裏腹少女3

トランクス

第1話 白昼夢と自己顕示欲

 目の前に長い廊下が飛び込んでくる。白い壁に白い床、同一色のシンプルな世界が。


 そしてその先には1つの扉が存在。この奇妙な空間に存在する唯一の出口だった。


「……んっ」


 緊張感が止まらない。つい固唾を呑んでしまう程に。


 覚悟を決めた後は扉の前へとやって来る。そのままノブを捻って奥へと進んだ。


「もうすぐだね…」


 中に入ると声をかける。部屋にいるただ1人の人間に向かって。


 彼女は鏡台の前にある椅子に静かに着席。まるで鏡の中にいる自分自身に何かを問いかけるように佇んでいた。


 顔を見たいがレース状の布で覆われていて出来ない。この位置から分かるのは純白なドレスで着飾った後ろ姿だけ。


「ふぅ…」


 狭い室内は廊下同様に無色透明に近い世界。窓の外には綺麗な瑠璃色の海が見える。さざ波を立てるように穏やかな風も吹いていた。


「綺麗だよ…」


 ヴェール捲ると素直な感想を口にする。照れくさくなるような最上級の誉め言葉を。


 端正な顔、ハッキリとした目や口。いつもの印象と違うその面立ち。今までに見てきたどの彼女よりも目の前にいる女性は素敵で美しかった。


 しかしその表情の中には喜び以外の感情も存在。悲しさや憂いを含んだ涙が。


「ん…」


 今日という日を迎えるまでに様々な困難にぶち当たってきた。友人や後輩との決裂。家庭内崩壊を。思い返せば逃げ出したくなるぐらいの辛い出来事ばかり。


 けれど今は違う。ずっと待ち望んでいた幸せをようやく手にする事が出来たのだから。


「行こう」


「……うん」


 彼女がいてくれればそれで良い。他には何も望まない。例えその報いに不幸を背負う事になろうとも。


 ウェディンググローブ越しに手を握ると部屋の外へ移動。これまでの自分達と決別するように並んで歩き出した。



「うわあぁああぁぁぁっ!!」


 悲鳴を上げながら目を覚ます。勢い良く起こした上半身と共に。発したけたたましい声に自分で驚いてしまった。


「……あ」


 額から流れる汗を拭いながら辺りを見回す。見慣れたカレンダーにタンス、学習机を。そこで初めて夢なんだと気付いた。先程まで体感していた出来事が現実ではないのだと。


「朝っぱらからなんて物を見せるんだ…」


 出口の無い迷路をさまよっていたような気分。自然と動いていた手がリアルの感触を確かめるように頬をなぞっていた。


 いくら夢だとしても許せる物とそうでない物がある。今朝のはどう考えても後者でしかない。


 何ゆえこんな深刻な内容のビジョンを見せられなければならないのか。その原因は隣に目を移した瞬間に判明した。


「……いつの間に」


 すぐ横でスヤスヤと寝息を立てている人物がいる。長くてボサボサな髪が顔にまとわりついている女性が。何故か一階にいるハズの華恋が気持ち良さそうに眠っていた。


「む、にゃあ……へへっ」


 口元を綻ばせて笑い出す。きっと幸せな夢の世界を堪能しているのだろう。


「はぁ…」


 昨夜、彼女と一緒に寝た記憶はない。夜中に寝ぼけてこの部屋までやって来たか、オネショをしたから避難して来たか。


 華恋の思考を考えればすぐに答えは分かった。ワザとに決まっている。淋しがり屋で甘えん坊な性格に呆れつつも嫌な気分にはならなかった。


「夢……か」


 今までにも何度か不思議な世界を見た覚えがある。公園で母親と遊んでいる記憶や、行った事のない街の海岸沿いを歩いている夢を。そしてその中ではいつも隣に華恋がいた。人生の半分以上を別々に過ごしてきた家族が。


