妖怪探偵協力戦線

 妖怪組と探偵組の両方が準備を整え、妖怪研究事務所に再び集まったのは一時間後。午前九時であった。妖怪コンビはアマネの実家へ。鳳仙は探偵事務所へ、幽奈は自身の所属する協会へと準備をしに戻った。

 探偵コンビは万全の準備を整えてこられたようだが、妖怪コンビの方は上手く事が運ばなかった。

 

 アマネの実家には警察の手が介入していた。三十三人の変死体が転がった大事件である。野次馬も含めて、山吹邸には相当の人数が集まっていた。

 これでは妖具を取りに行くことが出来ない。往生際の悪い二人はしばらく警察の目を盗んでの侵入を試みていたが、マイクを持ったマスコミらしき女性に「あそこに怪しい二人組がいます!」などと騒がれてしまったので、退散を余儀なくされてしまった。

 それを鳳仙に話すと、

「ああ、それは私が通報したせいですね」

 と、さも当然かのような態度で口にした。

「このボケナスが!」

 アマネから鉄拳が三発飛んだ。常識としては通報するのが当たり前である。だが今回は状況が状況だった。優秀な妖具を持ち出すことが出来ないのは大きな痛手だ。さらに、警察に地下室を発見された場合は妖具を押収される危険性も十分にある。鳳仙はとんでもないことをしてくれた。

 おまけだと言わんばかりに、アマネの前蹴りが炸裂する

「ああん!」

 すると鳳仙が嬌声を上げて路上に倒れ込み、実に嬉しそうに身悶えた。二つの意味で腹を立てた野沢が追い打ちをかけようと足を持ち上げた。鳳仙が地べたから野沢をキッと睨む。

「おい野沢。その足を私に近づけてみろ。社会的に抹殺してやる。このときめきは私だけのものだ!」

 とてつもなく気持ち悪い。

 野沢は汚物を見るかのような目をしながら、反射的に足を降ろした。

「あんさあ。さっきは空気を読んで黙ってたけどさ、あたしはアマネの父親のところじゃなくて、とっとと藍玉をシメに行きたいんだよね」

 幽奈が片眉を下げ、ガンを飛ばしているかのような顔で言った。彼女は白いノンスリーブブラウスに、黒のアシンメトリースカートというシックな出で立ちをしていた。彼女がよく着ている格好である。どうやら彼女の仕事着らしい。

 探偵コンビは妖怪コンビと比べて、積極的な行動を見せることが多い。それは幽奈の攻撃的な性格もあるが、頭が切れる鳳仙の存在が大きかった。

「危険すぎるだろう。国家がバックについた秘密組織だぞ。所属している人数の規模も、セキュリティも分からない。ヘタしたら侵入する前にとっ捕まって終わりだ」

「うるせえ脳筋野郎! 少しは頭を働かせろやボケ!」

 野沢の指摘に対して幽奈の暴言が飛ぶ。びくりと肩が震えた。

「私が如何に優しい女か分かったろう?」

「ああ……そうだな」

 キツイ言葉に傷つく彼の肩に、アマネの手が乗った。

 と、鳳仙が起き上がってシャツを叩く。

「なんでも屋は、なんでも出来るから、なんでも屋。探偵を甘く見てもらっては困る」

 すると彼は、懐から高そうなペンとメモ帳を取り出した。メモ帳は専用の黒いカバーに覆われていて、なんだかいけ好かない。

「アマネさん。藍玉について色々と質問させてください」

「別に構わないが……」

 

 言われるがまま、アマネは質問の嵐に襲われた。

 立ち話では何だからと、近くの喫茶店に移動して、小一時間ほど質問にひたすら答える時間が続いた。

 ようやくまとまったのか、彼はパタンとメモ帳を閉じた。

「ありがとうございました。侵入に必要なのは藍玉のIDカード。そして虹彩、指紋、静脈の偽造データが二人分か……思ったより甘いな。――ところで野沢さん、小室さんと連絡先を交換してますよね?」

