第48話 露店の品はしっかり確かめよう!

 早速手持ちのラピスを全て失ったメイさんがナナミさんに小言を言われまくるのを尻目に、僕とひかりは露店物色を再開。

 新たに《マーチャント》に転職した生徒や、レベルが上がって成長したプレイヤーも増えているため、新しい狩り場もどんどん発掘されていき、その結果、今やこの中央通りもリアルの商店街みたいに賑やかな感じになっていて、各地からのたくさんのレア装備や未知のアイテムが市場へ流れつつある。こういう、今まさに新しいMMOを開拓しているカオスな雰囲気が僕は好きだった。ただ、こういう黎明期は露店詐欺みたいなものも現れてくるから気をつけないといけない。


「いらっしゃいいらっしゃーい! 面白いアイテムあるよー! その名も『αチェンジポーション』! 中の液体をかけるだけで、アイテムの外見だけがランダムに入れ替わる面白いアイテムだよー! 変わるのは外見だけでも、使い方次第でその効果は無限大! 店売りアイテムが豪華レア装備に変わっちゃうかも! どうぞ見てって~!」


「へぇ~……そんなのがあるんだ。ほんと、最近知らないアイテムも増えてきたよな」


 そうして僕が人混みの喧騒に紛れながら露店を楽しんでいたとき、


「――あっ! ユウキくんユウキくんっ! あの装備! 見てくださいっ!」

「うん? わっ、え、どこ?」


 ひかりが足を止めて僕の腕を掴むと、中央通りから小さな脇道へと引っ張っていく。

 するとそこにはちんまりした露店が一つあり、頭にすっぽりと《黒いフード》という装備を被った《マーチャント》が静かに店番をしていた。


「これ、すごく綺麗です……! わぁ~…………」


 見惚れて手を組んでいるひかり。

 見れば、その露店にあった品物はたった一つのみ。

 それは、天使のような羽が生えた美しい意匠のブーツ。僕の指輪にも似たデザインをしている。本当に綺麗で、神々しささえ感じるほどのものだ。おお、今まで見たことないし相当なレアなんじゃないかな。


「よくこんなの見つけたね、ひかり」

「えへへ。たまたま見つけちゃいました」


 ブーツの前に置かれたPOPに目を向ける。

 LROの露店システムでは一つの商品に対して一つのPOPを作ることが出来て、それで商品をアピールしつつ、そこに値段も一緒に書いておけるので、たとえ販売者が寝落ちなどしていても、無人販売することが可能なシステムになっていた。それは従来のMMOでも当たり前だけどね。

 ともかく、そのPOPには、

『超レア靴入荷! AGIとINTが大増加! シフやクレにおすすめ!』

 なんてウリ文句が書かれている。


 そして商品名は……《女性用ブーツ》。


 ――え? 普通の《女性用ブーツ》か? あの初心者用装備の? そして値段は……え? 1M? 見た目の割に意外と安いな。AGIとINTも増加するならこれの10倍くらいしそうなものだけど……。


「あの、これ、かなり安くないですか? 値段間違ってないですよね?」


 一応店主のマーチャントに尋ねてみる。

 けど性別も不明なその人は何も答えず、ただじっと沈黙を保っていた。


 ――…………これは怪しいな。


 今までのネトゲで得た経験と直感が僕にそう告げた。

 あえて目立たない場所で露店をする人はよくいる。目玉商品のみを置いてアピールする人もよくいる。安さをウリにするのも常套手段だ。《黒いフード》も、別に顔を見られたくないシャイな人かもしれないし、日焼けを気にしているのかもしれない。実は寝ている可能性だってあるだろう。けど、ここは何か怪しい感じがした。


「――ひかり。ここはやめ」

「決めました! わたし、この靴を買います!」

「て戻ろ――って、え?」


 ひかりは靴を手に取り、眼前のウィンドウに手持ちのラピスを入力。あっという間に購入を終えてしまった。


「か、買っちゃいました……でも、これでみんなの役に立てるかもですっ!」


 靴を手にしたまま笑顔でそう話すひかり。

 すると商品がなくなり、露店が自動的に終了したその《マーチャント》は、いきなりワープアイテムの《ルーンの羽》を使ってその場から消えてしまう。

 僕はハッとしてひかりの持つ靴に触れた。


「ひかり! 少し見せて!」

「え? ユ、ユウキくんどうしたんですか?」


 ひかりの靴に触れると、すぐ視界にアイテム情報が表示される。



∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


《女性用ブーツ》

 種別:靴 重量:10 属性:無

 装備補正値:DEF+2 装備制限:女性

 備考:蒸れない素材を使っているごく普通の女性用ブーツ。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



「なんだこれ……やっぱりただの女性用ブーツじゃないか!」


 思わず大声を上げてしまう。

 ひかりはびっくりしたように目を大きく開き、何度もまばたきをして、それからようやくちゃんとブーツを確認したようだった。


「え? ……あ、あれ? ただのブーツになってます? どういうことですか? あっ、そ、装備してみます!」


 ひかりは慌ててその場でブーツを履き替える。

 するとその瞬間、ひかりの足元を彩っていた華やかなその天使の羽のブーツがしゅわあああああ……と溶けるような音を立てて煙に包まれ、やがて露わになったとき、それはLRO開始時に全女性プレイヤーが装備しているただの『女性用ブーツ』になっていた。


