第24話 わたしの相方さん


 いきなりのことに、僕は一瞬何を言われたのかわからなくなる。

 ひかりはそっと立ち上がり、僕の前に移動して、笑顔で言う。


「わたし、今日はすっごく楽しかったです。ユウキくんと久しぶりに会えて、一緒にダンジョンを攻略して、戦って。ずっと夢見てたんです。それが、今日叶いました!」

「ひかり……」

「だから、その、思ったんです! ユウキくんと……その、あ、相方さんに、なれたらいいなぁって……。と、友達に聞いたんですけど、相方さんって、いつも一緒にいて、何でも一緒に出来るようなパートナーのことを言うんですよね? だからわたし、ユウキくんとそうなれたらいいなって、思ったんですっ」


 つんつんと人差し指を合わせているひかりの頬は、ほんのり赤い。


「わ、わたしは、こんな変な殴りクレですし……ゲームのことも、まだ、あんまり知らないですし……きっと、これからもたくさん迷惑かけちゃうと思いますけど……でも、でも、一緒に楽しいこと、いっぱいしたいんです! えとえと、だ、だからっ、よかったら、お願いします!」


 そして深々と頭を下げるひかり。

 情けないと思った。

 ひかりのことじゃない。僕のことだ。


「…………ひかり。顔、上げてくれるかな」


 僕がゆっくりと立ち上がると、ひかりが顔を見せてくれた。


 本当に情けないと思った。

 ひかりと初めて会った日。

 僕もすごく楽しかった。出来ればひかりと友達になりたいと思った。

 けど、出会ったばかりの女の子にそんなことを言う勇気はなくて。ひかりからまた遊ぼうと約束してもらった。

 それからもひかりに会いたくなることはあったけど、自分からwisを飛ばしたりする度胸もなくて。ひかりはもう僕のことは忘れてるかな、なんて言い訳を考えて。もう会えないのかなって思ったりもした。

 そしたら今日、偶然にも再開して。ちゃんと僕を覚えててくれて。本当に、僕だってすごく嬉しくて。

 ずっとソロだったから、ひかりとパーティーを組んでダンジョンを攻略出来たのが時間を忘れるくらい楽しくて、ワクワクした。

 これからもひかりと一緒にいたいって思ってたくせに、やっぱりそんなことを言う勇気はなくて。きっと他に良い人がいっぱいいて、ひかりはすぐそっちのギルドに入って、僕とはここで別れておしまいなんだって、そんな風に、何もせず勝手に諦めていた。


 でも――ひかりは言ってくれた。

 相方になってほしいって。


 そんなことをひかりに言わせてしまった自分が、全部ひかり任せにしている自分が、あまりにも情けなかった。

 別に、そういうことを絶対に男が言わなきゃダメとか、そんな風に思ってるわけじゃないけど。

 でも、僕は後悔した。

 情けない自分が、嫌だった。

 だから、


「――ひかり」

「は、はい……」


 ひかりはいつになく緊張した面持ちで震えている。当たり前だ。そしてそれは、僕も同じ。


「ごめん。その緊張は、僕が体験しなきゃいけなかったものなのに」

「……え?」


 言われた意味がわからなかったのかもしれない。

 キョトンとしてまばたきしたひかりに、僕は言った。


「ぼ、僕の方こそ……お願いします! 僕の、相方になってください!」


 頭を下げて。ちゃんと、自分の方からもお願いする。

 すると、ひかりはしばらく黙り込んでいて。

 チラ、と顔を上げてみれば、


「――ユウキ、くん」


 ひかりは綺麗に泣いていた。

 笑顔で。

 とても、幸せそうに。


「……は、はいっ! これからも、一緒にたくさん、楽しみましょうね!」


 ひかりが僕の手を取って、狐の耳が嬉しそうに動く。

 すると、周囲からパチパチと拍手が鳴った。


「え、え?」


 僕が慌てて周りを見ると、「おめでとう!」「よかったねー!」なんて声が聞こえてくる。クラスメイトや知り合いがいないのがせめてもの救いだったけど、なんかもう超恥ずかしかった。


「えへへ、噂は本当でした」

「え? う、噂?」


 涙を拭っていたひかりに尋ねる。

 ひかりは「はい」とうなずいて、そばの大木に触れながら言う。


「これも友達に聞いたんですけど、この中庭の大きな木の下で、相方さんになってほしいって告白すると、100%叶うらしいんです。だから、噂は本当でした!」

「そんな噂があったんだ……」


 何か昔、そういう伝説要素の恋愛ゲームがあったって話を聞いたことがある気がする。ていうかさすがに高校生しかいないゲームだけあって、いろんな噂多いな。たぶんこっちは女の子が流行らせた噂なんだと思う。

 まぁ、相方になってほしいっていうのは、恋愛面での告白とはまた違ったものな気はするんだけど、でも、気分的には恋人が出来たみたいに嬉しい。


「えへへ……わたしの相方さん、です。なんだかちょっと、照れちゃいますね……」


 頬を赤らめて、ぎゅっと僕の手を握るひかりの、その嬉しくもこそばゆそうな表情と仕草があまりにも可愛くて、僕の心が熱を持ったみたいに熱くなる。

 や、やばい。今、ものすごくひかりを抱きしめたくなってしまった!

 いいか違うぞ僕! ひかりはそういうことを求めて僕と相方になってくれたんじゃないからな! 勘違いするなよ!


「ユ、ユウキくん? どうかしましたか?」

「勘違いはやめろよ僕……え? あ、な、なんでもないよ! あはは!」


 し、しまった。いくつか声に出てしまっていたのかもしれない。

 ともかく、僕はすごく晴れ晴れとした気持ちだった。

 だって、僕なんかには三年間こんな相方は作れないだろうって勝手に思ってたから。

 でも、ひかりのおかげでそんな情けない気持ちは消えてくれた。


「ひかり。これからもよろしくね」

「ユウキくん……はいっ!」


 相方になってくれたこの子を何より一番大切にしよう。

 僕は、そのとき心の底からそう思って、誓った。

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