第51話 苦あれば楽あり

 幸いにも強力なモンスターは《アビス・ナイト》のみだったので、周囲のプレイヤーの協力もあり、モンスター召還テロはあっさりと片付けることが出来た。

 そしてナナミさんのマーチャントネットワークにより、他の《マーチャント》たちが逃げた犯人の《ユージ=K》を見事に確保。さすがに今度は許すことは出来ないと、ナナミさんは即先生たちを呼んで、先生たちが事情を聞いてGMコールし、現れたGMによって彼は迷惑違反行為で拘束されていった。リアルの家族に連絡が行き、先生たちからはこっぴどく叱られ、挙げ句の果てには停学中にかなりの量の課題を出されるはずだろうとかなんとか。


 そんなこんなでようやく騒ぎが収まり、みんなは日常生活に戻っていった。僕たちもあの露店の前で落ち着きを取り戻している。


「ナナミ~、とりあえず倉庫から持ってきたからこれ着ておいてっ」

「ああ、ありがと……」


 ごたごたが片付いて、メイさんが最寄りの《リンク・フェアリー》の倉庫から持ってきた服に着替える半裸状態のナナミさん。

 タップにより一瞬で装備が終わり、ようやく僕はちゃんとナナミさんの方に視線を向けることが可能となった。

 装備破壊……ほんと、いろんな意味でおそろしいスキルだよ…………とか思っていたら!


「……おい」

「ん? なんだいナナミ?」

「なんだじゃねーだろ……なんだよこの服ッ!」


 僕は仰天してまばたきもすることが出来なかった。

 目の前で着替えたはずのナナミさんは――なぜか肌色面積の多いセクシーなバニースーツを身に纏っていた!

 ぴっちりとしたレオタードと蝶ネクタイの付け襟、足には網タイツが穿かれ、靴もしっかりハイヒールにチェンジされている。たぶん頭以外の全身を統一する装備なんだろう。当然そんな姿は目立ち、周囲の生徒たちも多くがざわついてしまっていた。


「うんうんナナミにも似合うね~可愛いよぉ~♥ バニーガールナナミちゃんだね~♥」

「油断してて装備の確認もしなかったわッ! 誰がこんなエロい服持ってこいっつったんだよ!」

「だって何でも良いっていったじゃ~ん。それにすっごく似合っててエロ可愛いから平気だよぉ~♥ さぁさぁ、後はメイさんと同じウサ耳を着けたら完璧だよ! 着けてみる? ね? 着けてみようよきっと最高に似合うよハァハァハァ! スクショ連打が止まらないよ~~~!」

「息を荒げながら近づいてくんなっ! 連打すんなっ!! だーもうお前に持ってこいなんて頼んでねーだろセクハラマスター! おいこらカレシ!」

「…………はっ! え? よ、呼びましたかっ!?」

「お、お前……今ガン見してたろ!? してたよな!? スクショ撮っただろ!?」

「し、してないです撮ってないです!!」

「ウソつけ! 叩く! ぶっ叩く! 叩きまくってその脳に刻まれた映像記憶消す! スクショも削除しろおおおお!」

「えええええ!」


 混乱したバニーガールナナミさんがインベントリから例の《ピコピコハンマー》を取り出して僕に襲いかかる。その目はうるうると潤んでおり、顔もじわぁと赤くなっていた。


「わぁ~♥ こんなナナミは初めて見るよ~! ユウキくんさすがだね! GJ☆」

「グッジョブじゃないよ! 親指立ててないで助けてよぉぉぉぉ! う、うわぁ~~~~!」

「待てコラーーー! その記憶消していけぇぇぇぇぇ!」

「ユ、ユウキくん! ナナミちゃ~ん!」


 僕を心配してくれるひかりと、興奮したニヤニヤ声のメイさんを尻目に、僕はしばらくの間バニーガールのナナミさんと記憶をかけた鬼ごっこをするハメになってしまった……。



 ――そして。

 

「ああもう……まじで最悪だ……なんて日だよ……どんだけ恥かいたと思ってんだ……」

 

 頭にたんこぶの出来た僕とメイさんが正座させられている横で、メイさんが渡した普通の《女性用ワンピース》にようやく着替えたナナミさんがため息ながらにそんなことをつぶやいた。ひかりはそんなナナミさんを励まそうと頑張ってはいるが、効果はない。

 でも当然かもしれない。さすがにこんな街中で下着姿になってしまったことは相当なショックだったのだろうし、メイさんの策略によってあられもないバニースーツ姿まで披露してしまったのだ。ナナミさんの顔はしかしずっと真っ赤で、ひかりの影に隠れるように身体を縮こまらせていた。無理もないと思う。


「くそ、あいつ絶対ゆるさねーからな……あたしはまだまだ成長期なんだよ……貧乳じゃねーんだよ……」

「怒るのそこだったっ!?」

「は? なんだよヘンタイカレシ」

「あ、い、いえなんでも……ていうかヘンタイがプラスされた!」


 詐欺のこととかモンスター召還テロで怒ってるのかと思ったら、まさかの貧乳罵倒に怒っていたとは……。ナ、ナナミさんそういうの気にするタイプなのか……。でもさっきのバニースーツ姿のときはそんな貧乳じゃなかったような……って思い出すなまた記憶を消されるぞ僕ッ!!


