第59話 終幕の控え室

「――……ん、んん」


 気づいたとき、僕は控え室のベンチで目を開けていた。

 目の前に、よく知っている顔がある。


「っ! ユウキくん……!」


 ひかりだ。

 ひかりはなぜかぽろぽろと泣いていて、それから僕に覆い被さってきた。


「ユウキくん! よかったです! よかった、です……!」

「え……ひ、ひかり?」


 一体何がどうしてこうなっているのか。

 さっぱり何もわからずに混乱していた僕を、逆さまになったメイさんの顔が覗き込んでくる。


「わぁ! メ、メイさんっ!? 何して――っつ!」


 起き上がろうとして、僕はズキッと響いた頭痛に頭を押さえる。

 ひかりが慌てて顔を上げた。


「おはようユウキくん。身体は大丈夫かな? 無理はしないで休んでいてよ」

「え? あ、僕、なんで……」

「ユウキくん! だ、大丈夫ですかっ? 痛むところないですかっ?」

「あ、う、うん。少し頭痛がするくらいで……大丈夫……」


 ひかりに支えてもらいながら上半身を起こす。

 見渡せばそこはやっぱり控え室で、近くにはカートの中身を整理しているナナミの姿もあった。

 ナナミは僕を見ると「はぁ」とため息をつき、とことこと歩いてくる。


「やっと起きたの? ほら、これ飲めば」

「ナナミ……?」

「いいから飲め」

「はぶっ」


 青い瓶のポーションを強引に口の中に突っ込まれ、液体が喉を流れ落ちる。

 すると身体中が柔らかい光に包まれ、頭の頭痛がすぅっと引いていった。


「もごもご……ぷはっ。ナ、ナナミ? これは――」

「サポートの医者のせんせーが置いてった。脳波を安定させて気持ちとか自律神経を落ち着ける薬だってさ。お前、どんだけのめり込んでたんだよ」

「の、脳波? よくわからないけど……えっと、あ、ありがとう」


 ええと、そもそもなんで僕はここで眠っていたんだ?

 確か今日は大切な………………。

 ……そう、そうだよ。今日はGVGイベントの日だ。この日のためにギルドみんなで頑張ってきた。


「えっ!? ぼ、僕なんでここで寝てたのっ!? 今日ってGVGだよね!? も、もしかして僕試合前にここで寝落ちして……えええええっ!?」


 なんてことをしてしまったんだ! うわあああ僕のバカ!


