第29話 はじめてのG狩り in 《フィリエ湖畔》

《湖フィールド フィリエ湖畔》


「よっと」


 レベル1の《ミャウ》を久しぶりに叩く。

 ポコッと軽い音がして崩れたスライム状の体からは、《ぽよぽよゼリー》が一つドロップした。


「なんかすごく前のことみたいに懐かしいな」


 始めたばかりの頃によく叩いていたスライムウサギの《ミャウ》だけど、レベルが上がった今となっては《ミャウ》を狩ることはほとんどなかった。レアも出ないしね。

 けど、このいくらだって手に入る《ぽよぽよゼリー》は、ひかりと出会ったときの思い出のアイテムだ。倉庫にいっぱい溜まってるけど、いつか役に立つ日が来るかもしれない。


「それにしてもここ……綺麗なところだなぁ……」


 改めてゆっくりと辺りを見回す僕。

 マップ上に表示されている名前は、《フィリエ湖畔》。

 ここは山岳地帯の中央に出来た天然の古代湖――という設定の場所で、王都からは徒歩で一時間くらいの場所にあった。透明度の高い湖がいっぱいに広がっていて、その周囲にたくさんの木々が生い茂り、木の実やキノコといったアイテムもたくさん入手出来る。もちろん湖に入って水遊びすることも可能だった。

 また、初期モンスターである《ミャウ》と、その亜種である《ミャウン》、《ミャウベル》、《ミャウリット》などが現れるが、どれも大したレベルではない低級mobたちだ。

 そんなノンアクティブモンスターしか存在しないため、始めたばかりでもなければやられる心配もなく、確かにのんびりと遠足気分で楽しめるマップらしい。


「ユウキく~ん! みてくださぁ~い!」


 そこでひかりの声が聞こえてきて、「ん?」とそっちに顔を向ける。


「うわっ!」

「えへへ、《ミャウ》ちゃんたちと友達になりましたっ」


 ひかりの後ろを大量の《ミャウ》、そしてその亜種たちがついてきており、その数は三十以上はいそうである。色とりどりでカラフルなゼリー状のウサギ生物がぶよぶよと集まる様子は少し異様で、でも可愛らしい光景だった。


「《サンダー・ボルト》!」


 そこで呪文を唱えたのはメイさん。

 すると小さな雷が光里の周囲にバリバリと音を立てて落ち、それに触れた《ミャウ》たちが範囲ダメージを受けて一匹残らずゼリー状に溶けて消えてしまった。

 ひかりはそれに気付いて「ああっ」と寂しそうな声を上げる。


「わぁ~! メ、メイちゃんひどいです~!」

「あはは、ごめんひかり。でもこうしないと目的のモンスターが現れないと聞くからね。というか、そのためにひかりに集めてもらったんだけど……ど、どうも愛着が湧いちゃったみたいだね」

「うう……せっかくたくさん集めたのに……」

「わ~、ご、ごめんよひかり! ほら、また集めよ? ねっ?」


 呪文を使ったメイさんが慌ててひかりを励ましに行き、その狐耳さえしなだれてしまったひかりの頭を優しく撫でる。しょんぼり顔のひかりに、ナナミさんがやれやれと呆れた様子で言った。


「ひかりは何にでも感情移入しすぎ。ていうかほら、もう新しいの湧いたから」

「ごめんねひかり? でもでも、もっと可愛い《ミャウ》に会うためだからさ! 噂だと、こーんなおっきなのが出てくるらしいよ! すっごいおっきなスライムウサギだよ! 可愛いよ~」

「そ、そうなんですか? おっきい《ミャウ》ちゃん……会ってみたいです! わかりました! それじゃあまた集めてきます~!」


途端に明るく笑って《ミャウ》たちの方へ走っていくひかり。

 あまりにも無邪気な姿に僕はほっこりと癒やされてしまう。メイさんとナナミさんは揃ってホッと息をはいていた。

 それからナナミさんが言う。


「さっきのメイの話なんだっけ? 《ミャウ》全種を百匹ずつ倒すとレアボスが出てくるんだっけか。あれってホントの話なのか? ホントなら頭装備のレア落とすらしいから気になるけど、まだ露店じゃ見たことないんだよな」

「ウサ耳好きのメイさんとしても気になってるんだよ~。可愛い装備ならいいんだけど、どうだろうねぇ~。まぁメイさんは何でもとりあえずやってみたいタイプだからね。もしそれで出てきたらラッキー。出てこなくてものんびり遊べていいじゃないか」

「まー好きにすればいいけどさ。じゃ、あたしは売り物になりそうなアイテムでも採取すっかな」


 そのまま森の入り口に向かっていくナナミさん。辺りには回復材にもなるキノコやらが生えていて、どうもそれを採りにいったようだ。

 確か、キノコとか木の実ってクエストアイテムで必要になることがあるんだよな。そういう意味で有用なアイテムだし、こんなときでも商売のことを忘れない。うーん、商売人の鑑だ。


「ユーウーキーくんっ」

「わっ、メイさん」


 そんなことを考えていた僕の背後から、メイさんが背中にもたれかかるようにして声を掛けてくるものだから驚く。


「ちょ、メ、メメメイさんっ!」


 な、なんか当たってる! 柔らかいものが当たってる!