「よっと」


 体を動かして壁に近付く。ベッドの上に身を預けたままカーテンをスライドさせた。


「綺麗だなぁ…」


 窓から射し込む日差しが眩しい。その奥には汚れ1つ無い白い壁が存在。先月建ったばかりの一軒家だった。


「ふぁ~あ、眠…」


 朝方だというのに日が昇るのが早い。季節はまだまだ夏だった。



「雅人、明日デートしよ」


「アイタタタタッ、お腹が!」


「あれ? もしかして毒が早く効いてきちゃったかな」


「ちょっ…」


 バイトから帰宅後の風呂上がり、華恋に声をかけられる。入れ違いに香織がトイレへと入って行ったタイミングで。


「明日ってバイト休みだよね?」


「そうだけど……どこか行きたい場所でもあるの?」


「うん。まだこっちに帰って来てから2人で出掛けた事ないでしょ? だからデートしたいなぁと思って」


「う~ん、でもなぁ…」


 嬉しいお誘いだが黙って頷く訳にはいかない。原因は全身に蓄積された疲労。


 しばらくサボってしまった代償としてシフトを多めに入れられていた。しかも前回の休みは皆で遊園地にお出掛け。楽しくてハシャいだ時の反動と夏の暑さのせいで体が長期的な休息を欲していた。


