第52話 たった一言の本音
僕は言葉を用意せず、ただ思いついたままに答えた。
「えっと、あんまり金額は気にしないでください。確かに大金ですけど、装備はとりあえず十分揃ってますし、消耗品も狩りの稼ぎだけでまかなえますし……それに、さっきも言いましたけど、ナナミさんは他人とかじゃないじゃないですか」
「……え?」
「ギルドメンバーって毎日一緒にいる仲間で、LROに限ってはリアルに近い関係でもありますし、なんていうか、友達……以上? みたいな感じもありますし、その、ひかりもメイさんも、それにナナミさんも、僕にとってはちょっと特別な人っていうか……あ、へ、変な意味じゃないですよ! だからその、別にいいんですっ。もし、万が一お金を渡した後に持ち逃げされても構わないって思える人たちですから」
スラスラと口を出た言葉は、けれど思い返すと少し気恥ずかしい言葉でもあった。ひかりとメイさんは「「ユウキくん……!」」となんだか嬉しそうにしている。
それが、僕の素直な気持ちだ。
今までにやってきた多くのMMORPGでも、僕はいくつかのギルド・チーム・クランと呼ばれるグループに入って、そこのみんなと楽しい時間を過ごしてきた。毎日一緒にいるうちにリアルの話なんかもするようになり、ボイスチャットやメールもするようになって、リアルの友達となんら変わりないものになった。お互いに本名も知らないけど、大切な友達になれた。
ゲームを引退してしまえばそんな関係も消えてなくなるものだと言う人もいるけど……僕はそうは思わない。過去のゲームで一緒に遊んできた人たちは、疎遠になった今でも、みんな友達だって思ってる。
それは、このLROだって同じだ。
いや、きっとそれ以上だ。
このバーチャルリアリティな世界の、今、目の前にいる人たちはみんなリアルと同じ顔をしていて、同じ学校に通っている学友で、いつも一緒にいられる人たちで。
何より、他の人にはない秘密を抱えていた僕を受け入れてくれたひかりと、メイさんと、ナナミさんは、本当に、この世界で僕にとっては特別な三人だ。
だから僕はそう言ったんだけど……
「…………」
「あ、あれ? えーっと……ナナミ、さん?」
まただ。
ナナミさんはぼーっと呆けたように僕を見つめていて、その目は静かにしっとりと潤み出す。そしてその頬がほんのりと紅潮してきたように見えた。
ひかりが言った。
「ユウキくん……えへへ。わたし、ユウキくんの相方で本当に嬉しいです」
「ひかり? な、なんだよ突然」
「うんうん……そっか、相手がお金を返すか返さないかはどうでもいいんだね。自分が相手を信じる気持ちさえあれば、それでいいんだ。ある意味自己中心的ではあるけど、でも、相手をちゃんと信頼しているからこそ出来ることだよ。ユウキくん、男らしくて素敵だね♪」
「メイさんまで、きゅ、急にどうしたの」
二人に褒められて戸惑う僕。店主の女の子まで笑顔で拍手をしてくれて、僕はどうしたものかと慌ててしまった。
「…………なぁ」
「え、あ、はい?」
ナナミさんが僕を呼んだ。
するとナナミさんは言う。
「お、お前さ、いつまであたしに敬語使うつもりだよ」
「え?」
予想しない言葉だった。
「いつの間にかメイにだってタメ語になってるだろ。なのに、なんであたしにだけ敬語なんだよ。それ、あたしがやらせてるみたいになるからやめてよ。同級生なんだし、さん付けも要らないから。あたしはメイみたいにさん付けしてほしいとかわけわかんないポリシーとかないし」
「あ、は、はい。じゃなかった! うん、わかったよ。えっと、ナナミ」
「それでいいよ」
「う、うん……」
妙な温かさの間がおとずれる。
その静けさの中、ひかりとメイさん、そして店主の女の子がくすくすと笑っていた。ナナミさんはそんな彼女たちをキッと睨みつけ、それからまた話す。
「……これっ! と、とりあえず借りとくから。そういうことにしとくから!」
「え?」
「貰ったわけじゃないからな。あたし貢がれるとかそういうの好きじゃねーから! これはあくまでも12M借りてあたしが買ったんだからな! いつか返す金だからな! そ、そういうことだから! それでいいよなっ!?」
「う、うんっ、わかった!」
「あっそっ。じゃあそういうことだから、そ、そろそろ帰ろうぜ」
そのままスタスタと早歩きで進んでいってしまうナナミ。