「!!」


 あまりの衝撃に僕は言葉を失う。

 そして脳裏によぎった声は、別の露店の人のもの。


『いらっしゃいいらっしゃーい! 面白いアイテムあるよー! その名も『αチェンジポーション』! 中の液体をかけるだけで、アイテムの外見だけがランダムに入れ替わる面白いアイテムだよー!』


そうだ。先ほどどこかの露店の人がこんなことを言っていた。

 そしてその人はこうも言った。


『変わるのは外見だけでも、使い方次第でその効果は無限大! 店売りアイテムが豪華レア装備に変わっちゃうかも! どうぞ見てって~!』


 変わるのは――外見だけ。


 そのときにはもうピンときていた。

 間違いない。先ほどの《黒いフード》の《マーチャント》は……あのポーションを使って外見のみを変化させていたんだ!

 一方、静かなひかりは呆然となったままで。


「あの……AGIもINTも、上がって、ないみたいです……。えっと……ど、どういうこと、なんでしょうか……?」

「くそっ、やられた! 詐欺露店だ!」

「えっ……?」

「ごめんひかり! 気づくのに遅れた僕のせいだ……ああもう何やってんだ僕はっ!」


頭を掻く。怪しいと思ったときすぐにひかりを連れて引き返せばよかったのに。もたもたしていたせいでひかりが頑張って溜めてきたラピスが全部だまし取られてしまった。


「――おいっ!」


 声がした背後へ振り返る。

 するとナナミさんが慌ててこちらへ走ってきていた。


「何やってんだよ? 急にいなくなるなってっ。つーか、あんまこういう雰囲気の路地裏には来んなよ。最近こういうとこで詐欺露店の被害が出てるからさ。お前ら、まさかもう引っかかったりしてないよな? ま、ネトゲ初心者のひかりはともかく、カレシがいりゃだいじょう……」


 ナナミさんの目がひかりの足元へ――脱いである靴と、今履いているブーツへ向く。

 それから僕とひかりと目を合わせて。

 僕たちの様子と、そして場の雰囲気。ひかりの足元から全てを察したのか、


「……おい。お前ら……詐欺られてねーよな? 合コンを抜け出したカップルみたいに路地裏でイチャついてただけだよな?」


 じっと僕たちを見つめてくるナナミさん。

 僕は背中に冷や汗を感じながら答えた。


「……すみません。詐欺られました……」

「だーーーっ! やっぱりかよこのバカッ! で! どこのどいつだ!」


 バン、と地面を踏んでから僕に詰め寄ってくるナナミさん。あまりの顔の近さにナナミさんのまつげが長いことや肌が綺麗できめ細かいことに気付いてドキッとしつつ身を引く。


「す、すみません! 名前はよく見てなかったので! た、確かユージ……みたいな名前だったかな? 背は低めで、あと《黒いフード》をかぶってました!」

「ご、ごめんなさいナナミちゃん! わたしがちゃんと確認もしないで買ってしまったのが悪いんです! ユウキくんも、その露店も人も悪くなくてっ」

「どこまでお人好しなんだよお前は! 露店のヤツは悪いに決まってんだろ! 詐欺だよ詐欺! どーせ今のレア市場ラッシュに紛れて、POPにテキトーなこと書いて煽ってたんだろ! そんでひかりみたいな抜けたやつが確認もせず買ってくのを待ってたんだよ! ちっ、ユージでチビ、《黒いフード》か……シーフギルドで買えるやつだな」


 ナナミさんはその場でたくさんのウィンドウを開いて、チャットやら何やらを操作し始め、あっちこっちにその目が忙しなく動く。どうやらいろんな人とwisで連絡を取っているようだった。


「――! よし、そいつだ頼む!」


 やがてナナミさんが勢いよくそんなことを言って走り出す。僕とひかりはどうしていいのかわからずに呆然と立っていたんだけど、


「おいカレシとひかり! さっさと来い! その犯人見つけたぞ!」

「「え?」」

「いいからついてこいって! そいつ、商売人として許せないからな。ぜってぇふん縛ってやる! おら行くぞッ!」

「「は、はいっ!」」


 僕とひかりは直立不動で声を揃えて返事をした後、駆けだしたナナミさんを追って走り出した!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る