第68話 夏の日の花嫁

 僕とひかりは花のアーチの下、みんなが見てくれている前で向かい合い、お互いにタイミングを合わせてウィンドウの[yes]ボタンをタップした。

 瞬間、挙式場でよく流れるイメージのBGMに似たもの海辺フィールドに流れ出し、クラッカーや紙吹雪のエフェクトが周囲にボンボンと出てくる。

 最後に、僕とひかりの《リンク・リング》が自動的に外れて手の平に移動。今まではただの銀の指輪だったそれに、ダイヤモンドのような宝石が一つ輝いた。

 それから、アイテムの詳細ウィンドウが自動的に視界へ表示される。


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《永久の誓い リンク・リング》

 種別:特殊アクセサリー 重量:1

 備考:特別な人に渡すために作られた名工の品。あの日に誓った想いを永遠に刻み込むことが出来る魔法の宝石がはめこめられている。

    パートナーの指で光輝く限り、繋がった想いが特別な効果を発揮する。

    倉庫不可。取引不可。売買不可。浮気不可。

    特殊スキル《いつも一緒に》使用可能。


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 僕とひかりは揃って顔を上げた。

 視界に『お互いの左手薬指に指輪をはめてください』と指示が出ている。

その指示に従い、僕たちは照れ笑いを浮かべながらお互いの指に指輪をはめた。この場所といい、タキシードとウェディングドレスといい、なんだか本当にやっていることは本物の結婚式と変わらないなぁなんて思ったらますます恥ずかしくなる。

 しかも、どうもこの騒ぎに気づいた他のプレイヤーたちがなんだなんだと集まってきてしまったようで、みんな僕らを見て一様に驚きつつ、けれどすぐに状況を理解して、メイさんやナナミと一緒になって大きな拍手や祝福の声をかけてくれた。


「うわ、こ、これはさすがに恥ずかしい」

「で、ですね……」


 ずっと見られていたという事実に顔が熱くなっていく。

 それはひかりも同じみたいで、ひかりは頬を赤らめながら自分の指輪をしばらく愛おしそうに見つめ、それから微笑んで言った。


「えへへ……なんだか、本当の相方さんになれたみたいで嬉しいです……」

「う、うん。えっと、こ、これからもよろしくね。ひかり」

「ユウキくん……はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」


 笑いあう。

 ただそれだけが、今は無性に嬉しくて胸が弾む。


「あ、あの……わたしっ、覚悟は出来てますっ!」

「え? 覚悟って何の……」


 するとひかりはなぜかそっと目を閉じて、静かにその顔を僕の方へと向けてくる。


 ――あれ?


 ちょ、ちょっと待って?

 え? こ、ここここれってもしかして……。


『おおおおおおお!』


 周囲からものすごく盛り上がった声が聞こえてくる。それは明らかにひかりの行動に対してのものだった。


「え? まさかまさかしちゃうの!? いいよいいよ! メイさんスクショの準備できてるよ~~~♥」

「ちょ、おい! 本物の挙式じゃあるまいしやらなくていいんだよ! ひかり!」

「こ、これは僕たちが見ていていいものなのだろうか?」

「ふん。オレは既に目を閉じているぞレイジ」

「あらあら目を閉じちゃうなんてもったいない~♪ 私もスクショ準備いいわよ~~~♪」

「か、楓さん失礼ですよ。で、ですが、これは目が離せません……!」


 みんなも同様にはしゃぎ始めて、もはや止めようとするナナミの声はひかりには届いていないようだった。


「ひ、ひかり……」


 目の前でじっと僕を待ってくれているひかり。

 長いまつげ。

 火照った頬。

 艶やかなピンク色の唇。

 すべてがとても綺麗で、目が離せなくなっていく。ひかりだけに視線が吸い込まれていく。

 僕はそっとひかりの肩を掴んだ。ひかりがわずかに震えたのがわかる。

 ごく、と生唾を飲んでしまう。

 ここで僕が近づけばきっとそうなる。け、けどそれはさすがにダメだ!

 だから僕はいろんなものをこらえて言った。


「ひ、ひかり。待って。それはいいんだよ」

「……え?」


そう言うと、ひかりはそっとまぶたを開いた。


「こ、これは本当の結婚式じゃないからさ。その、そ、そこまでする必要はないんだ。み、みんなも盛り上がってるところ悪いけど、そんなことしないからね!」


『ええ~~~~~~~~っ!』


 ブーブーと僕が反則でもしたかのように大ブーイングを起こす会場。それにナナミが「勝手に期待してがっかりすんな!」と抵抗してくれた。

 すると目の前のひかりは……


「…………あっ。そ、そう、ですよね? これ、ほ、本当の結婚式じゃ、な、なくって……。わ、わたし……か、かかかか勘違いをしちゃって……あ、あああああ~~~~!」

「え? あ、ちょ、ひかり!?」

「ユ、ユウキくんにあんな風に迫って……あ、ああああっ! ご、ごめんなさい! わぁ~~~~~ごめんなさぁ~~~~~~~い!」

「ええっ!? ちょ、ひかり!?」


 顔中真っ赤になったひかりはそのまま岬の先へ走っていってしまい、なんと、ウェディングドレス姿のまま海へぴょんとダイブしてしまった!


「わあああああーっ! ひ、ひかりーーーー!」


『ええええええーっ!?』


 当然ながら慌てる僕と一同。ちょ、まさかこんな結婚式みたいなイベントの最中に花嫁がドレスで海に飛び込むなんてなかなかないぞ!


「おいユウキ! 早く行ってやれっ!」

「わ、わかってるよナナミ! ひかりー! 今いくからねー!」

「わぁ~~~~こないでくださぁ~~~~い会わせる顔がありません~~~~~~~!」


 海の方から叫ぶひかりの元へ、しかし僕は気にせずタキシード姿でダイブ。

 そんなこんなで、なぜか花婿も花嫁も海にダイブするという謎の結婚式イベントは、おそらくあっという間に口コミで広まっていったことであろう――。

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