第74話 血竜《ブラッド・ドラゴン》

 こちらへ向かって逃げてくる三人の男子生徒と、その後ろのおびただしい数のドラゴンたち。

 しかもその中には、ひときわ大きな巨体で地面を震わせながら咆哮する凄まじい迫力のドラゴン――《ブラッド・ドラゴン》の姿があった。

 赤い字で示されたそれは、そいつがボスモンスターであることを表している――!



『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』



 激しい竜の咆哮がビリビリと僕たちの身体を震わせる。

 レイジさんは叫んだ。


「君たち! 早くあっちの通路へ逃げるんだッ! あそこは道が細いからドラゴンたちに囲まれる心配はない! 無理なら人のいないところへ逃げ込んでワープをっ!」


 即座に的確なアドバイスを飛ばすレイジさんに感心する僕たち

 けど――



『――っ!?』



 僕たち全員が息を呑んだ。

 あろうことか、なんとその三人は僕たちの近くまでやってくるとその場でワープアイテムを使って逃亡。

 当然――標的を失ったドラゴンたちは僕たちを狙って襲いかかる!


「おいおいマジかよふざけんな!!」


 真っ先に文句を叫んだのはナナミ。

 アクティブモンスターはターゲットがいなくなると一番近いプレイヤーを別のターゲットに変更してしまう!


「俺が耐える! その間に態勢を整えろ!」


 ビードルさんが僕たちの前に立ってドラゴン数十体のタゲを一身に受ける。

 しかし、いくらビードルさんでも見る見る間にHPのゲージが減っていく。HPが半分を切ってからは《ガード・シフト》を使って耐えるものの、雑魚だけならまだしもボスまでいるんだ! いくらビードルさんでも耐えきれない!


「ビードルさん!」

「ビードル! 無茶するなっ!」

「俺は盾だ! そういうわけにはいか――ぐああああっ!!」


 僕とレイジさんの声に応えきることも出来ず、あのビードルさんがたったものの十秒程度で圧死。

 そして――僕とレイジさんに標的が移る!


「みんなは僕とユウキくんの後ろへ! メイジの二人は呪文を!」


『了解!』


 レイジさんの指示に従ってみんなが動く。

 僕はひかりの前に立ったまま、迫り来るドラゴンたちの攻撃をひたすら回避し続け、スキル攻撃の“溜め”が始まるのを見極めてこちらのスキル攻撃でそれをキャンセルさせる。クリティカルダメージはドラゴンの高い防御力さえ無視するけど、そもそもドラゴンたちのHPが高すぎて何発も連発しないと倒しきれない!


「《ホロウ・ポイズン》!」

「《フローズン・ロック》!」


 メイジ系二人の合わせ技が炸裂。

 楓さんの《ホロウ・ポイズン》でドラゴンを猛毒状態にし、メイさんの《フローズン・ロック》で広範囲のドラゴンたちを氷の中に閉じ込める。その間にもドラゴンたちは猛毒+凍結の状態異常で大量の持続ダメージを受け続ける。猛毒も凍結も、相手のHPが高ければ高いほど強力な割合ダメージを与えられるから効果的だ!

 今のうちに態勢を――と思ったけど、ボスの《ブラッド・ドラゴン》は特にそれらへの耐性が高いのだろう。わずか数秒で氷から脱出して、猛毒状態も一緒に解除されてしまう。

 そして間髪入れず――


『――《ブラッド・ブレス》!』


 火炎の息をまき散らす範囲スキルを使い、僕たちは全員大ダメージを受ける。さらに氷に覆われていた他のドラゴンたちも氷から復活してしまった!

 しかもそれが災いし、一度凍結状態になったことでターゲットが解除されたドラゴンたちが、それぞれの場所から最も近いプレイヤーを狙い始め、わずかな数のドラゴンたちが後衛のみんなにも襲いかかってしまう!


