ほしふるよるに体温を

零-コボレ-

ほしふるよるに体温を

「星が降る夜、って、いったいどんなのなんだろうね、落ちてきたところには星屑が散らばるのかな」

あなたの質問は時々幼い子供が発したみたいだ、童話やおはなしの世界に出てくるような単語を現実のものとして捉えている。…いや、実際はあなただってきっと理解しているのだ、妖精の住むお花畑がないこと、生まれ変わりなんてあるのかわからないことなんて。

それでも、…あなたは、僕にそう言った質問を投げかけることで、何かを知ろうとしているのか?わからない、あなたは単純で単純な人間だ、辛いから泣くし嬉しいから叫んでとびはねるしさみしいから僕の体温を奪いに来る。何も隠さない、それこそ本当に幼い子供の様なのに、あなたのことはわからない。いや、だからこそわからないのかもしれないけれど。

とりあえず、あなたの方を向いて、「いや、ここまで星が落ちてきたら逆に困るよ?危ないし基本は大気圏で燃えてしまうしね。・・・星降る夜、ってのは流星群が多い夜のことを指すんだろう?」と言ってみる。

「むぅ・・・きみってば、面白くない」

「なんだよ・・・僕はあなたみたいなメルヘンな頭はしてないんだよね」

すこしお子様対応をしていることが伝わってしまったのか、あなたがさらにむくれる。

「・・・いつも通り、きみはひどい」

あたしそういうとこ嫌い、と拗ねた表情のまま、僕の肩にもたれかかる。

その体温が嬉しいくせに、口から出てくるのは、

「嫌いなら来なくていいよ」

「・・・いじわる」

「いじわるでごめんね」

そういってあなたのかみのけをゆっくりと撫でる。そういうとこ、ずるいよ、なんてあなたの呟きは誉め言葉として受け取っておこう。

奪われていくのはあなたの体温か僕の体温か、ベランダの長椅子に二人並んで座って夜空を見上げる。コートを着てカイロを貼りまくり、手袋そしてマフラーもしっかりとしたうえで一枚の毛布で身をくるむ。

「・・・きみ、風邪ひいたりしない?」

「それはどっちかというとあなたの方が心配なんだけどなぁ」

虚弱、とまではいかないがそこまで身体が丈夫じゃないのだ、こんな寒空の下に長時間、なんて大丈夫だろうか。

毛布の中、カイロを挟んで握り合った手のひらは暖かくても甲は冷たくて。

「あたしはいいの、だって流星群を見たいって言いだしたのはあたしだもん」

「・・・そうだけどね、…まぁあなたがそうしたいならそうしたらいいけど、九時半までね」

「わかったよ、あたしの保護者さん」

ふふん、と満足そうに笑って、つと目を上に向ける。

「あ、いま、流れた」

「えっほんとに?あなた目悪かったよね?」

「それでも見えるものは見えますー、あ、ほら」

ね、いま流れたでしょ、きみは見えた?と嬉しそうに訊いてくる。

「・・・あー、今度は見えた」

「ほんとに?」

「ほんとだって、嘘ついてもしょうがないだろ」

「確かにそうね」

ぴったりと寄り添っても分厚い布が僕らを隔てる。

それでも、この手からつたわる体温のぬくもりだけは、きっと信じていいんだろう、信じるべきものなんだろう。

僕のぬくもりがカイロのせいだけじゃないように、この時のあなたのぬくもりもカイロのせいだけじゃないんだっていうことも、なんとなくわかったような気がしていた。

気がしていた、だけなんてことは起こるはずがなかったんだ。


ながれぼしはきえるものだよとあなたはいった。

きれいなものってすぐこわれるのよねとあなたはいった。

それでも、・・・それでも、あんなにおしゃべりだったあなたは、「あたしもうすぐいなくなるの」なんて一切言わなかったじゃないか。

クラスメイト達の一時間後には乾く安い涙、それらをどこか別の世界、映画かアニメを見ているように、きみょうなほど冷静に僕は眺めていた。

アンタあのこに何かしたの、そうあなたの友達に訊かれた。問い詰めるような強い口調、なんで僕の所為みたいに、という言葉を呑み込んで別に、という冷たい一言、アンタなんでそんな平気なのよ、と言いながら真っ赤になった目はきっと数時間後には赤味も消え失せている。他からも「あの子との間になにかあった?」という質問が矢鱈飛んでくる。知らない、別に、のオンパレード、知ってても言う気はないし逆に誰か教えてほしい。

最初に発した言葉が「なにかあった?」じゃなくて「お前大丈夫か?」だった友人数人との帰宅途中は全く覚えていない。よく家までたどり着けたものだなと思う。もしかしたら玄関口まで送ってくれたのかもしれない、いずれにせよ全く覚えていなかった。