「ち、違いますよユウキくんっ。とにかく落ち着いてください。先生も、安静にしてれば平気って言ってましたから……」

「ひ、ひかり? 僕、みんなに迷惑を……」

「違うんです。ゆっくり、深呼吸をして、それから思い出してみてください」

「思い、出す……」

「はい。一緒に深呼吸しましょう」


 ひかりの笑顔を見たら、急に心が穏やかになって、頭もよりハッキリとしてくる。

 深く呼吸を始めた。

 すると、こんがらがっていた記憶の糸がするするとほどけていく。

 GVGのことを思い出した。

 一回戦からレイジさんたち生徒会ギルドと当たって、そして、みんなで戦ったこと。

 それからレイジさんと一体一で勝負をして。

 最後に、ひかりの声が聞こえて。

 レイジさんが目を閉じて笑って。


 ……そう、そうだ。僕の双刀が、レイジさんのHPを削りきった…………はずだ。

 そこで、ふらっと目の前が見えなくなって……


「……僕、レイジさんと戦って……それで、倒れちゃった、の……?」


 みんなに尋ねてみる。

 ひかりもメイさんもナナミも、すぐにうなずいて応えてくれた。


「ユウキくん、すごかったですよっ。あの生徒会長さんに勝っちゃうなんて……本当に本当に、とってもかっこよかったです!」

「ひかり……」


 ひかりが僕の手を握って、いつもの眩しい笑顔をくれる。


「そっか……じゃあやっぱり、レイジさんに勝てたのは夢じゃなかったんだ……。あれ、でも、みんなの方は?」


 僕とレイジさんの勝負がついても、みんなはどうなったんだろう。

 そんな僕の疑問にはメイさんが答えてくれた。


「ユウキくんが勝った後にね、生徒会メンバーは三人とも降参してくれたよ」

「え?」

「レイジくんがね、勝負は一体一で決めると言った以上、僕が負けたら生徒会の負けなんだって。生徒会の三人は呆れながらも従っていたよ」

「レ、レイジさんらしいですね……」


 あの人なら、確かにそういう終わり方を望みそうだ。なんだかすぐ想像出来る。


「それにしても、メイさんもすごく驚いたよっ! まさか本当にタイマン勝負で勝ってしまうなんてね~。うんうん、やっぱりメイさんの目は確かだね。ユウキくんをギルドに誘い入れてよかったよ♪」


 誇らしそうに胸を張るメイさん。

 しかしそこで、ナナミがとにかく機嫌悪そうな仏頂面を近づけながら言った。


「勝ったのはいいけどさ、いきなり倒れたんだぞ。慌てて先生たち呼んでさ、控え室に運んで医者に診てもらって。ちょっと脳を使いすぎただけだって言ってたけど、お前、三時間くらい寝てたんだからな! あたしらがどれだけ心配したかわかってんのっ?」

「ご、ごめんナナミ! 心配かけて……え? し、心配してくれてたの……?」

「はぁっ!?」

「ふふふっ。ナナミ、気づいていないのかい?」

「何がだよっ!」

「今君は、どれだけ心配したか、と言ったんだよ」

「…………あっ!」


 見る見る間に紅潮していくナナミ。


「うんうん。ナナミにこんな心配をかけてしまったユウキくんは反省が必要だね。彼女はこう見えてとても心配性な優しい女の子なんだから。ユウキくんが寝ている間、ずっとここでそわそわしていたんだよ。自分に何か出来ることないかって」

「そうですよユウキくんっ。ナナミちゃん、早くユウキくんをリアルにログアウトさせて医者に診せるべきだーって、すごい剣幕で先生たちに怒鳴ってたんですよっ。わたしもそう思って一緒に説得しました!」

「うっ、あ」

「照れなくていいじゃないか。可愛いなぁナナミは♪」

「ナナミちゃんは優しくて可愛くて、自慢のお友達です♪」


 メイさんに頭を撫でられたナナミは耳まで全部真っ赤になり、僕と目が合うと、ついには赤ポーションみたいになってしまった。揺れる耳飾りさえなんだか嬉しい。


「うう……わ、悪いかよ……。そりゃ、あたしだって心配くらいするよ……」

「あらら大人しくなっちゃって可愛い♪ でも、そうだよね。メイさんたちもすっごく驚いちゃったよ」

「ふふ、そうですね。ユウキくん、もう大丈夫そうですか?」


 そうして僕を見つめるひかり、メイさん、ナナミの三人。

 僕はすぐにお礼を言った。


「うん。みんな、ごめん。でも、ありがとう」


 するとみんな少しは安心してくれたみたいで、一様に柔らかい表情を浮かべてくれた。


 と、そこで僕は気づく。

 さっきナナミは、僕が三時間眠っていたと言った。


「――あれ? ちょ、ちょっと待って? それじゃあGVGイベントはどうなったの!?」


 今回のGVGイベントはトーナメントの勝ち抜き制だ。生徒会ギルドに勝った僕たちは、けど、僕が眠っていたから三人しかいなかった。

 なら、GVGには――


「うん、残念ながら棄権だよ。だから、メイさんたちの代わりに生徒会ギルドがトーナメントを勝ち進んでね。つい先ほど、みんなの予想通りに優勝したところさ」


 そう言って控え室のスクリーンに手を向けるメイさん。

 するとそこには、優勝ギルドとしてコロセウムに立つ生徒会の四人の姿があった。

 観客の声に応えて手を振るレイジさんは、トロフィーを手に語る。


『みんな、ありがとう! そして長い時間お疲れ様でした!

