日本一の父親

 中継地点の岡山駅に到着した。時刻は十四時五十分。テラ公からの連絡は無い。耳から聞こえてくる鳳仙達の会話も、突入時刻まで残り十分だというのにも関わらず、相も変わらない端的な会話が続いている。何はともあれ、なんとかここまでは順調に事を進めることが出来ているようだった。

 特別急行列車の『やくも十七号 出雲市行』が出発するまで約十五分。駅構内にある老舗の弁当屋でアマネが駅弁ときびだんごを買ってきた。弁当は二人分だが、きびだんごは両手の袋いっぱいになるほど大量に買い込んでいた。天狗の父親達への手土産にするらしい。

 二人並んでホームの椅子に座る。

「おいおい、まだ食うのか?」

「腹が減っては、戦は――」

「わかったわかった」

 彼女の言葉を遮り、差し出されていた弁当を受け取る。少し頬をむくれさせたが、食欲には勝てないのか、彼女の意識はすぐに弁当へと向いた。

 岡山名物である『えびめし』と『デミカツ丼』を食べ比べ出来るという、贅沢な駅弁を頬張りながらアマネが言った。

「あ、そういえばカルラちゃんについて話をしていませんでしたね」

「そういやそうだな。探すっつって、なんやかんや動けなかった。つか迦楼羅天ってどこにいるんだ? 近いなら協力を頼めねえかな」

「八王子の高尾山にいることも多いデスネ」

「は?」

 その途端。ご飯粒を盛大に吹き飛ばしながら、野沢が吠えた。

「友人町からめちゃくちゃ近えじゃねえか!」

「そうなんですけど、既にお父さんと一緒にいるみたいですから」

 野沢は首をかしげた。

「どうして分かる。どっかで会ったのか?」

「アッキーは天狗についてどこまで知ってます?」

「お前のことしか知らん」

 アマネはふふっと笑って、大天狗達について説明を始めた。

 まず代表格である八人の天狗がいること。彼らは大天狗と呼ばれ、人間に深く関わってきた者が多い。その力は圧倒的で、日本に棲むと言われる十二万五千五百の天狗を眷属としているそうだ。大天狗は京都に棲む愛宕あたご山太郎坊と鞍馬くらま山僧正坊以外は各県バラバラに棲んでいる。そのため、各々が各地に棲む天狗を配下として従えているのだという。

「で、カルラちゃん――迦楼羅天も実は天狗だと言われていまして、その名を飯綱三郎と言います」

 錦糸玉子をえびめしと絡めて口に運ぶ野沢。先ほど自販機で買ったほうじ茶で喉を潤すと、彼女への返事を飛ばした。

「ボイスレコーダーであの魔縁天狗が言っていた奴か? お前の母親を攫っていった羽男」

「ご明察。おとっつぁんが手を回していたのか、お父さんが連絡したのかは分かりませんけどね。お母さんは間違いなく、伊賦夜坂にいると思います」

「そうか。それなら安心だな」

「ですです」

 なんやかんや話していたら、丁度『やくも十七号』が滑り込んできた。二人してかかかっ!と、飯をかきこむ。喉を詰まらせた様子のアマネにほうじ茶を差し出し、なんとか完食。指定席の切符を確保してはいたが、万が一乗り遅れたら大変なことになる。二人は急いで、列の最後尾に並んだ。

 が、取り越し苦労だったようで、スムーズに指定席へと座ることが出来た。出発までの短い時間を待っている間に、アマネが明るい話題を振ってきた。

 どうやら今回は勝ち戦になる可能性の方が高いらしい。というのも、戦力が雲泥の差だからだという。あくまで憶測らしいが。

 アマネの父親である愛宕山太郎坊は日本一の大天狗であり、従える眷属の数も随一である。また飯綱三郎も東日本の代表格として君臨しており、眷属の数は太郎坊の次に多いとのことだった。

 彼女の見解によると、真っ向からぶつかり合えばこちらが勝つのは間違いないようだ。

「ただ、裏切ったのは誰なのか……ということなんだよなあ。あのクソ天狗がほざいていた『ストク様』ってのが、あの悪名高い崇徳天皇だとすると、相模坊(さがみぼう)あたりが有力だが……」

 首をひねりつつ、今度はニヤけるアマネ。窓際に座る野沢が腕を組んで、口を曲げた。

「なんだ」

「いやね。まさか私のおとっつぁんが日本一の大天狗だったとはなあ。と思っテネ。まあ確かに太郎さん太郎さんとは呼ばれていたけど、太郎なんて名前どこにでもあるし、まさかとは思ってたけど、そのまさかだったとはなあ」

 アマネはでへへと顔を弛緩させた。

「あんまり楽観視すんなよ? 敵さんもまだ得体の知れない部分があるんだからな」

「分かってるってー。ええ、もちろん分かってる。分かってマスヨー」

 実に不安である。

 野沢は口を尖らせて背もたれに身体を預けると、両手を頭の後ろにやった。

 道理でコイツから焦りを感じないわけだ。怒ったり悲しんだりはしても、焦ってはいない。なぜなら自分の父親が日本一の大天狗であり、その盟友がナンバーツー。どちらもアマネ達の味方で、圧倒的な戦力を有している。焦るわけもない。

 だが……それは敵も分かっているのではないのか?

 アマネから聞くところによると、天狗は元々、仏に遣わされた御霊であったり、妖怪であったり。さらには厳しい修行を得て悟りを開いた人間でもあったという。

 そこらの凡人とはわけが違う。利巧かつ明哲。人を心酔させるカリスマを持った奴らが辿り着いた境地が天狗だ。

 そんな奴らが勝算もなくして、己が欲望のためにトップツーを裏切るだろうか。

「おとっつぁんに会ったら、まずは何を話そうかなあ。でもとりあえずはグーパンかなあ。一人で勝手に突っ走ってからにもう。周りが見えなくなって暴走するおとっつぁんのクセは、目に焼き付くほど見てきてるからなあ。迷惑被るこちらの気にもなってもらいたいね! よし、まずはたっぷり怒ってやろう。土下座させてやるぜ! そんでそれから――」

 ……周りが見えなくなるクセはお前もだろう。と、ツッコミの言葉が喉元まで出かかるが、嬉しそうにのべつ幕なし喋るアマネを見ていると、なんとも言いづらい。

 何かあったら俺が全力で守ってやらねえと。

 彼は心の中で独りごちると、決戦に備えて一眠りすることにした。岡山駅から米子駅まで約二時間の電車旅。仮眠を取るには丁度良い時間である。

 野沢は目を閉じ、これからの展開を想像した。思いつく限りの展開を絞り出し、どんな展開になろうともアマネを守れるように工夫を凝らしながら……眠りに落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る