第82話 ユウキ争奪戦!

「ふーん。んじゃ、そこでユウキに助けられて一目惚れでもしたってことか?」


 そこでナナミが直球な質問を投げる。

 すると琴音さんはちゃんとナナミの方に姿勢を動かして答えた。


「そうね、きっかけはそうよ。あの後、私たちはユウキくんを追って最奥部に向かった。そしてボスを倒すユウキくんを見て……びび、と全身が衝撃が走ったわ」


「「「「衝撃?」」」」


 揃った僕たちの声に、琴音さんはハッキリと頷く。


「ええ。圧倒的な強さでひかりを守り戦ったユウキくんを見て、すごい、と思った。その日以来、あなたを求めている私がいた。あなたの活躍を聞くたび、胸が高鳴った。けど、あなたにはもうひかりという相方がいたし、メイとナナミのこのギルドもあった。私があなたに声をかけては迷惑かもしれないと、そう思っていたわ。だから……今日まで何も出来ずに、時折あなたの姿を見かけては胸を痛めるだけだった。ええ、勇気がなかったのね」


 淡々と語られる琴音さんの言葉は、なんだかとても爽やかで耳に心地良い。そこには清廉ささえ感じられた。


「でも、もうすぐ夏休みがくるでしょう? 私、既に申請済みで一度リアルに戻る予定があるの。だから……それが一つの区切りね。それまでに一度、ユウキくんに声をかけてみようって決めたの。こんにちは、と挨拶をするだけでもいい。自己紹介を出来たらなおいいって。そして、たまたま勇気が出たのがついさっき」


 スラスラと流れるような言葉は、だけどとても緊張しているようには聞こえなくて。

 でもきっと、この人はとても勇気を出してくれたんじゃないかって、僕はそう思った。

 メイさんが言う。


「ふむふむ、なるほどねぇ……。やぁ、だけど琴音はすごいね。その声をかけるチャンスでいきなり告白してしまうなんてさ」

「ええ。だって、この想いは本物だもの。私は、ユウキくんが好き。いつもあなたのことを考えてきたの。こんな場面を、何度も夢に見てきた。だから、抑えられなかった……」


 琴音さんは僕の目を見て、真っ直ぐにそう話してくれた。


 あまりにも。

 あまりにも直接的に、ハッキリと、想いを伝えられてしまって。


 僕は情けなくも、ただただ呆然としてばかりだった。

 こんな風に誰かに好きだとハッキリ言ってもらえたことは、初めてだったから――。


「もしも迷惑だったなら謝るわ。ごめんなさい」

「そ、そんな、迷惑なんてことは……」

「ユウキくんはそう言うと思った。そういう優しさは時に相手を傷つけるけど、でも、ありがとう。嬉しい」


 柔らかく微笑む琴音さん。

 それから琴音さんはひかりの方を向いて言った。


「あなたにとっても迷惑だったでしょう、ひかり。ごめんなさい」

「え? わ、わたしはそんなっ」

「……あなたたちは似ているのね。だから上手くいくのかしら」

「「え?」」


 僕とひかりの声が揃い、琴音さんが小さく笑った。

 そして、すぐにその表情はまた凜々しく戻る。


「けれど、相方のあなたに遠慮するつもりはないわ」

「え?」

「私は、ユウキくんが好き。ユウキくんとお付き合いしたいと思っている。恋人になって、一緒の時を過ごしていきたいって思うわ。あなたは、ユウキくんともうお付き合いをしているの?」

「え、え、ええええっ」


 真正面から尋ねられ、ひかりがまた赤くなって慌て始めた。


「お、お、おおお付き合いなんてことは、その、し、しししておりません、です」

「そう。ならやっぱり遠慮はしないわ。ユウキくんの今の相方はあなたでいい。けれど、恋人には私がなる。そして、いずれは相方の座も私が貰うわ」

「え……」

「それは嫌? 嫌なら私と勝負をしましょう。どちらがユウキくんの相方に、そして恋人にふさわしいのか。文句がないなら黙っていて。私のこの愛情は、あなたに負けない」


 面と向かって、琴音さんは強気にそう言い放った。

 ひかりは言葉を失って、そっと目を伏せる。

 僕もメイさんもナナミさんも、ひかりが一体どんな反応をするのか、ただそれだけに注視していた。

 やがてひかりは――



「……わかりました。勝負、しますっ!」



 と、顔を上げて堂々とそう言い返した。

 琴音さんは小さく微笑んでうなずき、一番驚いていたのは僕だった。


「ひ、ひかり? 勝負って、本気っ!?」

「はいっ! ユウキくんの相方はわたしです。だから、勝負します!」

「ひかり……」

「ふふっ……そっかそっか! すごいねひかり! それならメイさんも応援するよ~! ナナミも、ねっ!」

「え? お、おう! いきなり現れた女になんてとられんなよなひかり!」

「がんばります! 琴音さん、よろしくお願いします!」

「ええ。どちらがユウキくんにふさわしいか、正々堂々決着をつけましょう。勝負方法は……そうね、第三者に公平に決めてもらうべきかしら」


 琴音さんのその発言に、メイさんが「ハイ!」と手を挙げる。


「メイ?」

「ユウキくん争奪戦だねっ! それならメイさんに任せて! ひかりと琴音、どちらがユウキくんの愛妻にふさわしいのか、色んな勝負方法で適正を見極めていこう! メイさんが公平に内容を考えるよ! それでどうかな? 二人とも」