 今日の優勝は僕たち生徒会ギルドという形になったけど……みんなもわかっているとおり、このトロフィーがふさわしいギルドは他にいる! 今はまだ眠っているだろう僕のライバルにこそ、これはふさわしいと思うんだ! どうだろうか!?』


 そんな声に、割れんばかりの歓声が飛ぶ。

 レイジさんは嬉しそうに笑って言った。


『ありがとう! それでは彼が目覚めるまで、このトロフィーは僕が預かっておく!

 では、本日のGVGイベントはこれにて終了! 今回GVGに参加してくれたみんなも、そうではないみんなも、本当にありがとう! 今後も、生徒会はLROの全生徒が楽しめるイベントをたくさん考えて実施するつもりだ! また、みんなで大いに騒ごう!』


 そんなレイジさんの言葉で、イベントの簡単な閉会式が終了。

 スクリーン映像が消えて、僕たちの意識は控え室に戻る。


「ライバル……すごいですねユウキくんっ! 生徒会長さん公認のライバルですよ!」

「やぁやぁ。これは厄介な男に目をつけられてしまったね~ユウキくん。しかしこれで、メイさんたちも学園一有名なギルドになったといっても過言じゃないね!」

「なんかあいつ暑苦しいんだよな……まぁ……がんばれば?」


 目を輝かせるひかりと、ニヤニヤ楽しそうに笑うメイさん、疲れた顔をして励ましてくれるナナミ。


「あ、あはは……」


 僕はどうしたものかと頬をかきながら……みんなに向けて言った。


「……ごめん、みんな」

「え?」「うん?」「ん?」


 突然謝ったからか、みんなキョトンと不思議そうに僕を見つめている。


「せっかくレイジさんたちに勝てたのに……僕が倒れたせいで、みんなと一緒にGVGを続けられなかった。この日のために、みんなでいろんなことを頑張ってきたのに……だから、ごめん」


 ひかりも、メイさんも、ナナミも。

 みんな、ステやスキルを見直したり、装備を準備したり、作戦を立てたり、プレイヤースキルを磨いたり、チームワークを深めようとしたり、いろいろなことをしてきた。それを、僕が無駄にしてしまったように感じた。

 だから謝ったんだけど――


「ユウキくん、違いますよ」

「え……」


 ひかりが僕と目線を合わせて、そしてニッコリと優しく微笑む。


「わたしたちがみんなで頑張ってきたのは、みんなでGVGをいっぱいいっぱい楽しむためですっ。そして、それはちゃんと叶いました。わたしは、すっごく楽しかったです!」

「ひかり……」

「うんうん。ひかりの言う通りだよ、ユウキくん。メイさんたちは、この結果にとっても満足しているよ。君がいてくれたおかげで、忘れられないイベントになったと思う。だからそんな事は言わないでほしいな? ね?」

「メイさん……」

「あのさ、あたしたちは別に優勝なんて目指してなかったろ? そもそもメイの思いつきで参加しただけだし、そこそこやれればそれでいいんだって。つーか……そんなになるまで頑張るんじゃねーよバカっ!」

「あいたっ。ご、ごめんナナミ」


 三人の気持ちが伝わってくる。

 それは、冷たくなりかけていた僕の心を温かくほどいていってくれた。

 思った。

 僕は、いつも一人で考えすぎるところがあるかもしれない。

 だから、これからはもうちょっとみんなに甘えてもいいのかもしれないって。


「ひかり。メイさん。ナナミ。……ありがとう!」


 いろんな思いを込めてお礼を言った。

 するとひかりは嬉しそうにニコニコ笑って、メイさんが笑顔でナナミの頭を撫でて、ナナミは「やめろよ!」とまだ赤い顔でそっぽを向く。

 せっかくのGVGは、結局一回戦で終わってしまったけど……でも、僕は今、とても満ち足りた気持ちでいた。

 それはきっと、このギルドメンバーたちと、そして戦ってくれた生徒会のみんなのおかげだ。

 こんなにも胸が躍るイベントは初めてだった。

 こんなにも本気で何かに取り組んだことは久しぶりだった。

 全力を出し尽くすことがこんなに気持ち良いことだなんて知らなかった。

 みんなとこのGVGに参加できて、そしてレイジさんたちと戦えてよかった。


 だから、このLROに来られた幸運に、僕は改めて感謝していた――。

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