第84話 久しぶりの再会

 みゅうさんの申し出はとても嬉しかったけど、無料というのはさすがにない。

 なので僕は苦笑しながら断った。


「えっと、ありがとうございます。けどさすがに無料では貰えないですよ。せ、せめて半額に戻してもらえると買いやすいですけど……」

「で、ですか。ですよねっ。わかりました! それじゃあ半額でお願いします!」


 みゅうさんはその場で露店の金額を書き換えてくれて、そのペンダントを両手の上に乗せると僕たちのほうに差し出す。

 僕はひかりと一度アイコンタクトを取り、それからありがたくペンダントを購入することにした。提示された金額を簡易スクリーンに入力すれば、アイテムの所持権が僕に移る。


「ありがとうございました、みゅうさん。はい、ひかり。どうぞ」

「え、えっと……ほ、本当にいいんですか?」

「うん。というかひかりが貰ってくれないと、僕もみゅうさんも困っちゃうしね」

「ですです!」


 みゅうさんが素早く二回うなずいて、ひかりもようやくペンダントを受け取ってくれた。するとひかりの目がまたキラキラと輝き出す。


「わぁ…………あ、ありがとうございます! あのあのっ、早速つけてみてもいいですかっ?」

「もちろん。あ、でも他に装備してるアクセサリーがあったら無理につけなくても」

「大丈夫です! それに……ユウキくんがプレゼントしてくれたペンダントですから。ずっと大切に着けてます! この指輪と同じくらいに!」


 ひかりは笑顔で《リンク・リング》を見つめてから、さっそくそのペンダントを装備してくれた。胸元で明るく光るペンダントトップはすごく綺麗だった。


「よかった、ひかりにすごく似合ってる」

「うんうんお似合いです! ひかりさんに着けてもらえて私も嬉しいです!」

「あ、ありがとうございます。えへへ」


 多少照れて赤くなったひかりに、みゅうさんが拍手をしてから口を開いた。


「あのあの、その石はムーンストーンと言いましてですねっ、《月の丘》ってフィールドのボスが夜の間だけに落とすレア素材なんです。リアルにも存在していて、愛の石って呼ばれたりもするパワーストーンなんですよっ。恋人たちにぴったりの宝石なんです!」

「へぇ~……やっぱり貴重なアイテムだったんですね。でも、それを半額なんて……本当によかったんですか?」

「そ、そんなに貴重なものをわたしに……いいんでしょうか……?」

「いえいえいえっ! ひかりさんにすっごくお似合いで、きっと私の相方も喜びます! アイテムは、使ってもらえてこそだって相方も言ってました。だから、どうかひかりさんに使ってもらえると嬉しいです!」

「みゅうさん……はいっ! 大事にしますね!」

「はい! ありがとうございます!」

「ユウキくん、ありがとうございました!」

「うん」


 ひかりとみゅうさんがお互いに笑いあって、場の空気もとても和やかに流れていく。僕もひかりにプレゼントした甲斐があったかなって嬉しくなった。

 

「私、よくここで露店をしているので、よかったらまたお買い物に来て下さいっ! お二人になら、またサービスしますね!」


 そう言ってくれるみゅうさんに僕とひかりは揃って返事をし、その場でみゅうさんとフレンド登録を済ませてから、ぶんぶんと手を振るみゅうさんと別れた。

 

 そしてまた、寮へと向かって歩き始める。その間も、ひかりはずっとペンダントに触れながら笑顔でいてくれた。うん、やっぱりプレゼントしてよかったな。

 なんて思っていると、


「――あ」


 夜道を歩く僕たちの前に現れたのは、見覚えのある一人の女の子。

 以前会ったときは初心者用の軽装だったけど、今は《ウィザード》の格好をしている。


 その名前は――《MOMO*》。


 彼女は『お久しぶりなのです。』と書いたスケッチブックを胸元に抱えていた。


「MOMO*さん!」


 すぐに駆け寄る。ひかりも後をついてきてくれた。


「お久しぶりですっ。どうしたんですか?」


 尋ねると、MOMO*さんはスケッチブックに新たな言葉を書いていく。


『お待たせしてすみませんなのです。途中経過を伝えにきたのですが……』


 そしてMOMO*さんがチラ、と僕の隣――ひかりに視線を向けた。

 あ、と気づく。


「ユウキくん? あの、こちらの方は……」

「ひかり……その……」


 どうしようかほんの少しだけ考えて。

 けど、僕は一切を包み隠さず話すことにした。

ひかりにではなくて、MOMO*さんにだ。


「……MOMO*さん。実は、その……」

「?」

「この指輪のこと……秘密にしてほしいって言われてましたけど、ひかり――この子には話してしまったんです。それと、他のギルドメンバー二人にも……」

「ユウキくん? それじゃあ、この人がGMさんの……?」

「うん。僕にこの指輪を貸してくれた人なんだ。MOMO*さん、約束を守れなくてごめんなさい。これ、お返しする覚悟は出来てます」


 深々と頭を下げる。

するとMOMO*さんは何度がパチパチとまばたきをして、それからまたスケッチブックに文字を書いていき、そして以前のように顔をスケッチブックで隠しながらそれを見せてくれた。