 なんて困惑する僕に、メイさんは愉快そうに笑っていた。


「うふふっ。どうかな? ここ、なかなか良いところでしょ?」

「え? あ、は、はいっ!」

「気に入ってもらえたならよかったよ。ユウキくん、毎日放課後はすぐに教室を出て行って狩りに行っちゃうことが多いみたいだったからね。あんまり休めてないかなと思ったんだ」

「え?」


 と、そこでそっと背中から離れるメイさん。


「ふふ。メイさん何度か声を掛けようと思ったことあったんだよ。でも、ユウキくんは忙しそうだったからね。それに、あんまりクラスメイトに声を掛けられるが得意じゃないのかなって思ったんだ」

「そ、それは……」


 確かに得意ではないんだけど……もちろん嫌だったわけじゃない。

 みんなと仲良くなると、LUKのことがバレてしまうかもしれないし、いずれ話したくなってしまうかもしれない。

 だから、決して意図的ではなかったけど、でも、自分から遠ざけるように動いていたのかもって、そんな雰囲気を出してしまっていたのかって、今は思った。


「だからね、こうしてユウキくんがメイさんたちと一緒に遊びに来てくれて嬉しいよ。それに、ギルドに入ってくれたのもね♪」

「メイさん……僕なんかのこと、気にかけてくれてたんですね。ありがとうございます」

「あはは、そんなのお礼を言うことじゃないよ。ほら、ちょっと表情が硬いから笑って笑って! 今回のG狩りは、ユウキくんの歓迎会なんだからねっ!」

「は、はふぃ」


 ほっぺをびよーんと伸ばされる僕。メイさんは楽しそうに笑っていた。つられて僕も笑ってしまう。


「メイさんの言う通り、僕って普段は放課後にレベリングとかクエストをこなしてばっかりだったので、こういう落ち着いたフィールドってあまり来たことなかったんです。だからなんだか落ち着いて……小学生の頃の遠足を思い出す場所ですね」

「あはは、そうだねわかるよ~。難易度の低いフィールドはのんびり出来ていいよね。戦闘向きのキャラじゃない女子たちの間では、結構な人気があるフィールドなんだよ。アクティブがいないのが何より安全だからね~。でもそのせいで、知らないうちに現れたボスに不意打ちされる、なんてこともあるみたいだよ」

「へぇ~、そうだったんですね」

「ふふ。メイさんたちものんびりしようよ。こっちにおいで」

「あ、はい」


 メイさんは木陰の方へ向かい、そこの切り株に腰掛ける。僕も隣の切り株に座った。

 近くではナナミさんがせっせと木の実やキノコのアイテムを採取していて、少し離れたところでひかりが《ミャウ》たちとじゃれている。


「ここは風が優しくて気持ち良いよね~。リラックスするには絶好の場所だよ~」

「ですね……」


 深呼吸をすると、肺の中いっぱいにここの綺麗な空気が浸透していく。身体に当たるそよ風も心地良くて、ゲームの中であるということを忘れてしまうほどだった。


なんだか……すごく久しぶりにのんびりと身体を休めているような気がする。


 今まではLUKの検証をするためにあちこち回ったり、強い敵を求めて旅をしてたり、寮に帰れば勉強も待ってたし、クエストも山ほどやった。一日も休日というものを作った記憶がない。


「……すぅ…………はぁ…………」


 深く呼吸をすれば、ただの空気さえ美味しく感じる。


 クエストをこなすため。

 レベルをあげるため。

 新しいスキルをとるため。

 レアアイテムを入手するため。

 強くなるため。

 みんなにチヤホヤされるため。


 今まではそんなことにばっかり気を取られていたけど、こういう何の目的もないのんびりしたG狩りもいいな。

 昔やっていたMMOでも、たまにギルドの人たちとこういう場所へ行ったこともあったな……なんて記憶も不意に蘇った。それは僕にとって大切で思い出深いものだったけど、どうして今まで忘れてたんだろう。

 あの頃一緒に遊んでいたみんなとは、別れも言えないまま自然と離れてしまったけど……みんな元気かな。


「とっても冷たくて気持ち良いです~! ユウキくーん! メイちゃーん! ナナミちゃーん! みんなで泳いで遊びませんか~!」


 数匹の《ミャウ》たちを引き連れて湖に入ったひかりは実に愉しそうに泳いで、その光景に僕もメイさんも、ナナミさんだって笑っていた。


「あたしはパスで。濡れたくないし」

「ひかり~! メイさんたち、今日は水着なんて持ってきてないから気を付けなよ~! LROでは当然だけど、濡れた服は乾くまでそのままになっちゃうからね~!」

「え、ええ~そうなんですか~! も、もうだいぶびしょびしょです~!」

「替えの服はあるから大丈夫だよ~! 濡れちゃったならそのまま遊ぶといいよ~!」

「は~いわかりました~~~!」

「メイ、替えの装備なんて持ってきてたのか? 狩りでもないのに」

「もちろん! ひかりとナナミに似合う着せ替え用の衣装がいくつかあってね! こういう避暑地みたいな場所に似合うのを持ってきたんだよ! ほらナナミさっそく着替え――」

「あたし採取で忙しいんでパス」

「ぶーぶー! メイ寂しい! それじゃあユウキくん一緒に行こう!」

「えっ? あ、は、はいっ。それじゃあナナミさん、あの、いってきますね」

「んー。頑張れカレシー」

「彼氏じゃないですって!」

「ひかり~! 今メイさんも行くからね~!」


 多少照れながらも、僕はメイさんに手を引かれながらひかりの元へ走った。

 そしてひかりの服が本当に濡れて透けていることを目の当たりにしたんだけど、そんなの指摘する間もなく水掛け遊びが始まってしまい、それが終わって着替えてもらうまで僕はひたすらひかりとメイさんから目をそらしているしかなかったのだった。

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