「どうして渋った顔すんのよ。嫌なの?」


「嫌……ではないんだけど体がダルいというか」


 濡れた頭にタオルを巻く。冷蔵庫を開けると中から缶のトマトジュースを取り出した。


「明日じゃなきゃダメなの! だから行こ。ね?」


「でも本当に疲れてるんだってば。今だって眠たくてフラフラしてるし」


「シャキッとしなさいよ。まだ若いんだからさ~」


「そんな事言われても。ちなみに明日は何があるの?」


「コスプレイベント」


「……あぁ、あれか」


 1年前の記憶を思い出す。華恋と共に参加した催し事を。どうやら去年より開催時期がズレて夏休みになったらしい。


「今しかイベントやってないんだって。だから行こ行こ行こ~」


「そんなに参加したいなら1人で行ってきなよ。僕は楽しめそうにないし」


「やぁ~だぁ~、雅人と一緒に行きたいのぉ」


「今年もまたコスプレするの?」


「そだよ。もう衣装は買ってあるから」


「用意周到ですな」


 自分の好きなイベント事なら余計に参加したいだろう。だからこそ足手まといなんか放っておいて1人で楽しんで来てほしかった。


「なんでそこまでして拒むのよ。私とデートするのがそんなに嫌なの?」


「だからそうじゃないんだってば。疲れてるだけ」


「私のコスプレ姿とか拝めるんだよ。見たくないの? ねぇねぇ」


「み、見たいっす…」


 興味がない訳がない。ただそれ以上に睡眠が欲しいだけ。


「ほら~、見たいんじゃん。なら行こうよ」


「サイトの友達と会ったりはしないの? 去年みたいに」


「会うよ~。お揃いの衣装を着ようってもう決めてあるもんね」


「だったら僕が付いていく必要ないじゃないか。その友達と廻ってきなよ」


 知らない人達と顔を合わせるのは勘弁。相手が女性となれば尚更だった。


「友達は友達、雅人とは別なの。だから無理やりにでも付いてきてもらうからね」


「嫌だよ。朝起きられそうにないし」


「言い訳は通用しませ~ん。起きなかったら叩き起こしま~す」


「脅す気? そんな事言われたら余計行きたくなくなるって」


「やぁあぁだっ! 絶対一緒に行くの!」


 彼女が持っていたクッションを振り回す。飲みかけのジュースに当たらないように腕を使ってガードした。


「ワガママばかり言わない。子供じゃないんだからさ」


「行かないと死んじゃう。行こ行こ行こ~」


「じゃあ大人しく死んじゃえばいいと思うよ」


「……は?」


 事態に収束が見えないので適当にあしらう。缶の飲み口を顔に近付けながら。


「がっはぁっ!!?」


「どうしてそんな事言うのよぉっ!」


「か……か、かっ!」


 その瞬間に凄まじい攻撃が飛んできた。手加減なしのボディブローが。


「雅人のバカぁぁあぁあぁぁぁっ!!」


 暴行犯が喚きながら逃走する。立ち去る足音を耳に入れるのと同時に床に倒れ込んだ。


「うぐぐ…」


 ついポロッとふざけた言葉をこぼしただけなのに。ムキになった彼女は本気のフックを喰らわせてきた。


「ギャーーッ!!?」


 そして華恋が立ち去ったのとほぼ同時に香織がリビングに現れる。凄まじいボリュームの悲鳴と共に。


「まーくんが血を吐いて倒れてる!」


「いや、違…」


「ほら、早く! ヒントになる文字を書いて!」


「ムリムリ…」


 辺りには赤い液体が散乱。そこはまるで傷害事件が起きた犯行現場のようだった。


 呼吸を正常に戻した後は事情を説明する。ただの事故であると告げた。


「もう、紛らわしい真似しないでよね。ビックリしたじゃん」


「悪い悪い。驚かせるつもりはなかったんだけどね」


「血だらけで倒れてるから本気で焦ったよ~」


「……ごめん。ずっと黙ってたけど実は余命3ヶ月の身なんだ」


「え!? それは大変。急いでお金を私の口座に移しておかないと」


「もうこの妹やだ…」


 馬鹿にするように大笑いされてしまう。理不尽な説教も付け加えながら。


 片付けを済ませた後は二階にある自室に移動。するとそこに膨らんだ布団を見つけてしまった。


「何なんだ、一体…」


 普通こういう場合は自分の部屋に引きこもるハズなのに。なぜ喧嘩相手の居場所を選ぶのか。


 相変わらず理解に苦しむ行動をとる華恋に声をかける。布団に手を伸ばして第2ラウンドを開始した。


「どうしてここにいるのさ。自分の部屋に戻りなよ」


「やだっ! 雅人がうんって言ってくれるまでどかないもん!」


「いつまでもそこにいたら眠れないし。邪魔!」


「寝かせないよ。デートしてくれるって言うまでは!」


「分かったよ、付き合えば良いんでしょ! 付き合えば」


「本当に!? やったぁ!」


「はぁ…」


 けれど戦いはゴングが鳴ってから早々に決着する。挑戦者があまりにもしつこすぎたが為に。


 無理やり出掛ける約束を取り付けられこの日は就寝。少しも気が休まらなかった。



「うぇぇ、眠たい…」


 翌朝、口に手を当てて大きな欠伸を出す。瞼を何度も擦りながら。


「楽しみだわぁ。公共の場で堂々とコスプレ出来るなんて素晴らしいわね」


「今年も荷物たくさんあるね。ロッカーに預けるの?」


「そうよ~。悪いけどまた財布やケータイ持っててくれない?」


「へいへい」


 キャリーバッグを引いている相方の隣をのんびりと歩行。朝は関節技をかけて起こされたので体中の節々が痛かった。


「香織には声かけないの? 連れて行ったら喜ぶと思うんだけど」


