第58話 決着

 そんな仲間たちの奮戦ぶりを見て、僕は熱く、嬉しくなった。

 レイジさんが言う。


「僕たちは、お互いに心強い仲間を持ったね」

「はい」


 あのビードルさんに怯まず向かっていくひかりも。

 ちょっと……いや実はかなり怖そうな楓さんに物怖じしないメイさんも。

 大切なラピスを使ってまで頑張ってくれているナナミも。

 みんな、僕にとっては何より大切なギルドの仲間だ。

 そんな仲間が頑張ってくれている。

 だから僕も、この人に勝ちたい。

 そう思った時、レイジさんがランスを地面に思いきり突き刺した。

 僕と、そして隣で戦っていた六人の視線までレイジさんへ引き寄せられる。

みんなからの注目を受ける中でレイジさんは言った。

 

「――さぁユウキくん。そろそろ僕たちも決着をつけよう。お互いのMPも残り少ないし、残念ながら一回戦の制限時間が迫っているからね。そんな決着は避けたい」


「……はい。僕も同じ気持ちです」


 お互いに笑いあって武器を構える。

 そして、みんなが見守ってくれている中で再び戦いを始めた。



「はあああああああっ!」


「とぅああああああっ!」



 手数勝負に双刀を振るい続けても、その多くが《ブレイドマスター》の《パリィ》スキルによって受け流され、なんと一部のクリティカル攻撃さえも無効化された。

 攻防一体の槍はすぐにその切っ先で僕を捉え、正確無比な突きをかがみ込んでかわす。

 瞬間、笑顔のレイジさんは溜めていた力を解放し――


「《ランス・ポイント》!!」

「――っ!!」


 そのスキルによって隙となる硬直をキャンセルし、攻撃を継続。

 しかし、そのパターンは何度も想定していた僕は横っ飛びでかわす。

 レイジさんは僕を――いや、僕の双刀を狙っていた。

 僕が攻撃をかわすことに特化していることを、この人はとっくに見抜いている。だから、あえて僕の攻撃手段を奪いにきたのだ。

 あれに当たりさえすれば、僕の《幸運の双刀》の耐久値は一気に崩壊してしまうだろう。先ほどるぅ子さんの矢の直撃を受けて耐久値が大きく下がったことをわかっているんだ。《幸運の双刀》が持つ一番の弱点に気付かれている!


「はぁ、はぁ、はぁ…………!」


 息が荒くなる。

 身体中が熱くなり、しかし――不思議と頭は冷静に動いている。

 徐々に視界が狭まる。

 全ての音が静止していき、二人、静寂の空間で向き合う。

双刀を握る手に力を入れ直す。


 ――まだ、まだ戦える……!!


 レイジさんは本当に楽しそうに、僕をその瞳に捉え続けてくれていた。

 けど、それは僕も同じだ。

 まるで、世界に二人だけが残されたような濃密な空間。

 動き出す。

 お互いが攻撃を繰り出すたび、相手がそれに応える。

 レイジさんのランスの、一度でも直撃すれば致死ダメージを免れないであろうその威力を僕は肌で感じている。

 けれど、だからこそ楽しい。

 絶対回避のことは忘れていた。

「当たってはいけない」という声が僕を突き動かす。

 それこそが、真剣な勝負をしているという実感でもあった。

 そしてそれが、僕には楽しい!

 LROというゲームの一つの本質を、僕は今ここで感じていると強く確信していた。


「はは……はははっ!」


 楽しい、楽しい、楽しい!

 視界にはレイジさんしか映っていない。

 他には何も見えない。聞こえない。

 全身に力がみなぎる。双刀を振るう手が勇み、喜んでいた。

 戦う前に感じた怖さはもうない。

 頭は不思議とものすごくクリアで、目の前の戦いにのみ集中出来ている。

 凝縮された時間。

 思考は極限まで加速し、仮想世界の肉体を自在に動かす。

 この人と、いつまでも戦っていたい。

 そんな風にさえ思える至福の時間も、しかし、もう終わってしまう。

 僕はレイジさんの動きを――攻撃の流れを、完璧に把握してしまったから。


「《ランス・ポイント》ッ!」


 バックステップで一撃をかわした僕に、レイジさんがその足を力強く踏み込み、ため込んでいた力のすべてを使い切るというほどのプレッシャーで技を放つ。

 おそらく、この一撃にレイジさんはすべてを懸けていた。MPも空に近いはずだ。それがよくわかるほどの鮮烈な一撃。

 けれどそれは、僕には当たらない。


「――くっ!」


 赤字での『MISS!!』表示にレイジさんの顔が苦難に変わる。

 決死の一撃は、僕の腹部のわずか手前で停止。この間合いも完璧に読んでいた。わかっていてそうしたわけじゃない。身体が勝手に理解していた。

 ここから先は、もう《パリィ》は出来ない。そんなMPの余裕は既になく、そして勝負を決めるつもりでいたはずだからだ。


 ここで、終わらせる――!



「――《フォーチュン・ブレッシング》!!」


 今まで隠してきたとっておきで、僕の全身が淡い光に輝く。レイジさんは大きく目を見開いていた。


 両手の双刀に、力の全てを込めて最後の一撃を決める。

 そのとき――



「――ユウキくんっ!!」



 誰かの声が聞こえた。

 静寂の世界に飛び込んできたその声に、僕の意識が引っ張られる。

 それが勝負を決する瞬間だった。

 世界がモノクロのスローモーションへ変わり――先ほどまで驚愕していたはずのレイジさんが、笑う。

 僕は視線を落とした。

すぐ目の前にある、巨大なランス。

 ガチャ、とどこかで聞いた音がした。



「――《ランス・ポイント・エンド》!!」



 刹那。

 巨大なランスの切っ先が外れ、まるで弾丸のようなスピードで僕に迫る。



「――っ!!」



 それは真っ直ぐに僕の胸元をえぐりとろうとした。

 けど――!



「――う、ぁぁぁああああああああああああっ!!」



 身体を右にそらし、ランスの弾丸は僕の胸当てをかすめながら通り抜けた。しかし攻撃に耐えきれず、耐久力のなくなった胸当てはバラバラと崩壊。

 レイジさんが、今度こそ本当に仰天した表情で僕を見ていた。


 世界の色が戻る。

 大丈夫。

 ちゃんと、聞こえた。


「ユウキくん! がんばれ~~~~~~っ!」

「ユウキくんっ、遠慮なく決めちゃいなさい!」

「おいユウキ! さっさと終わらせてくれよ!」


 ひかりの声。

 メイさんの声。

 ナナミの声。


 いけない。あんまり楽しくて忘れかけてしまっていた。

 そうだ、僕は自分のために戦っているんじゃない。

 ギルドのみんなのために戦っている。

 ひかりたちのために戦うと決めた。

 だから、ここまで来られた。

 それを思い出せた。

 さっき、ひかりの声で冷静になることが出来たから、この勝負に勝てた。

 ランスを突きだしたままのレイジさんの懐に飛び込み、



『――《ソード・ダンス》ッ!!』



 すべての力を込め、《ブレイドマスター》の新たな双刀スキルを発動させる。この日のために、ただ唯一このスキルの熟練度だけは上げていた。

 二本の短刀は光跡を描いて舞う。

レイジさんはふっと小さく笑って目を閉じ、

 そして、僕たちの死闘は――。



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