「げっ、メイさんミスった! ごめんみんなむぎゅうっ」

「こ、これはさすがに無理よぉ~あうっ」

「メイさん! 楓さんっ!」


 ダメージソースである二人が助けにいく間もなく続けてやられてしまう。

 被害はさらに続いた。


「《ラピス・ハンマー》!」

「《アロー・レイン》!」


 ナナミとるぅ子さんがスキル攻撃で何体かのドラゴンを撃退。

 しかし、ボスの《ブラッド・ドラゴン》はやられた自らの部下を瞬時に再召還してその数を整える。それから詠唱の存在しない無詠唱呪文――《ブラッド・ブレス》を再び放ってきた。


「だあああああこんなの耐えきれるわけないだろっ! もがっ!」

「も、申し訳ないですみなさん! きゃあああっ!」

「ナナミ! るぅ子さん!」


 ナナミとるぅ子さんの二人も死亡。


「くッ! ユウキくん! ひかりくん! せめて君たちだけでも逃げ――ぐあっ!!」

「レイジさんっ!」


 ついにはレイジさんまでやられてしまい、残ったのは僕とひかりの二人だけ。


「み、みんな……くそっ……!」


 当然ながら、復活アイテムでみんなを起こしている余裕なんてない。そんなことをしているうちにこちらもやられて全滅だ!


「ユ、ユウキくん……っ」

「ひかり! 僕の後ろから離れないで!」

「は、はいっ!」


 猛々しく吠える《ブラッド・ドラゴン》とその取り巻きたちが僕を狙う。

 物理攻撃なら絶対回避で怖くはないけど、スキルや呪文で受ける大ダメージは避けきれない。いくら運の良い僕でもこれは耐えきれないかもしれない。

 だけど……だからってここでみんなを、ひかりを置いて逃げられるはずがない!

 ドラゴンたちがドシ、ドシ、と足音を響かせて襲ってくる。


「……行くよひかり。絶対守るから、支援、頼む!」

「ユウキくん……信じてます!」

「うん! ――《フォーチュン・ブレッシング》!」

「《プリエ》!」


 僕が自己ぶーストしたのと同時、ひかりの支援スキルが僕を包みこんで、全身に力がみなぎっていく。

 こんなところで、負けてられない!


「はああああああああっ!! 《双刀独楽》!!」


 まずは周囲のモンスター全てを巻き込む範囲攻撃を発動。独楽のように回転しながら全てのモンスターに大量のクリティカルダメージを与え、同時にひかりへタゲがいかないようすべてを僕が引きつける。《双刀独楽》は巻き込むモンスターの数が多ければ多いほどダメージを増すため、五連発したところでボス以外の雑魚は綺麗に片付けられた。

 けれど、ボスはすぐに取り巻きのモンスターを五体ほど復活させ、僕たちを襲う。ナナミから貰ったMPの回復材はもう使い切った。あとは残りのMPだけでどうにかしなければならない。


 息苦しい。

 熱気が鬱陶しいほどにつきまとい、頬を汗が伝う。

 剣を握る両手に力を入れ直す。

 背中でひかりが言った。


「ユウキくん……楽しいですねっ!」


 その言葉に――僕は笑っていた。

 本当にそうだ。

 肌がひりつくような生死を懸けたバトル。

 一緒に戦ってくれる相方と、仲間たち。

 リアルの世界で、こんな体験出来るはずない。

 この世界に来たからこそ、こんな経験が出来てる。

 こんな楽しいこと――他にない!!


「行くよひかり! 少しそっちに行くけど任せた!」

「はいっ! 任されます!」


 ひかりの支援を受けながら、僕は雑魚mobを無視して《ブラッド・ドラゴン》のみを集中的に攻撃し続ける。なるべくひかりの方へ雑魚を行かないようにしても、倒すたびに復活されるのでどうしても守り切れない。

 普通なら、支援にこのドラゴンが一体でも向かったら瞬殺されるだろう。

 だけど、ひかり僕の相方は普通の支援じゃない。

 守られるだけの《クレリック》じゃないんだ。


「わたしは大丈夫です! だてに殴りクレやってませんよっ!」

「了解!」


 ひかりは僕と一緒に前衛で戦ってくれる。

 そんな、最高に頼もしい相方だ――!

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