_____即死であまり痛みは感じなかったと思われるそうです、

・・・嘘だ、だってあなたは痛がりだから、きっとものすごく痛がってたに決まってるじゃないか、

カラッと晴れた日の朝、担任の先生から淡々と告げられた事実にざわめく教室。

大型車両にはねられて、なんてよくある話過ぎてあなたらしくないなぁ、

どうやら何人かを轢いたようで、あなたは六番目に轢かれたらしく、よけようと思えば避けれる位置にはいたらしい、

何で避けなかったんだろうなぁ、あなたいたいのは苦手じゃないか、

疲れてて避ける暇もなかったのかなぁ、あなた反射神経ほぼゼロ値だしなぁ、

と空いた席を見つめて、どこか他人ごとのように聞いていた。

実感があったのは数日たってからだった。

あなたとの連絡は基本三日に一度くらいはしようと思っていた。あなたが寂しがり屋だということは理解していたので、あなたがさびしくてつらくなるまえに、気の利かない話題すらも思いつかなくても。

あまり何も考えずにあなたへの文章を打って、送信したところで気が付いた。

・・・もう、あなたから返信は返ってこないのだと。

もう既読は絶対につかないあなたへ呼びかける言葉を、それでも送信を取り消すことなんてできなくて、

僕は初めて泣いた。

壁にかけているカレンダーの予定がいくつか消えてしまうこと、お小遣いの使い道をほぼ趣味に充てれてしまうこと、あなたへの連絡が必要ないこと、あなたの好きなお菓子をストックしておく必要がないこと、

全部全部一気に襲ってきたのだ、自分でもわかってなかったような痛みと辛さだけがただただ流れてくる。

もうあなたのけらけらと笑う声を聴けないこと、柔らかい肌に触れられないこと、ふわふわとした髪の毛を撫でられないこと、

あなたの少し低めの体温の指に高い体温の僕の指を絡められないこと、抱きしめたときに首筋にふれるあなたの頬の暖かさに触れられないこと、

全部全部失ってしまったのだといまさら、

もうあなたに触れたところであなたの体温は奪えないのだ、僕の体温はあなたを暖めることもできなくて、僕の体がただただ冷えていくだけなのだ、

・・・いや違うか、もうあなたの肌に触れることはできないのだ、焼かれてなくなったのを僕は知っているじゃないか。

まだ幽かに残っている気がするあなたの体温、感触・・・

いつか零れ落ちて消えてしまうのだろうか。

いっそのこと僕すら燃えてなくなってしまえばいいとか思いかけるけれど、僕にそんなことが出来るわけないと気が付いた。あなたを失ってものうのうと生き続けられる自分に嫌気がさした・・・けれど、たかだか高校生の恋愛だ、ピリオドなんて意外と間近だったりしたかもしれないじゃないか、

そうやって自分に言い聞かせる、言い聞かせるしかないのだ、

だって失った今更「もっと好きといいたかった」なんて、ほんとうにこれはもうどうしようもないのだ、あきらめて、風化していっていつか想い出として脚色の加えられた体温を思い出したらいいのだ、

なんて思っているくせに反発する自分もどこかにいる。

・・・なんだよ、僕は面白くなくて冷たい人間なんだ、さらっと忘れられるはずだ。

そう思うほど鮮やかにあなたのことが蘇るのはなんでだろう、いっそのこと記憶からあなたが抜け落ちたら楽なのに。

油性ペンでたくさんの丸が付いたカレンダーをかえてしまおうと手に取る。

キャラメルはどこに置いたっけな、僕はあそこまでべたべたに甘いものは好きじゃあないのだ。

机の引き出しから取り出し、どうしようかとぐるりと部屋を見渡した時に、自分の手にあるカレンダーの今日の日付が水色のまるで囲われているのを見つける。

どうやら今日はあなたと会うはずの日のようだったらしい、考えたくもないや。

と思ってるはずなのに、確か今日は流星群だとかなんとか言ってた気がする、ということまで思い出した。

別に星に興味があったのはあなただけだし、自分自身はそこまでだったはずなのに、無意識のうちに僕はコートを着てベランダに出ていた。

ひゅう、と風が吹く。寒いのはわかっていたはずなのに少し後悔する。

自分の体温はもう自分で暖めるしかない、なのにカイロを持ってくるのを忘れてしまった。手袋をしたうえでコートのポケットに突っ込み、上を見上げる。

たしか初めて流星群をみたとき、あれは夏休みの事だったと思うけれど、あなたは「流れ星だから願い事考えなきゃ」、なんて言っていた。「地球に落ちてくる塵じゃんか」、なんて僕は返したんだと思う、そしたらあなたは「おもしろみがないー現実的ーもっと夢もとうよー」なんて拗ねたもんだっけ。

