのついでに覗きから守ってるのだろう。


 ……別に、俺は覗きたいとか思ってない。母さんに誓ったってもいい。


「お仕事二つ、掛け持ちは大変でしたでしょ?」


「ひゃい?」


 唐突に声をかけられ変な声が出てしまった。


 それを、ダーシャさんはコロコロ笑う。


「表の三人よ。賞金首なんでしょ? それをお二人で、やっつけて回ってらしたのでしょ?」


「あぁ、はい」


 お二人で、と言われても、俺は何にもできてなかった。やったとしても道案内、大したことしてなかった。


「そんな、大したことしてないですよ」


 誓って嘘は言ってない。


「あら? でも彼らは高額の凶悪犯なのでしょ?」


「らしい、ですけど、そんな抵抗もなくて簡単でしたよ」


 ちょっと、言い過ぎたかな。


「ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーぁぁぁぁぁ」


 長い声のクベス、恐る恐る見れば、ドアを開け、首だけ中に入れてこっちを見ていた。


 ……今の聞かれたかな?


「うぉおい水だ水! 後塩!」


 心を読んだのか読めてないのか、ドアをガバリと開けて中に入り、一気に店を横切って奥へと入ってく。


 続くはものをひっくり返す音、ひっかきまわす音だ。


「おいどこだ!」


 怒声が響く。きっとこれが母さんが下した天罰なんだろう。


「……すみません、少々外します」


 頭を下げ、彼女の前から立ち去るしかなかった。

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