僕たちは顔を見合わせて、それから慌ててナナミを追った。店主の女の子は元気よく手を振ってくれて、僕たちはそれに応える。
なんだかいろいろあったけど、結果としては良い買い物になったんじゃないかと、笑うひかりとメイさんと、そして足早なナナミの背中を見て思った――。
それからは女子寮に帰るみんなと別れ、一人で男子寮の前に戻ってきた僕。
今日も変わらないニコニコ妖精の《リンク・フェアリー アリア》に倉庫を開けてもらって、古い装備や消耗品の予備などを詰め込む。それからちょっとした世間話をして、寮の中へ入ろうとしたそのとき、
「――お、おいユウキ!」
「え? あ、ナナミさ――ナナミ?」
まだ慣れずにさん付けしそうになって慌てて訂正。
それから近くの道に立っていたナナミの元へ駆け寄る。
「どうしたの? ひかりとメイさんと一緒に女子寮に戻ったんじゃ?」
「う、うん。まぁ、ちょっと、用事があって……」
「用事? 僕に?」
「そ、それ以外ないだろ」
「えーっと……そ、それで、用事って?」
尋ねても、ナナミはなんだか視線をそらしてもじもじとしてしまう。
そこで気づいた。
ナナミの耳で、あの《ヘルメスの耳飾り》が夕焼けの赤い光をキラキラと反射しながら揺れている。
「あ。ナナミ、それ早速つけてるんだね」
「え? あ、あぁ。まぁな」
「なんだかいつもより大人っぽい感じになるね。えと、き、綺麗で似合ってるよ」
「うっ……べ、別にあたしそういうの期待して着けてるわけじゃねーからなっ! 見せようと思って来たとか、そ、そんなんじゃないから感想なんていらないんだよっ! いろいろ検証もしたいし、ただそれだけ!」
「う、うん、わかってるよ」
「うう……」
そしてまたしばらくの沈黙。
けど、ナナミは何か他に言いたいことがありそうだったので、僕はあえて何も言わずにしばらく待っていた。なんとなく、ナナミはこういうときに急かすのは嫌がるような気がしたからだ。
すると――
「…………あのさ」
「うん」
「……あ、あり……」
「あ?」
「あ…………あ、あ……っ」
「……ナ、ナナミ?」
「あ、あっ、あ…………ああいうことは今度からひかりにしてやれよなっ! 相方の前で別の女にかっこつけて奢ったりしてどうすんだよ! そ、それにさっきの似合うとかいう恥ずかしい台詞もひかりに言ってやれよ! 次からは気をつけろ!」
「え!? は、はいっ!!」
いきなり指さしのお叱りを受けて、思わず背筋を伸ばしてしまう僕。
ナナミはすぐにくるっと後ろを向き、
「ま、まぁ言いたいことはそんだけだから! じゃあな!」
「そ、そうなの? あ、帰り道気をつけて! というか寮まで送ろうか? 今日みたいなことがまた起きたら大変だしさ」
「いらないいらない! だからそういうことあたしにしなくていいんだって! つーかお前、あたし以外の女にもそういう態度取りそうだよな……ったく、これだから男ってのは……」
後ろを向いたままのナナミはぶつぶつと何か文句らしきものをこぼし、大きくため息をついたことがわかる。え? ぼ、僕何かしてしまったのだろうか。
するとナナミは――
「…………でも、あ、ありがと」
と、本当に小さい声でそう言って。
後ろからでも、そのイヤリングを着けた耳が赤くなっていってるのがよくわかった。
「……ナナミ。もしかして、わざわざそれを言いに来てくれたの……?」
「あ、あーあーしらねーっ!! じゃ、じゃあまた明日な!」
耳を塞いだナナミは、そのまま全速力で走っていってしまった! カートを引いてるのにものすごいスピードで、AGI上げなくてもあそこまで速く走れるんだなと驚く。
そして……
「……なんか、めちゃくちゃ嬉しかったかも」
思わずにやける。
ナナミを見送る僕はなんだかすっごく晴れやかな気持ちで、いつの間にか自分が笑っていたことに気づく。詐欺事件のことや召喚テロのことなんてすっかりどうでもよくなっていた。ナナミがたった一言だけくれたあの素直なお礼が、今日のことを全部上塗りしてしまったんだ。
以前のメイさんとの勉強会もそうだけど、GVGが始まる前に、こうしてメイさんやナナミとより仲良くなれたように思えて、絆を深められたような気がして……僕は、それが本当に嬉しかった。
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