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第110話 夏休みの計画

 翌日は一学期の最終日。夏休み前最後の授業だった。


 ファンタジー衣装の生徒たちが一堂に会して受ける授業――そんな奇妙で、けどいつの間にか慣れ親しんでいた光景も、今日でいったん終了。明日は終業式だけをして、午後からはついに夏休みに突入だ。

 普通の学校なら、夏休みに入る前は一番心がウキウキして楽しい瞬間なんだけど、このLROでは必ずもそうじゃない。その夏休みこそが学校も勉強も親の目さえ気にせず、思いっきりLROを楽しめる自由の時間だからだ。

 けれど、中には家族から呼び戻されて、夏休みはログアウトしなきゃいけない子たちも多くいるため、むしろ夏休みだから憂鬱になってしまうという逆転現象すらありえた。というか大体の生徒はそうだし、僕もそうだけど、まぁ僕の場合は一週間だけリアルに戻る予定だから、残りの休みは全部LROで遊びまくるつもりだ。いや、も、もちろん宿題もするけど……。


 とにかくそんなわけで、一学期最後の授業を終えた僕たち【秘密結社☆ラビットシンドローム】ギルドメンバーは、いつも通りのたまり場で今後の話し合いをしていた。


「ふむふむ。それじゃあユウキくんが一週間、ひかりが二週間、ナナミはたった三日、琴音は……三週間もリアルに戻ることになるんだね? メイさんも一週間ちょっと戻る予定だから、一人でLROに残る子はいないみたいだね」


 僕たちの予定を聞いたメイさんが話をまとめ、僕たちはうなずきあう。


「みんな結構バラバラですね。僕は一週間でも長く感じるから、まだリアルに戻ってもないのに早くLROに戻りたい気持ちですよ」

「あはは、ユウキくんの気持ちはメイさんもわかるよ。なんだかもう、こちらがメイさんたちのリアルになってしまっているもんね」

「わたしも同じですっ。でも、琴音ちゃんは三週間も……」

「ひかりの二週間でも長い方なのにな。確かさ、琴音の三週間って申請できる最大期間だろ? そんな長い間戻るって、なんかリアルで用事でもあんの?」


 ナナミさんの質問に、琴音は「ええ」とうなずいて言った。



「お見合いがあるのよ」



 …………沈黙。


 そして叫んだ。



『――ええええーッ!?』



 予想してなかった答えに一斉に仰天する僕たち。

 そしてひかり、メイさん、ナナミさんと女子三人がすごい勢いで詰め寄った。


「お見合い~!? なにそれなにそれメイさん聞いてないよ琴音! ていうか琴音の誕生日っていつなの? もう十六になってたんだね?」

「え、ええ。誕生日は六月だったから。もう結婚出来る年齢ではあるわ」

「そ、そうなんだ……琴音ちゃんおめでとうっ。で、でもお見合いって……け、けけ、結婚のために会うってこと、ですよね?」

「おいおい昔の人じゃあるまいし早すぎだろ! つーかなんでお見合いなんだよ!? まさかマジで学生結婚とかするつもりなのか? あんだけひかりと勝負しといて、ユウキのことはどうすんだ!」


 ぐいぐい詰め寄っていく三人に、琴音が珍しく驚いたように身を引いていた。

 それから三人を両手で押し戻しながら話す。


「――落ち着いて。別に私は結婚するつもりなんてないわ。お祖母様が常々私に紹介したいという人がいて、お祖母様の顔を立てるためにも一度会うだけよ」

「あ、なーんだそういうオチかぁ。望まない政略結婚だったら、メイさんドラマみたいに壊しにいっちゃおうかな☆ なんて思ってたけどねっ!」

「そ、そうなんだ……びっくりしました……!」

「あーそういうことね。まぁ琴音って良いとこのお嬢様っぽいしな。なんかわかるわ」

「先方には少し申し訳ないけれど……私はまだ、ユウキくんを諦めてはいないから」


 そう言って僕を見つめる琴音に、僕の耳が熱くなっていく。

 そんな中でメイさんが言った。


「あっ! そうそうそれで例の件なんだけどね! みんなの予定を擦りあわせた結果――夏休みも半ばの十三日、ナナミがLROに戻った日の翌日だね。その日の開催に決定しました! ハイ拍手くださーい!」


 言われた通りパチパチと手を叩く僕たち。

 夏休みの例の件。


 それは――



「では! 来る八月十三日! 第一回! 【秘密結社☆ラビットシンドローム】ギルドの『オフ会』を開催致しまーす! みんなリアルでも仲良くしようねっ♥」



 ――そう、オフ会の開催だ。

 実は、リアルで会ってみたいねなんて話はこれまでにも何度かしていて(主にひかりとメイさんがだけど。僕とナナミはそういうの苦手だし……)、夏休みを利用してオフ会をしてみてはどうかという案があったのだ。