「え、ええええっ! ちょ、愛妻って!」

「ええ、私はそれで問題ないわ」

「はい! わたしも大丈夫です!」

「ええええ! ひかり!? 琴音さん!?」


 戸惑っているのは僕だけで、ひかりも琴音さんもやる気満々。メイさんはうんうん頷いて、ナナミは「あーあ」と呆れ顔をしていた。


「うん! それじゃあメイさん一所懸命考えちゃうよ~! ナナミも手伝って! そうだ、楓にも連絡しておこうかなっ。ひかり、琴音。生徒会の人にも相談していいかな?」

「は、はい。メイちゃんに任せます!」

「ええ。けれど恥ずかしいから、それ以上話は広げないでもらえると助かるわ」

「ぜんぜん恥ずかしそうじゃねぇ……」

「了解! それじゃあ詳しい勝負内容は後日二人に通達します!」

「ええ、わかったわ。それじゃあ私は失礼するわね」


 スッと立ち上がり、軽く服の汚れを叩く琴音さん。

 それから僕の方を見て言った。


「きょ、今日は突然で、ごめんなさい。それと、こんなことになって」

「あ……い、いえ……」

「けど……私の気持ちは、本物だから」


 ほんのりと頬を赤らめてそうつぶやいた琴音さんは、そのまま《プリースト》のワープスキル――《リンク・ゲート》でどこかへと消えていった。

 それを見送ってメイさんが顎に手を当てながらつぶやく。


「うーむ。メイさん、琴音はなかなか強敵だと思うよ。頑張ろうねひかりっ!」

「ああいう直球の女は強いからな……。おいひかり、全力でぶっ潰せよな!」

「が、がんばります! ユウキくん、見ていてくださいね!」

「う、うん……」

「よーし! じゃあ早速作戦会議しちゃおうか!」


 気合いを入れるひかりと、ひかりを応援するメイさんとナナミ。三人は打倒琴音さんの対策会議を始めてしまった。

 嵐のような琴音さんの登場によって、なんだかとんでもない展開になってしまった。

 これから一体どうなるのか……僕はひかりのことが心配になるのと同時に、琴音さんのこともまた考えていた。

 もちろん、僕なんかを好きと言ってくれたこととか、それは本当なのかとか、何かの罰ゲームじゃないんだろうかとか、そういう邪推もあるんだけど、それだけじゃなくて。


「…………どうしよう」


 見下ろす指輪は、ひかりと契った《リンク・リング》ではなく――もう一つのもの。

 GMのMOMO*さんから預かった、《守護天使の指輪》だ。


 琴音さんは、このことは知らない。


 僕の強さの秘密を知らないのに、僕に想いを寄せてくれている。

 それが、なんだか琴音さんにとても失礼なことをしてしまったように感じて、僕はもやもやとした気持ちに悩んでいた。

 ひかりやメイさん、ナナミに言えなかったときや、生徒会のみんなにも明かせなかった時と同じだ。あのときだって何度も話そうと思ったけど……せっかく出来た友達を失うのが怖くて、いまだに話せなかったんだ。

 以前、生徒会のみんなにどう伝えるべきかメイさんに相談したことがある。

 そのときメイさんは、


『――ユウキくんが伝えたいと思ったときに伝えればいいと思うよ。もちろん、伝えなくないのなら内緒のままでもいいさ。君がどんな道を選ぼうと、メイさんたちは君の味方だよ』


 と、優しくそう答えてくれた。

 けど、いつまでもみんなの優しさに甘えていてはダメだと。特にレイジさんは、僕をライバルとして認めてくれて、ずっと競い合ってきた戦友とも呼べる人だ。あの人の友情を、これ以上裏切り続けていくわけにはいかないと。そう思って、僕は生徒会のみんなに真実を明かした。そして、受け入れてもらえた。


「……よし」


 だから、決めた。

 なるべく早いうちに、琴音さんにも真実を打ち明けなければならない。琴音さんにはそれでがっかりされて、すぐに愛想を尽かされるだろうけど……それは仕方ないことだ。もしかしたら騙されたと怒ってしまうかもしれない。それは想像すると怖いけど、僕なんかに好意を向けてくれたあの人から逃げるわけにはいかない。


「ユウキくん? どうかしましたか?」

「うわっ! あ、ひかり。いやなんでもないよ。ええと、話し合いはもう終わり?」

「はいっ。とにかくガンガン行こうぜ作戦に決まりました!」

「ざっくりしてるね!? そ、それじゃあそろそろ寮に帰ろうか?」

「はいっ!」


 それからまだ会議を続けるというメイさんとナナミに挨拶をして、僕とひかりは一足先に帰ることになった。



『――私は、ユウキくんが好き』


 

 何度も頭に蘇る、その言葉。

 その声は、しばらく僕の中に響き続けていた――。

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