「う~ん、一緒に行きたい気もするけど…」


「けど?」


「雅人と2人で行きたかったから」


「……あ、そう」


 あえて声をかけなかったらしい。せっかく共有出来る趣味なんだからもったいない気もした。


「もしかしたら向こうの会場で鉢合わせしたりして」


「うっ…」


「颯太も来るかな。去年みたいに出くわすかもしれないね」


「ね、ねぇ。何とかなんない? アイツどうにかして会場に来ないように操作出来ないの?」


「はぁ?」


 隣から服の袖をグイグイと引っ張られる。意味不明な頼み事と共に。


「操作ってどうやってさ?」


「だからメールか電話でどこか別の場所に誘導とか…」


「会場に来ないでくれって? 不自然すぎるよ」


「……それもそうか」


 どこか別の場所に呼び出せば会場へ来ないようにする事は可能だ。しかし自分は行けないから待ちぼうけさせてしまうだけになる。


 そもそも彼はそこまで嫌がらせされるほど悪い行いはしていない。会いたくないなら遭遇しないように祈るしかないだろう。



「人、多いなぁ…」


 電車に乗って去年と同じ会場へと移動。1年前の記憶を辿るように並んで歩いた。


「じゃあ着替えて来るからここで待ってて」


「うい~」


「可愛い女の子を見かけても付いていったらダメだよ。分かった?」


「はいはい」


「あと私と離れ離れになるのが淋しいからって中に入ってきたらダメだからね? そんな事したら警備員の人に捕まっちゃう」


「……分かったから早く着替えてきなよ」


 留守番をさせられる子供みたいな注意を受ける。更衣室の中に消えていく彼女を手を振って見送り。


「はぁ…」


 去年同様、様々な衣装に身を包んだ人達をそこら中を歩いていた。しかし直視は出来ない。


 見られる為にコスプレをしているのに注目してはいけない気持ちになってしまう。よく分からない罪悪感が湧き出していた。



「お待たせ~」


「ちょ……それ何、それ!」


「え? どしたの?」


 そして15分ほど待たされた後、全身黒の衣装に身を包んだ華恋が姿を現す。ただし予想を遥かに上回る露出仕様で。


「胸、足っ!」


「ん?」


「さらけ出しすぎ!」


「あはは、やっぱりそう思う?」


 大きく開いた胸元とパンツが見えそうなレベルの超ミニスカ衣装。激しく叱責したがあっけらかんとした態度だけが返ってきた。


「マズいよ、その格好は。イメクラじゃないか!」


「違うってば、ちゃんとしたコスプレ衣装だもん。ゲームの」


「大差ないって。露出しすぎだよ」


「カメラ持ってる男の子に撮影とかされちゃうのかなぁ。恥ずかしいなぁ」


「……それ嫌すぎるんですが」


 自分の恋人が他の男に性的な目で見られるなんて我慢が出来ない。例え純粋な意志で撮影を頼んで来たとしてもジェラシーを感じるに決まっている。


「いやぁ、参ったなぁ」


「くっ…」


 そんな気持ちを知ってか知らずか目の前には反省の色が見えない笑顔が存在。まるで嫉妬してほしくて意図的に行動しているような表情だった。


「じゃあ、これ。今年もお願い」


「へいへい…」


 差し出されたポーチを受け取る。不満を抱きながらも会場内へと移動した。


 周りには派手な色合いの服を着た人が数多くいる。普通なら彼らの方に視線を移してしまう所だろう。だが自分の意識は隣を歩いている淫乱女の方に奪われていた。


「フ~ンフフ~ン、フ~ン」


 本人は呑気に鼻歌を歌っている。聞き覚えのあるような無いような何かのテーマを。


「ねぇねぇ、これどう? 似合う?」


「ん? 可愛いんじゃない」


「へっへ~。誉められちゃった」


「あのさ、もう少しどうにかならなかったの? 地味じゃなくても良いから露出を控えめにした衣装とか」


「何々、もしかして不安になっちゃったの? 雅人は心配性だなぁ」


「だって普通は文句の一つもつけたくなるって。こんな格好を見せられたら」


 彼女がニヤついた顔で下から覗き込んできた。やはりからかっているらしい。コスプレを楽しむ為にここまで足を運んだハズなのに趣旨が変わっていた。


「テンションやばいわ。楽しすぎ、デヘヘヘヘ」


「ヨダレ垂れてるよ」


「おっと、うっかり!」


 それから2人で当てもなくブラブラと歩く。時には撮影をお願いし、時には撮影を頼まれ笑顔を振りまきながら。


 声をかけてきたのが女性、もしくはカップルなら何とも思わない。しかし相手が男だとどうしても身構えてしまった。


 下心満載の目で舐めまわしているんじゃないか。スカートの中を盗撮しようと企んでいるんじゃないか。心の中で様々な思惑と葛藤していた。


「あっ、もずくちゃん発見」


「ん?」


 しばらくすると声を張り上げた華恋が突然駆け出す。その先には似たようなコスプレ衣装に身を包んだ集団が存在。


「ふぅ…」


 どうやら去年も顔を合わせたお友達らしい。自分は彼女達と面識が無いのでその場に留まった。


「颯太いないなぁ」


 同じく1年前にバッタリと出くわした知り合いがどこにもいない。見逃しているか、それとも来ていないのかは不明だが。


「雅人、こっち来て」


「……えぇ」


 水分補給していると華恋が振り向きながら声をかけてくる。わざわざ手招きまで加えて。そのせいで周りにいる女性達の視線がこちらに集中。こんな状況で逃げ出す訳にもいかないので素直に歩み寄った。