 そして先日琴音がこのギルドに入った後、琴音もその案をOKしてくれたので、予定の擦りあわせも終わり、こうして開催が正式に決定したわけだ。


 そこでナナミがあぐらをかきながら言った。


「まーオフ会は別にいいんだけどさ。でもLROは普通のネトゲと違って、キャラの外見はリアル準拠なわけじゃん? 別にネカマやネナベがいるわけでもねーし、顔だってまんまだし、なんかリアルで会う意味あんのって感じしない?」

「いやいやナナミ、それでもやっぱり仮想世界と現実で会うのとは違うさ! だってメイさん、リアルだともっと美少女オーラ出てるしね! こう、キラキラキラ~ってね! ムフフ、ひかりたちもそうなんだろうなぁ~! ああ~早く会って抱きしめたいよっ! 頬ずりしたいよぅひかりぃ~~~~!」

「メ、メイちゃん落ち着いて~」

「こっちで十分してるじゃねーか……。まぁ、そりゃ髪型とか髪の色とか服装とかは、リアルと全然違うってやつも特に女子だと多いだろうしな。ユウキは……なんかあんま変わんなそうだな」

「あはは。まぁ、僕の場合は髪型とか色とかも全部同じだからね。あとは服が替わるくらいかなって思うけど」

「私もそこまで変わらないと思うから、すぐにわかると思うわ」


 普通のネトゲのオフ会とは違うけど、でも、やっぱりそれでもリアルでみんなに会うというのは緊張するしドキドキする。

 LROだとネカマプレイなんてことは出来ないから、特にこのギルドではまだ男は僕だけだし…………ってぇ!!


「あれ!? オフ会で男が僕一人って……そ、それってもしかしたらすっごい肩身狭いんじゃないか!? やべぇどうしよう! いまさら慌ててきた!」


 なんて思わず声にしてしまった僕にみんながキョトンとして、それから笑い出した。


「あははは! なーにもう! 本当にいまさらだねユウキくんっ。けど心配いらないよ。LROではこうして仲良く出来ているんだから、リアルでも問題ないわよあなた♥」

「そうね、メイの言う通りだと思うわ。そしてメイはユウキくんから離れなさい」

「あたしはユウキの気持ちわかるけどな。つーかお前さ、よく今までこんな女だらけのギルドでやってきたよな。他のギルド見てもそういうやつなかなかいねーぞ」

「言われてみれば! ああーレイジさんにも声かけておけばよかったかもぉぉぉ!」

「まぁまぁモノは考えようだよユウキくん。こんな美少女たちとリアルでもイチャイチャ出来る権利を独り占めなんだよ? むしろ喜んでもらわないと! それにぃ……こーんな可愛い相方がいるんだからさ♪ ねっひかり?」


 そこでみんなの視線がひかりの方に向く。

 ひかりは笑いながら言った。


「わたしは……みんなに会えるのが、今からすっごく楽しみです! だって、LROだけの繋がりじゃなくて……本当のお友達になれる気がするって、そう、思えるから」


 嬉しそうにそう言ったひかりの言葉に、みんな顔を見合わせて、そして笑いあう。


 僕は過去にプレイしてきたネトゲで、たくさんの友達を作った。毎日一緒に遊んできた。大切な人たちだと思っていた。

 けれど時間が経って。

 学生は大人になり、大人は仕事が忙しくなり、家庭の事情も変わったり。

 ネトゲの中とは違って、みんなのリアルでの生活はこくこくと変化して。

 やがてギルドがなくなったり、ゲームを引退する人が増えたり、やがて自然とその関係は途切れて、みんなとの繋がりはなくなった。

 だけど、みんなが望んでその繋がりを捨てたわけじゃないって僕は思う。捨てたつもりの人なんていないかもしれない。それが流れだったから。

 でも、所詮オンライン上の繋がりでしかないのだと、それが当たり前のことなんだと思うようになっていた。ネトゲの友達なんてそういうものなんだと、僕はどこかで諦めていたような気がする。


 でも、LROは違った。


 リアルに準拠した外見のキャラクター。リアルの学校と何も変わらない生活。そしてリアルへと繋がる大切な時間。

 そこでの生活は限りなくリアルに近く、リアルに深く根付いたもので、だからこそ、ひかりたちとの繋がりは今までのものとは違うと、そう感じられていた。みんなが同じ生徒同士だからっていうのもあるかもしれない。


 もしかしたら、と思う。

 そんな繋がりの深さこそが、LROが持つ力なんじゃないかって。

 そんな繋がりが、開発者の人が望んだものなんじゃないかって。


 なんてことを考えていたら、


「……あ」


 僕たちの前に一人の《ウィザード》の女の子がやってきた。

 三度目の遭遇。

 僕は立ち上がって声をかける。


「MOMO*さん!」


 だけどその人は相変わらず口で喋るつもりはないようで、手元のスケッチブックをこちらへ向けてその顔を隠してしまった。その顔はいつものように赤くなっている。


『こ、こんにちはなのです。ちょっとお時間いいですか?』

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