第49話 商売人ナナミ

 ナナミさんの後を続いた僕たちがたどり着いたのは、王都の西門――その近くの路地裏で男子三人の《マーチャント》に取り押さえられている《黒いフード》のあの人だった。名前は《ユージ=K》となっている。まったく知らない人だけど、名前は合ってた。


「おいカレシ。こいつで間違いないか?」

「あ、は、はい。間違いないと思います。名前も合ってたので」


 ナナミさんの言葉にうなずく僕。ひかりも同じようにこくこく頭を傾けた。


「よし。おい詐欺野郎。さっさと自分が犯人だと認めて金返せ。そんで土下座しろ。そうしたら先生と運営には通報しないでおいてやってもいいぞ」


 近づき、侮蔑的な視線で見下ろすように威圧するナナミさん。その《マーチャント》は「ちっ……!」と悔しげに舌打ちした。

 あのフードはあくまで装備なので、あの人が自分から脱ぐか、もしくは装備破壊でも起きない限り外すことは出来ない。出来ないけど、名前はもうバレてるので顔を見る必要は特になかった。

 それがわかっているのだろう。犯人は自分から《黒いフード》を脱ぎ捨て、その茶髪の頭を露わにしてから不満げに「フンッ」とそっぽを向く。

 そんな犯人に、ナナミさんがもう一歩だけ近づいて言った。


「へぇ、さすが詐欺師は良い度胸してんな。じゃあ遠慮なくやらせてもらうわ」

『え?』


 その場の全員が何事かと見守る。

 するとナナミさんはカートから赤い小さなハンマーを取り出し、それを構えてニヤリと微笑む。すると犯人を始め、犯人を取り押さえている三人の《マーチャント》たちもみんな驚愕で口を開いていた。


「ちょうどいいや。こいつは最近手に入れたばっかの《ピコピコハンマー》っつってさ。知ってるだろ? リアルだと大昔に流行ったおもちゃなんだよ。で、LROだとある特定のスキルを大強化してくれるとんでもない高級品なんだよな。なにせ《デス・ナイト・パーク》のボスしか落とさねーレアもんだし。ま、普通に使ってもスタン連発でめちゃくちゃつえーけど」


 ――ピコピコ。

 ナナミさんが自分の手に押し当てると、そのハンマーはなんとも可愛らしい音を立て、ひかりが「あ、可愛いです」と和んでいた。


 けど、僕もそのときにはもう呆然としていた。

 聞いたことがある。

 最近見つかったばかりの《デス・ナイト・パーク》という闇の遊園地ダンジョンのボスは、はるか昔に遊園地を運営していたものの、経営不振でそこを潰してしまった《マーチャント》のなれの果て。そのボスが得意とするスキルは、ラピスを利用したある恐ろしいスキルだ。そしてそれは、僕たちプレイヤー側の《マーチャント》も使うことが出来る。


「んじゃあ試させてもらうぜ。さっさと金返して土下座すれば楽になるけど、同じ商売人としてお前の意地の見せ所に期待してるわ。他のプレイヤーやモンスターに密着されてる間はワープアイテムは使えないのはわかってるよな? そんじゃ行くわ」


 ナナミさんはおもちゃにしか見えないその《ピコピコハンマー》を握りしめ、取り押さえられている犯人の前にしゃがみ込み、笑顔でハンマーを振り上げた。


「よかったな。PVPフィールドじゃないからダメージはねぇよ。ま、衝撃はダイレクトに伝わるだろうけど。じゃあせいぜいがんばれよ――」


 振り下ろされるハンマーと、ついに発動されるナナミさんの新スキル。

 犯人の男子は、大声で悲鳴を上げたのだった――。



 一分後。


「ほらひかり。1Mで合ってるよな?」

「あ、は、はいっ!」


 僕たちの目の前で気絶しかけているボロボロの犯人から無事にお金を取り戻したナナミさんが、ひかりに1Mを返金してくれる。ひかりは、その代わりに持っていた《女性用ブーツ》をそっと犯人の目の前に置いた。


「あの、返金してくれてありがとうございました。これ、お返ししますね」

「…………」


 無言の犯人。そこでナナミさんが言った。


「よし。そんじゃこいつを先生たちに引き渡して終わりにするか」

「え? ナナミさん、さっき通報しないでやってもいいぞって……」

「ははっ、あんなのウソに決まってるだろ? ああでもしないと調子乗るからな。まぁ停学かなんかになるだろーけど自業自得だし、後はあっちにお任せだ。あたしも商売人の端くれだし、こういうバカには容赦しねーよ?」


 爽やかに笑いながら怖いことを言うナナミさん。

 外見だけならこの場で誰よりも小柄だし、可愛らしい人なのに、その笑顔は誰よりも怖くて僕たちは震えていた。いや、僕もちゃんと通報はした方が良いと思うけどね!