「ど、どうも…」


「この人、いつも言ってる人」


「ちょっ…」


「約束通り連れて来たよ。だから言ったでしょ? 本当だって」


「何々、なんなの…」


 強引に腕を絡めとられる。戸惑う反応を無視して。


 ほぼ初対面でしかも相手は女性の集団。緊張しない訳がなかった。


「大人しいけどね、優しいんだ」


「キャーーっ!!」


「羨ましいか! 羨ましいか!」


「羨ましいーーっ!!」


 華恋の一語一句を聞いて女性達が興奮する。アイドルコンサートに来ている観客のように。


「欲しい? 欲しい? あげな~い」


 そして彼女達に負けないぐらい隣の妹もハイテンション。自宅でもあまり見せない上機嫌っぷりだった。


「へへ、へ…」


 恐らく前々から自分達の関係について話していたのだろう。自慢目的で。


 生き別れの双子なんて恰好の妄想ネタでしかない。晒し者のような立場に不満はあったが必死で愛想笑いを浮かべた。


「私の彼氏、可愛いでしょ」


「は!?」


「今日もね、私を1人で行かせるのが心配だからって付いて来てくれたの。やっさしいでしょ~」


「え、え…」


 しかし隣から聞こえてきた言葉に耳を疑う。あまりにも内容が突飛すぎて。


「今朝も手を繋いでここまで来たんだよ。やぁだっ、恥ずかしい!」


 周りの情報が一気にシャットダウン。お友達の声も騒がしい雑音さえも。


 結局、彼女達とお喋りを続いている間中ずっとただの玩具扱い。頭の中は茫然自失だった。



「いいからこっち!」


「ちょっ……そんなに強く引っ張らないで」


 そして再び2人きりの状況に戻ると相方を手を引く。隔離された狭い空間へと移動する為に。


「何よ何よ、人気のない場所に連れて来たりして。もしかして私の激しい衣装に欲情しちゃった?」


「さっきのどういう事!?」


「さっきのって皆に紹介したアレ?」


「そうだよっ! あの子達に彼氏だって言ったの!?」


「え? ダメだった?」


「はぁ…」


 問い詰めに対して彼女が平然とした様子を見せてきた。どうやら事態を把握していないらしい。


「ダメに決まってるし。もし他の人にもバレたらどうするのさ!」


「大丈夫だって、あの子達とはネットでしかやり取りしてないから。リアル知り合いとは繋がってないもん」


「いや、そういう問題じゃなくてだね…」


 この関係は2人だけの秘密で留めておかなくてはならない。うっかり誰かにバラした事がキッカケで全ての情報が漏れる危険性も孕んでいるので。


「そんなに神経質にならなくてもいいじゃん。平気だってば」


「ネットに晒すって事は、いつ誰が目にしてもおかしくないんだよ? 万が一知り合いに見つかったらヤバいじゃないか」


「私、個人を特定されるような情報は載せてないから大丈夫。写真アップする時もウィッグ被ってるし」


「でもバレる可能性だってゼロじゃないでしょ? 何て事してるのさ」


「む…」


 幸せをひけらかしたい気持ちは充分に理解出来る。自分だって出来る事ならそうしたい。だけどしてはいけない。そういう自慢が出来ない関係性だからこそ今まで苦しんできたのだから。


「そ、そこまで怒らなくても良いじゃん」


「だからってやって良い事と悪い事があるって」


「分かってるってば。だけどさぁ…」


 彼女が口を尖らせながら文句を連発。言葉では受け入れていたが表情は明らかに納得していない物だった。


「とにかく、これからは軽々しく口にしないでくれ。お互いの為に」


「……はぁ~い」


「ふぅ…」


 あまり説教ばかりするのも可哀想なので適当に打ち止め。せっかくなので楽しむ方向に意識を切り替えた。


「ちなみに何人ぐらいの人に話したの?」


「え~と、70人か80人ぐらい」


「ひえぇっ!?」


「私、結構人気なんだよね~。フォローしてくれてる人が数千人レベルでいるし」


「もう本当に勘弁して…」


 予想を遥かに超える人数にたまげる。せいぜい数人程度と覚悟していたのに。自分の知らない所でそんな大勢の人達とコミュニケーションをとっていたなんて。


 きっと彼女は分かっていない。その軽々しい覚悟がいつか自分達を破滅へと導く事を。半端な気持ちで上手くいくなら家族を好きになる事に躊躇いはしなかった。


「はぁ…」


 まさかこんな近くに爆弾を抱えていたなんて。幸せになるかと思っていた恋人生活の始まりは人生の転落。つまり修羅場へのスタートだった。

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