「ナナミちゃん、もう今日は休んだ方がいいですよ。帰りましょう? ね、メイちゃんいいですよね?」

「ん、そうだね。ナナミ、あの子のことはそんなに気にしないでおこうよ。ほら、それに普段は強気なナナミが見せたギャップと、あの魅力的な可愛い下着姿とバニー姿でみんなメロメロになっちゃったしさ。これでクラスでも一躍人気者だね! 結果オーライみたいな? ねっ!」

「ねっじゃねーよ!! 結果オーライなわけねーだろバカ! 大体……あ、あたしのあんな格好でメロメロになるやつなんて、いるわけないし……」


 どんどん小さくなっていくナナミさんの声。

「そんなことはない!」って思ったし声を大にして言いたかったけど、さすがにそれを僕が言うのははばかれた。ていうか、ナナミさんの「お前も見たんだよねヘンタイカレシ」みたいな視線が痛いッ!

 

 と、そんな騒動の一部始終を見ていたすぐそばのあの露店の店員さんがつぶやく。


「あははー、ナナミさん災難だったねー。仕方ないなぁ。そんなかわいそうなナナミさんのために、今日だけ特別に《ヘルメスの耳飾り》をさらに24Mまでまけてあげよう!」

「ほんとか!? ってそんな金ねーよ……もういいよ……」

「ありゃりゃ、本格的に落ち込んじゃったー」


 例の露店の女の子も困り顔で苦笑いしてしまう。

 と、そこで僕は良いことを思いついた。


「あの、ナナミさん。良かったら僕がラピス貸しますよ」

「……え?」

「今ってどれくらい持ってます?」

「え、えっと、12Mちょっとか」

「じゃあちょうど半分ですね。僕が12M貸しますから、それで24Mってことで。あの、本当に24Mで売ってもらってもいいんですか?」


 尋ねると、店主の女の子は「はいー」と笑顔で応えてくれた。

 今日の買い物のために預金のラピスは全部下ろしてきてたし、問題ない。


「じゃあ取引出しますね。ナナミさん、了承お願いします」

「いや……ちょ、待ってよ。12Mなんて大金、あたしみたいな他人にそんな簡単に貸していいのか? そもそも返せる保証なんてないんだぞ?」

「大丈夫です。ナナミさんならすぐに稼げるでしょうし。それに、ナナミさんは僕にとっては他人じゃないですよ。借り逃げするような人でもないと思いますし」

「え……」

「ええと、それにさっきのお詫びもあるというか……そ、そういうわけなので、了承お願いします」

「…………」


 ナナミさんはしばらく無言で僕を見つめていた。

 断られるかな、とも思ったけど、ナナミさんはやがて小さく息を吐き、


「――わかったよ。んじゃあ、ありがたく借りとく」

「ナナミさん……はい!」


 そしてナナミさんはようやく僕からの取引を受け入れ、僕の12Mを足してその場で《ヘルメスの耳飾り》を購入。途端にナナミさんの表情はパァッと明るくなった。そんなナナミさんの姿に、ひかりやメイさん、店主の女の子もみんな笑顔になる。


「うおおおお……やっと手に入ったあああ……! ありがとなユウキ! この12Mは絶対すぐに稼いで返すから待ってて!」

「あ、いえ。ラピスは返してもらわなくていいですよ」

「え?」


 困惑するナナミさん。ひかりたちも同じような反応を見せた。

 まぁ当たり前だけど、それよりも……今自然にユウキと呼んでくれたのが僕は嬉しかった。ナナミさんは気付いてないみたいだけど、たまに名前で呼んでくれることがある。


「いや、か、返さなくていいってなんだよ?」

「えーとですね、ほら、今日はひかりのお金を取り戻してもらったり、装備を見繕ってもらったりとか、ナナミさんにいろいろとお世話になったじゃないですか。普段もすごく助けられてますし、だから、そのお礼に耳飾りをプレゼントしようと思ったんです。そうしたら、もしかしたら元気になってくれるかなって思って……」

「プ、プレゼント? あたしに?」

「はい。けど、ナナミさんはこんな高い物プレゼントされても受け取ってくれないだろうなって思って……。だから、あくまでもナナミさんが自分で買う形にして、その協力が出来たらなって思ったんです。すみません。なんか作戦立てちゃって」

「ユウキくん……それでナナミちゃんにラピスを貸すことにしたんですね!」

「なるほどね~。ふふ、ずいぶん強引なプレゼントだったけど、素直に受け取らないだろうナナミにはぴったりかもしれないね」

「というわけなんですけど……な、納得してもらえましたか? ナナミさん……」


 おそるおそる尋ねる僕。

 ナナミさんはしばらく無言で耳飾りを見つめていて……


「……お前さ」

「は、はい」

「お礼とか、あたしを元気づけるとかさ……たったそれだけのことのために、12Mなんて大金、他人のために使っていいのかよ……」


 ナナミさんはそっと上目遣いに僕を見つめる。

 その目はなんだか不安そうで、どこか戸惑っているような気がした。

 でもその気持ちは僕にもわかる。僕だって、いきなりナナミさんから「12Mやるよ」なんて言われたら当惑するし、きっと受け取れないだろう。

 なら、どう話せば納得してもらえるだろうか?

 ナナミさんはきっと、お世辞や建前を言っても納得はしてくれないと思う。

 だから僕は、今の素直な気持ちを話そうと思った。

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