管理人室での種明かし

 空木は木製の門扉を押し開けると、入ってすぐ左手の管理人室へ二人を通した。

 ぱちりと軽い音が鳴ったかと思うと、白い蛍光灯の光が部屋を満たす。安全面に支障が無いよう岩を削って設けたためか、実にちんまりとした所だった。

 広さだけで言えば八畳ほどあるのだが、左側一面がロッカーのような配電盤でびっしりと敷き詰められていて、スペースを爆食いしている。

 明かりに照らされた空木の顔色が、青白くこわばっていることに気付いた二人は無言で目を合わせる。

 空木は入り口から見て、最奥にでんと陣取っている横長の操作盤にずんずんと歩み寄り、ボタンをいじり始めた。

「ここで、岩屋内の照明や装置を操作しています。あと防犯カメラのモニターもチェック出来ます」

 言いながら右隅に置かれたスチール棚に顔をやり、中段に置かれたパソコンモニターを指差す。モニターの映像は数秒毎に切り替わっている。分割すると小さすぎて、細かい異変に気づけない故の設定だろう。

「岩屋内に防犯カメラはいくつもあるのか?」

 野沢の質問に空木が頷く。

「複数設置していますよ。壁がしっかりしているところを中心にポツポツと。もちろんこの件については安心してもらって良いです。守衛には“岩屋内に忘れ物をした客がいて、どうしても今日中に見つけたいらしいから僕が付き添う。ついでに見回りも僕がしておく”と話して帰ってもらいました。防犯カメラもこの通り」

 と、彼は一見DVDプレイヤーにも見える、ハードディスクレコーダーのスイッチを切った。

「これでカメラに僕たちの姿が映ることはありません」

「ふーむ。宜しいので?」

 アマネの問いかけに空木は愛想笑いを浮かべる。

「ええ。お二人が変なことを起こさなければ」

 それから頭をぽりぽりと掻いて言葉を繋げた。

「さらに言えば、日蓮聖人の奥――立ち入り禁止区域へ進んだ先で事故が起これば、僕もただじゃ済みません。もちろん事故で怪我しても、怪我しなくても。ですから覚悟して臨まないといけません。……つまりですね」

 ビッとアマネと野沢を交互に指差す。

「まずは説明していただけますか? 僕にはお二人が、危険な場所へ赴く用意をしているようには到底思えません」

「見せてやれよ。アマネ。カメラもこの通り、止まったようだし」

「えー。アッキー以外の男に見せるのはちょっと」

 わりかし強めにアマネの頭が叩かれる。

「ふざけてないで早くしろ」

 アマネはやれやれと両手の平を水平に持ち上げた。

「んー。何をお見せしましょうかね。……ではまあ無難に、宙でも飛ぼうかね」

「宙を飛ぶ?」

 彼女の発言を鼻で笑おうとした空木だったが、眼前で起こり始めた異常に全意識が呑み込まれていく。

「さあさあ! 今宵も魅せますは、山吹アマネの妖技ショーでござい! ――あいた! ここ天井低いぞアッキー」

「知らん」

 空木は思わず、口を片手で覆っていた。

「う、浮いてる。……まさか、本当に」

 男二人を見下ろすように、山吹アマネは確かに浮いていた。悠々と、毅然と、優雅に。彼女は得意げな表情を浮かべ、宙であぐらをかく。

「これが説明の代わりで宜しいか? ……んー。そうだな。君は先刻より慎重な御方とお見受けしていた。ダメ押ししようか」

 そう言うやいなや、両腕を横に開き、両掌をぴんと真っ直ぐに伸ばす。すると部屋の蛍光灯が明滅し始め、さらにパソコンのモニターには砂嵐が表示され、俗に言うホワイトノイズが響き渡る。

 空木は既に口を覆っていた片手の上に、もう片方を重ねて、肩を大きく震わせていた。

 ……人は想像の外を超える出来事が急に起きると、慄き、身を守ろうとする。人間の本能だ。仕方がない。仕方がないとは分かっていても、虚しいことには変わりがない。

 アマネは空木を諭した。

「私は幼い頃、天狗に育てられた。半妖でもない。つまり純度百パーセントの人間だ。だから獲って喰ったりはしない。安心しろ」

 低く、語気の鋭い声色だった。野沢がそんな彼女の横顔をそっと見つめた。

 特殊な境遇にある者は孤独になりがちだ。物理的ではなく、精神的に。人は理解し、理解された時に安心を手にする生き物。……果たして、天狗の娘としてこの世に生きる者が他にいるだろうか。彼女は物心ついた頃から人ならざる者であり、言いようのない寂しさを抱えている。

 あいつを独りから解放出来るのは、天狗の父親。または特殊な能力を有した人間だけ。俺がどれだけ気を回しても、あいつの寂しさを紛らわすことしか出来ない。今も空木に、人と人外という隔たりを感じているのが見て取れる。本当はとても繊細なクセして。いつも強がりやがる。

 野沢は密かにこわばっている彼女の背中を全力で叩いた。

「うぇい!」

 彼女の口から素っ頓狂な声があがり、しばし沈黙。見る見るうちに顔が赤くなっていく。

「……人が格好つけてる時に、それはないんじゃね?」

「そうか? 緊張しているように見えたから、リラックスさせてやろうと思って」

 彼は解っていた。彼女が人であることを。この世に生きる人間の中で、彼は誰よりも理解していた。彼女の弱い部分を。

「やれやれ。せっかく人が全能感に浸ってたというのに」

 言いながら、アマネがゆるりと地に足をつけた。両手を腰に当てて空木を見やる。

「さて。洞窟探検に異論があるやつはいるかね?」

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