「お、おう。よくわかったな」

「交換していなかったら、張り倒しているところでした。取り次いでいただいてもよろしいですか?」

 野沢はアマネと顔を見合わせた。やがて渋々といった様子で、ジーンズから携帯を取り出し、小室へ電話を掛ける。

 ――鳳仙に携帯を渡してから十分ほど経過した頃。彼はメモ帳を開き、ペンを動かし始めた。小室の電話番号をメモしているようだ。

「ええ、ありがとうございます。……はい? ええ、お話にあった第三倉庫の木箱の中に入れておきます。ええ、携帯端末は応接間の花瓶の中に。ええ、防水ですので。はい、それでは」

 ピッと、電話を切って野沢に手渡す。メモ帳とペンを懐にしまい、今度はタバコを取り出した。彼からの「どうです?」という勧めを受けて一本もらう。続けて、幽奈が横から手を伸ばし入れ、一本抜き取る。

 野沢が二人の通話の中で気になるワードが出たので聞いてみる。

「木箱やら花瓶やら、なんの話だよ?」

「藍玉をぶっ壊す打ち合わせですよ」

「んん?」

 両端の口角だけ持ち上げる鳳仙。小室と何らかの作戦を立てたのだろうか。首をかしげながら、野沢はジーンズからライターを取り出した。

 各々のライターが灯る音が、静かな店内に響く。

「一気に親父くさくなったなあ」

 ずっと黙っていたテラ公が口を開いた。巫女服の袖で口と鼻を覆っている。タバコの煙が苦手らしい。アマネが立ち昇る煙を目で追いながら言った。

「すまんな。九条」

「アマネさんの一大事です。たとえ火の中水の中。身を粉にして尽力いたしましょう」

 野沢が灰皿にタバコを押し付けて、探偵コンビを見た。

「マジで二人だけで行くのか? アマネの父親達を引き連れて、一気に崩壊させた方が早いし安全だろう」

 今にも噛みつかんとする幽奈を手で制し、アマネが口を開いた。

「おいおいアッキー……九条に活躍の場を与えないつもりか?」

「あん?」

 なんだかよく分かっていない野沢。見かねたアマネが説明を始めた。

 まずご存知通り、鳳仙が人のプライバシーを覗き込むプロであること。他人の情報を商品として扱い、それを依頼人に売って生計を立てている探偵という職業であること。

 そして仮に四人と一柱で伊賦夜坂まで行き、アマネの父親と合流。その後、藍玉へと総力を注ぎ込むとする。

 ――その時。藍玉は大人しく組織への突入を許すだろうか? 黄泉の国へのゲートを開かずに待っているだろうか。

 答えは、否だ。

 奴らは、早急に手を打つ。適当な理由をでっち上げて国に支援を要請したり、黄泉の国への侵入を強引に押し進めるだろう。もしかしたら小室も知らない強力な兵器を隠し持っている可能性もある。

 敵の人数だって正確には分からない。向こうは命を奪おうと、どうとでも言える立場だが、こちらは命を奪うことをはばかられる立場だ。『極楽湯』の時にもあったが、命を奪わずに大人数の相手するのは骨が折れる。間違いなく足止めを食らうだろう。

「ああ……なるほどな」

 そこまで説明されて、ようやく野沢も気が付いた。

 鳳仙と幽奈を先に潜入させておくのはとても理にかなっている。鳳仙はハッキングに通じている。その手腕を駆使すれば、密かに重要なシステムをダウンさせることが出来るかもしれない。祓魔師ふつましである幽奈がいれば、黄泉の国へのゲートを開こうとする天狗の妨害が出来るかもしれない。

 確かに合理的だ。各々の能力をふんだんに使える。だが……それでも危険なことには変わりないのだ。

 野沢は探偵コンビをまじまじと見て言った。

「絶対に無理はすんなよ」

 二人は神妙に頷いた。

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