第6話 ブリーフィングと初陣

 3月半ば

 沢渡俊は入学手続きと下宿の契約を終わり、自宅で荷造りをしていた。

 下宿へ持って行くものは多くないが、指定された書籍などを買いそろえ、新生活への準備を進めていた。

 そんな春の気配が漂う昼、沢渡は荷造りを中断してリサイクルショップに向かっていた。もちろん現実世界の話だ。

「安い電子レンジに小型冷凍冷蔵庫、掃除機はさすがに新品を買うか、中古は汚そうだ」

 春特有の柔らかな日差しの中、梅は散って、桜はまだ咲いていないそんな季節。

 通り沿いに古いゲームセンターがあった。

 沢渡はあまりゲームセンターに入らない。だいたい貧乏だからだ。

 そのときも特に用はなかったが、前を通りがかった瞬間、あるものが目をひいた。

 それはサブマシンガンでゾンビをやっつけるゲームだ。

 沢渡はそれを昔プレイをしたことがある。そのときはあまりうまくできず、すぐにやられてしまった。

(1ゲームだけやってみよう。それにしても本当にうまくなってるのだろうか?)

 ポケットをさぐり100円玉を確認する。

 人があまりいない薄暗いゲームセンターに入り、ゾンビシュートゲームの前に立つ。

 硬貨を投入し、ゾンビゲーが始まった。


 30分後、沢渡は最終面まで進んでいた。

 反動もなく軽いおもちゃの銃は、エイムが全くぶれない。なによりゾンビが遅い。

 しかも意識せずに狙い撃てている。照準から引き金を引くまでが意識せずに行えるのだ。

 かたかたかたと3発の振動で引き金を離し、別の的をエイムする。頭を打ち抜かれてゾンビは画面から消えていく。

 それを無心で行い、ゾンビ達を屠っていく。投げつけられる敵の武器に弾を当てるのも余裕だ。

 ついにラスボスが出てきて、激しい攻撃をするが、弱点とおぼしき場所を攻めると変身し、場所を変えた弱点にもひたすら弾を当てると、さらに攻撃が激しくなりボスが動き回るようになった。

 だがエイムは狂わない。やがてボスが沈み、エンディングが流れ始める。

 沢渡は我に返って、ゲームの銃を握る自分の手をしげしげと眺めた。

 そして銃を置き場所に戻し、人気のないゲームセンターから出る。

 外に出た沢渡は拳を握りしめ、かすかに笑みを漏らした。

 その沢渡の笑みを誰も見ることはない。

 クリアされたゲームがハイスコアイニシャルを刻むのをむなしく待っただけだった。



 VRの中も春だった。そして現実より派手だった。

 街道に立ち並ぶ桜がピンクの花を咲き誇らせ、いつまでも散ることなく花吹雪を舞い散らしている。

 その桜並木の街道を、西の平原めがけて、桜吹雪をかきわけて軍用高機動車が進んでいく。

 上部に機関砲が取り付けられている四輪駆動の車には、二人の男が乗っていた。

 沢渡俊とキリクである。

 自動運転のために、運転席にいながらキリクはハンドルから手を離して居眠りをしていた。

 沢渡はしかしキリクのように眠ることはできず、じっと桜吹雪を見つめている。

 初陣だった。

 キリクの居眠りが示すように、難しくもない駆除要請。

「巡察警兵は、いうなら公式賞金稼ぎみたいなものだ。妖獣を駆除すると未所属よりすこし多めに賞金がもらえる。もちろん緩いノルマもある。あと招集されることもあるらしいが、俺は未経験だ」