『秘密にしてほしいと言ったのは、あくまで騒ぎが起きないようにしたかったからなのです。少し心配していましたが、もうあなたのゲーム内での立場は安定したようなので、問題視はしていません。』

「え?」

『何より、全てこちらの不手際から起きた問題なのです。そんなに気にする必要はないのですよ。その指輪は、そのままお使いくださいなのです』

「MOMO*さん……いいんですか?」


 こくんとうなずいたMOMO*さんははにかむように笑って、また新しいページをめくって言葉を書く。


『それと、謝らなければならないのはこちらの方なのです。事情を知っている方なら問題ないので、どうぞそちらのひかりさんも聞いてくださいなのです』

「え? わたしも、いいんですか?」


 ひかりの言葉にこくこくとうなずくMOMO*さん。

 そういえばさっき、途中経過を伝えにと言っていた。

 顔を見合わせた僕たちの前で、MOMO*さんは次のページを開いて見せる。


『もうお察しかもしれませんが……ユウキさんのステータスエラーは完全に想定外のことで、他に同じ症状のプレイヤーさんもおらず、未だに原因が特定出来ていないのです。なので、もうしばらくお時間が必要になってしまいそうで……』

「そうなんですか……」


 けど、なんとなくその答えはわかっていた。

 だって途中経過ってことはつまり調査が終わってないってことだし、そもそも指輪をそのまま使っていいと言った時点で、この結果は察することが出来ていた。

 MOMO*さんはペコリと小さな頭を下げる。


『本当に申し訳ないのです。調査が終わり次第、またお声をかけさせていただくのです。それでは、夜分遅くに失礼致しましたなのです。これからもっと暑くなりますが、この夏もLROを宜しくお願いしますなのです。』

「あ、は、はい。こちらこそ」

「お、お仕事お疲れ様です!」


 ひかりの言葉にMOMO*さんは小さく笑って、それからワープスキルで姿を消した。《ウィザード》なのに《プリースト》のスキルでいなくなる辺り、さすがGMである。ていうかGMってどういうスキルツリーになってるんだろう。何でも取れるのかなぁ。なんてどうでもいいことを想像してしまった。


 すると、隣でひかりがじっと僕を見上げているのに気づいた。


「? ひかり?」

「……ユウキくんは、女の子からすごくモテるんですね……」

「え?」


 ――モテ? モテる?

 ――ぼ、僕が!?


「いや、えっ? ひ、ひかり、いきなりどうしたの?」

「……あ。きゅ、急に変なこと言ってごめんなさいっ! でも、その、思ったんです。琴音さんのこともあって……それに、さっきのみゅうさんも、それにGMさんも……みんな、可愛い人たちで……ユウキくんを好きな人って、きっと、もっとたくさんいるんだなぁって……」

「そ、そんなことは……ていうか、MOMO*さんはGMだからモテるっていうのとはちょっと違うんじゃないかとっ!」

「あ、そ、そうですよね。けど……わたし、ユウキくんのこと、改めて尊敬してます。女の子だけじゃなくて……生徒会の人たちにも、みんなから好かれていて……。ユウキくんは、すごくすごく成長しているんだなって、思えるんです」

「ひかり……」

「でも……だから、わたし嬉しいですっ!」

「え?」

「だって、わたしの相方さんがすごい人だって、みんなに認めてもらえてるんですっ。だからわたしも、ユウキくんの隣にずっと立っていられるように、もっと頑張ろうって思うんです! だから、琴音さんとの勝負も逃げたくないって思いました!」

「ひかり……じゃあ、それであの勝負を受けたの?」

「はいっ!」


 大きくうなずくひかり。その目は真っ直ぐに僕を見つめている。


「……そっか」


 ひかりは本当に、出会った頃から変わらない。

 ずっと、ひかりらしいプレイスタイルでこのLROの世界を楽しんでいる。今の目と同じように、どこまでも真っ直ぐに。

 そして僕は、そんなひかりを見ているのが好きだ。

 だから、全力でこの相方を応援したいと思う。


「……ひかり! 例の勝負、僕も応援してるからね」

「はいっ! ユウキくんに応援してもらえたら、もっともっと頑張れます!」


 そうして僕たちは笑いあいながら寮に戻り、その夜は更けていった――。

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