 すると、ひかりが一歩前に踏み出して言った。


「ナナミちゃん。えっと、こうして無事に返金もしてもらえましたし、先生たちに報告するのは……やめませんか?」


 その発言に僕たちは当然ながら驚愕し、ナナミさんがすぐに返した。


「おいひかり! いくらなんでもこんなバカの詐欺師にまで優しくしてやる必要ないって! 今言っただろ? 通報しないでやってもいいってのは言質取るためのウソだからな!?」

「だ、だけど、もしかしたら間違えて売っちゃっただけかもしれませんし……ちゃんと確認しなかったわたしも悪いんです。だから……お願いしますっ」


 ひかりは、なんとその犯人のためにナナミさんたちに頭を下げてしまった。

 それには僕もナナミさんも、取り押さえていた三人の《マーチャント》たちも、そして犯人ですら困惑。

 ナナミさんがだいっきらいな青汁でも飲んだかのように苦々しい顔で僕の方を見る。

 僕も苦笑いしてうなずいた。

 すると、ナナミさんは「はぁ~~~」と大きなため息をつき、


「あーあーわかったよ! 今回だけだからなっ! 三人とも、悪いけどそいつから退いてくれ」


 その言葉に、取り押さえていた三人の《マーチャント》たちが犯人の上から退く。

 すると犯人はナナミさんやひかりの顔を見つめ、そして再びワープアイテムを使って逃げた。


「あいつ、礼も言わずも逃げやがった。ったく、今回だけだぞマジで」

「ナナミちゃん、ありがとうっ!」

「はぁ……っとと! いきなり抱きついてくんなよっ! お前力強いんだからな!」

「あっ、ごめんなさい。でも、ありがとうございましたっ。ナナミちゃん、やっぱり優しいです。わたし、ナナミちゃんのこと大好きですっ!」

「ちょ、な、なに恥ずかしいこと言って……あ、あんま見んなよお前ら! おいひかり! こういうことはカレシにしろって! あたしの力じゃ何もできな……あーもー!」


 ひかりはナナミさんに頬ずりをして笑い、されるがままのナナミさんは観念してがっくりと肩の力を抜いていた。

 詐欺の犯人すら許してしまうひかりに呆然となった僕たちだけど、でも、そんなひかりの気持ちが僕は好きだし、結局は許してしまったナナミさんだってそれに負けないくらい優しい人だと思える。

 そうして僕と三人の《マーチャント》たちが見守る中で、ナナミさんはしばらくの間ひかりに抱きつかれて困り果てていたのだった。



「うわ~ん! みんながメイさんを置いて遊びに行っちゃったかと思ったよぉ~!」


 詐欺事件を解決した後、気づかないうちにメイさんから大量のwisが届いていたことを知った僕たちは、慌てて中央通りに戻ってメイさんと合流。そこでメイさんが迷子の少女のように人目もはばからず座り込んでそんなことを言ったため、僕たちはちょっと慌てた。


「ご、ごめんメイさん。いきなりだったから僕たちも混乱してて」

「ごめんなさいメイちゃん。でも、メイちゃんを置いて遊びになんていかないですよ。そんなことしないから安心してください」

「わ~んひかり~! 寂しかったから抱きつかせてすりすりさせて~!」

「は、はい。いいですよ」

「はふぅ……ひかりのおっぱいやわらかい……えへへ……いい匂いするぅ……♥ ねぇねぇひかり、ついでにさっき妖精さんから引き出したラピスで買ったこの《黒猫のしっぽ》も着けてほしいなぁ~なんて……」

「ひかりの天然さにつけ込んでんじゃねぇ! つーかお前何金引き出してまでまた新しい趣味装備買ってんだよ! ほんとは全然寂しくなかったろっ!」

「えーそんなことないもーん。メイさんほんとに寂しかったもーん。ね~ひかり~?」

「え、えっと、わたしに聞かれちゃうと困りますけど……」

「はは。メイさん、ずいぶん甘え上手になったね」

「えへ、そうかなぁ? だとしたら……きっとユウキくんのおかげだね♪ はぁ~ひかりの身体やわらかいよぉ~~~♥」


 ひかりに抱きつきながら僕にウィンクをするメイさん。いや、やっぱりこの人全然寂しがってないわ!


「ひゃっ。あ、あの、メイちゃん、おしりはちょっと……」

「セクハラはやめろバカ!」

「あいたっ! うう、メイさんを取られて寂しいからって、嫉妬のあまり叩かないでよナナミ~。も~そこまで寂しいならナナミのおしりもいっぱい――」

「妄想も大概にしろよ……お前……」

「あ、ごめんなさい冗談です」

 

 すごい威圧感でインベントリの鞄から巨大ハリセンを取り出したナナミさんに、メイさんがすぐ真顔で謝罪をした。その身体はぷるぷる震えており、ひかりが「だ、大丈夫ですか?」と心配するほどだった。

 ハリセンをしまったナナミさんが言う。


「はぁ。とにかくさっさと装備集めて帰ろうぜ。なんか今日は疲れたわ……」

「そ、そうですね。ひかり、また一緒に装備探そうか。今度はトラブルもないよう僕も気をつけるからさ」

「はいっ! メイちゃん、もう大丈夫ですか?」

「うん、ひかりのおかげで全快! よーし、それじゃあみんなで露店巡り再開だー!」

「金もないのに調子いいヤツだなおい……つーか待て、お前らだけじゃマジで不安だし、仕方ないからあたしが良いとこ紹介してやる。ほらついてこい」

「わ~! ナナミちゃんありがとうございます~!」

「うわっ! だ、だからいちいちくっついてくんなって言ってんだろひかり!」

「むふふ。ナナミもずいぶんうちの空気に馴染んできてくれたよねぇ。最初はもっとムスッとしてたものだよ~」

「あはは、でも、そうなるのもなんかわかります」


 ひかりに腕を掴まれたナナミさんが歩きづらそうにして、そんな光景を僕とメイさんがすぐ後ろから眺める。それはなんだか温かくて優しい雰囲気だった。


 そんなこんなで、僕たちは露店情報や相場に詳しいナナミさんにオススメの露店やアドバイスを貰ったり、さっき犯人を捕まえてくれた三人の《マーチャント》にも再会し、いろいろと融通してもらったりして、格安でGVG用の対人装備などを手に入れることが出来た。

 なんというか今日は、ナナミさんという人の凄さをいろんな意味で知ることが出来た日だったなぁって思う。

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