一人目の同行者
「……あのー。本当に私も付き添わなければいけないのでしょうか。もちろん依頼したのは私なので、協力を惜しむつもりはありませんけど」
依頼人である空木が、両眉でハの字を作った。急に呼び出したからか、上下緑色のジャージ姿である。パッツンヘアーと表現すれば良いのか、前髪の毛先を同じ長さに切り揃えた髪型をしていて、実に若者らしい。
彼とは御岩屋道通りの海岸前で待ち合わせをした。ここまで来るには中津宮、山二ツ、奥津宮、
ここから岩屋へは、海岸を右手に見ながら
と、月明かりの下、アマネが空木に笑いかけた。
「ええ。今回の調査ですが、史実を元にした観点が非常に重要と判断しました。岩屋の守り人である空木さんが必要不可欠なのです」
「だそうだ」
彼女の回答に、野沢が相槌を打った。空木が訝しげな表情を浮かべて、手のひらを野沢に差し出す。
「あの、アマネさん。先ほどから気になっていたのですが、こちらはどなたなんですか?」
「あ?」
空木の反応に野沢が声を荒げると、アマネがクフッと吹き出す。
「ブログでも必ず登場する、“可愛い相棒”ですよ」
え! と、空木が目を剥いた。
「いつも“可愛い”って付いてるので、てっきり女性の方かと思ってました。これはとんだ失礼をいたしました。……空木と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
言いながら、空木が手を差し出す。
「可愛い相棒です。よろしく」
その手をギリギリと握りしめ、野沢は堅い握手を交わした。傍らでアマネがくすくすと笑いをこらえているのを見て、彼はバツが悪そうに空木の手を解放した。
「で、具体的にどういう算段なんだ。アマネ」
「ふっふっふ」
アマネが片手で顔を覆って笑う。
「既に私はとある一つの推測を見出しました。それになぞらえるならば、やはり今回の事件は未踏の地へと赴かなければ解決しまっせん!」
と、大声で言い切るやいなや、顔を覆っていた片手をシュバッと頭上にかざし、人差し指を天へと向ける。それから胸をせり出し、片足を前に出す。実にぎこちない。
――完成した姿はまさしく映画『サタデー・ナイト・フィーバー』で主人公のトニーが決めた必殺ポーズであった。アマネは野沢の趣味趣向にいつも興味津津で、隙あらば引用してくる。
「ポー!」
「アマネ、それは違う人だ」
そんな彼女の奇天烈な行動に空木がうろたえているのを見て、野沢が言葉を継いだ。
「てことは、マジで潜るんだな」
彼の言葉に空木が目をぱちくりさせ、そして気付く。
「も、潜るって……え、ええ!? まさか富士の鳴沢氷穴を目指すってことですか!?」
慌てふためく空木に粘っこい笑みを向けて、
「大丈夫です。怪奇現象の原因を見つけ出したら、引き返しますので」
彼女は夕暮れの江ノ電で、サンドイッチを頬張っている時と同じ言葉を口にした。要するに見つけ出すまでは引き返さないということだ。命を顧みない実に狂気的な宣告である。
稚児ヶ淵を歩く道中、空木は引っ切り無しに質問を繰り返した。やれ足場がどうの、落盤がどうの、明かりがどうの、命綱はどうの。あれはこれはそれはと、どうのこうの言っている。しかし全くもって問題は無いのである。彼女は天狗なのだから。遠回しに洞窟へ潜らせまいと必死に訴えかけている空木を見て、野沢は天狗の力を計り知らなかった時の自分を思い出していた。
焦りを露わにしている空木を不憫に思い、野沢は彼の肩に手を置いた。
「安心しろ。何も心配することはない」
「どこがですか!? 二人ともそんな軽装で! 野沢さんに至ってはギターケースなんか背負っちゃって! 洞窟を探索する格好じゃありませんて!」
ぎゃんぎゃん騒ぎ立てる空木の肩にアマネも手を置いた。
「まあまあ。落ち着いてください」
「それなら納得の行く説明をしてくださいよ!」
野沢もアマネに乗じる。
「まあまあまあ。もうすぐ分かるから」
「もうなんなんだあ!」
遠目から見れば、怪しい二人組に物陰へと連れ込まれる構図である。
そんなこんなで、不安に苛まれる空木を文字通り引き連れ、第一岩屋入り口を目指す。
しばらく歩くと、緩やかにカーブを描いた橋が現れる。これを渡ればようやく目的地だ。
この道も、かつては木の桟橋が岩屋まで続いてらしいが、今ではコンクリート橋として生まれ変わり、腰より高い手すりまで左右に取り付けられた。ちなみに岩屋を見据えて歩くと、左に見える山の側面には桟橋や石段の残骸が残っていて、当時の面影が伺える。
「ガチガチに施錠されてるな」
岩屋の入り口は、木製の門扉に遮られていた。高さは五メートルほどで、洞穴にすっぽりとハマるサイズ。取っ手部分が真新しいチェーンと南京錠で固く施錠されているところから、観光客への対応の姿勢が見えた。
空木が目を細めて腕を組んだ。
「そりゃあそうです。某ゲームアプリが引き起こした事件で、マナーの悪い人がごった返しましたからね。夜間の交通規制は強化されるわ、喧嘩は毎日起こるわ。迷惑極まりませんよ。観光地と言えど、僕らからしたら故郷そのものですから。大事な場所を荒らされるとなれば、僕らも相応のアクションを取らざるおえません」
「お。その言葉、まさに的を射てるねえ」
「え、どういうことですか?」
ニヨニヨと笑うアマネをきょとんとした目で見やる空木だったが、野沢に「相手をするだけ人生損するぞ」と諭される。
ふいに「じゃあアッキーは二十四時間、人生損しっぱなしだね!」と、アマネが野沢の頬をつねった。
「四六時中一緒にいるみたいに言うなよ! 恥ずかしい」
片や野沢は、そのつねる指を引き剥がそうと必死に抵抗する。
空木はそんな彼らを尻目に「呼ぶ人を間違えたかなあ」と、じとりとした目で南京錠を外し、いそいそとチェーンを取り除いた。
「ほら、開きましたよ」
先ほどまで謙虚だった声色も、今では迷惑な客に対するソレである。
「お! 開いたか!」
「お! 開きましたか!」
互いの頬をつねりあいながら、二人は空木に顔を向けた。どちらもキレイなピンク色の歯茎を剥き出しにしている様を見て、空木は月を仰いだ。
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