 そう語ったキリクが巡察警兵陽谷西支局から請け負ってきたのが、今回の駆除要請だ。

 難しくはないが報酬は安く、緊急度は低く、場所が遠い。

 そういう後でノルマ業務になりそうな駆除要請をこなしておくと、

「巡察警兵内での評価ポイントがあがって、いろいろ融通が利くのさ。初心者支援もできて評価ポイントもあがるってわけ」

 支局から出てきたときにキリクがにやりと笑ったのを沢渡は思い出した。

 そんなキリクは、支局からこのごつい銃座付き四輪駆動車を持ち出して、沢渡に乗るように促したのだ。

「鉄道なんかでいけるところじゃないし、足、何ももってないだろ?」

 そういうと車は、桜の花吹雪舞う街道を走り始めたのだ。

 天候は晴れた朝、気温は18度ほど。風は微風。

 初陣にうってつけで問題はないはずだった。 



 西の平原。陽谷市から西に車でゆうに4時間。

 延々と照葉樹林と低めの山と大きな川に沿った峡谷が続いた後、数件ほど寄り集まった農村が右に見えてそこから30分で到着した。途中、街はない。

 桜並木の街道は美しいものの、行き交う車はゼロ。農村にはちゃんと耕運機や車が置かれていたから、単純にこの地域が過疎だと理解できた。 

 その広大さと過疎さに沢渡はここがVR内であることをまたもや思い知る。

 そして、桜並木から突如目の前が開けた。

 見渡す限りの草の海が、目的地であることを示していた。

 普段は放牧に使われているらしいこの草原も、今は家畜の姿はない。

 数日前、「妖獣」が現れたからである。

 牛と羊が数頭ほど戻ってこず、探しにいった牧童が、妖獣に成り果てた家畜を見つけた。

 賢明にも牧童は自力解決をそうそうに放棄し、牧場に帰り着いて報告。

 牧場主は、巡察警兵陽谷西支局に駆け込んで、駆除依頼書を作成。

 翌日に賞金予算の決済が降り、正式な駆除要請となった。



 妖獣とは、一言でいえば「妖霊」にとりつかれた獣である。

「始める前にいっておくが、『妖獣』は運営が用意した敵じゃない。それは何度も運営が告知しているし、平穏に暮らしたい奴は「妖獣」に近づくなと警告されている」

 それはここについたときの、キリクの言葉だ。

 妖霊は運営が作ったエネミーではなく、どこからか侵入してくる「不正攻撃プログラム」らしい。

「妖霊はマルウェアなのさ。このVR内の動物や人にとりついて、データを改変して妖獣になり、この世界を攻撃する。それを狩るのが俺達というわけだ」

「運営が自分でやらないの?」

「運営もやっているらしいが、ここのNPCやAI駆動のオブジェクトでは憑依される危険性が高い」

 車を降りたキリクはしゃべりながら銃をすばやく点検していく。

 沢渡も持ち物や弾倉を確認していった。左肩からショルダーアームで連結された23インチディスプレイほどの大きさの盾がすこし重い。

「だけど、俺達は憑依されないからな。メインシステムの脳が物理的に外にあるうえ、VR世界の外にあるダイブシステムまで干渉するには非常に高度なプログラムが必要になるから安全性が高い。アバターの修正もダイブシステム側のデータを見れば容易なわけだし」

 キリクの説明になるほどと沢渡はうなずいた。

「で? 妖霊って誰が作ってるの?」

「それがわかれば、苦労はしないな。わかってるのはこのVRMMOの敵対者ってことだけ。奴らの敵意というか憎悪は、……まああれだ、向き合えばすぐわかる」

 キリクは肩をすくめた。

「妖獣」は激しい憎悪と敵意を、沢渡達プレイヤーのみならずVR内の先住者達へも動植物へも向けてくるという。

 そして彼らは増殖するとキリクはいう。

「妖霊が憑いた妖獣を放っておくと、妖獣が増えていくんだ。そんなに増える速度は速くないけどな」

 妖霊はマルウェアらしい振る舞いとして、感染的な憑依を広める能力をもっているらしい。 幸い憑依を広めていくスピードはそう速いものではないから、憑依された獣や人を活動停止させることで対処することができるらしい。

 

 そんなレクチャーによる事前知識も、しかし現実の妖獣の前では、簡単に吹っ飛んだ。

 浴びせられる殺気、憎悪に、VRとは思えないすごみがあったからだ。

 沢渡の脳裏にあの警告が浮かぶ。確かにショック死はありえると、心底理解した。

 沢渡は出てきた妖獣へ、渾身の勇気をふりしぼって向かい合う。

 恐怖で腹の臓腑をねじられ、脂汗を顔と手に感じながら、右手にもったパワードマシンピストルのセイフティを外し、妖獣にポイントする。

 ゾンビゲームなんてかわいいものだったとふと思った。

 銃の重さもプレッシャーも汗も鼓動も何もかもが、現実と変わらなかったからだ。

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