もうあの拗ねた声は聞けないのか、とふと思って、これから「もう~できないのか」ってどれほどの回数思わなくちゃいけないのかと考えて嫌気がさした。

きらり、と視界の端で流星が光る。

はじめは数個だったのにどんどん増えてきて、「願い事したい放題だな」なんて、すこしは夢見がち発言でもしておくか、とここまで思って虚しさに冬の寒さをより一層感じる。

願い事、か。

あなたは最初こそ内緒とか言った割に「きみとずっとにいられますように」って意外と早く口を割ってくれたっけ。矢鱈照れるもんだからこっちも恥ずかしいって、とおもいながらそれを悟られぬようあなたをいじった。

もし、そうだな、僕が今、願い事をするなら。

「一刻も早く、あなたを忘れられますように」

ぼそり、と呟き、あー何言ってんだ僕、と正気に戻って呟いた後。


「なにゆってるのきみ、やだなぁ」

ふりむいた。そこには半透明に透けたあなたが立っていた。・・・なんてあなたが好きそうな展開にはならず、ただひたすら、もう懐かしいとさえ感じてしまう声が聞こえただけだった。

「え、あなた、なんだよね」

「きみなら聞き間違えないでしょう、ほかでもないあたしよ」

そういってけらけらと笑う。

「・・・あなた、此処で何やってんだよ」

「いやあそんなこと言われてもあたし知らないよ、突然ふっと、意識が戻ったらきみがみえた」

「え、あなたにはこっちが見えてるの?」

こっちは見えていないのにそりゃあないよ、と言おうとしたら、大丈夫、そんなはっきり見えてないよと言われた。いやそれ見えてんじゃんか。

「全く・・・死んでも騒がしい奴だなあなたってひとは」

「やだなぁ、さみしかったでしょー、あたしがいなくて」

「いや?別に?」

「うっそだぁ、じゃあさっきのお願いは何よー、寂しいから忘れたかったんでしょー?」

ふふふん、と笑うあなたの顔が目に浮かぶ。

「・・・いや普通に何も思わずこの数日過ごしてたけど」

「まってそれは普通にショックなんだが」

ふぅ、ときみは溜息を吐く。ついでに僕も。溜息はあまりにも白かった。

「それにしてもあのお願いはあたし傷ついちゃうなー、とり憑きたくなるなー、」

今の状況のあなたならやりそうで怖いなー、なんていったらあなたはまたけらけらと笑う。

「そりゃさー、きっとこうやってお話しすることはできないだろうし、きみの中から僕という存在は消えていくと思うんだけど、それでも時々は思い返してほしいなんてわがままかな、僕を覚えてるのはきみだけでいいんだよ、それだけで十分、逆にそれがなきゃ嫌、」

かなりさみしそうなあなたの声、こういう時は、そう嘘でもいいから寄り添うべきなのだ。

「わかってないなぁあなたは」

「え?」

きょとん、とした声を出したあなたに言う。

「あなたが前お願いした『ずっと一緒にいる』はかなわなかったわけじゃない、だからこそこうやってお願いしたら叶わなくなるんじゃないかなぁって。そうしたらあなたのことを僕がずっと覚えていられるじゃない?」

そう一息に語ると、あなたはすこしわらって、

「そういわれたらそうかもね」

よし、うまくいった、と思った直後に、

「それ今考えたでしょー」

笑いながらあなたはそういった。

「そうですねー、今考えましたねー、」

さらっと認めるとあなたはますます笑う。

「だよね、きみがそんなゆめみがちなことを考えてるわけないもん」

またけらけらとひとしきり笑った後で、三拍ほど間を開けて、あなたは(見えてないけど)口を開いた。

「ぅーん、そろそろあたしいかなきゃ」

「行くってどこに」

「わかんないけど、きっと、時間切れ」

そういったきりなにも声が聞こえなくなった。

「・・・あれ?いなくなっちゃった・・・?」

「いやいるけど」

「いるならなんで黙るんだよ・・・焦るじゃないか」

「ん、そうじゃなくて、」

そういわれて、どうやらあなたが何かをしてるらしいということを察した。

「・・・あのねー、こちらからはあなたが見えないんですわ」

「あっそっか」

慌てたようにごめんね、とあなたが言う、そして、

ふわっ、と何かに包まれたような感触。

空気が体温より少しひくくなったような、そんな感触。


それが数秒続いたあと、すっ、とまた空気が元の温度まで下がったのを肌で感じる。


「最後だから、ちゃんと触れられなくてもきみに触れたかった」

「うん」

「あのね、いつも最後にぎゅってしたがるのはきみの体温できみが生きてるってことを感じたかったからなんだよ」

「うん」

「きみの体温を感じるたびに愛してくれてるなって思ったわけよ」

「うん」

「きみと星を見たらさ、夜だから気温が下がってさ、くっつけるから好きだったんだよね、星見に行くの。・・・もちろん星自体好きだけど」

「うん」

「なんでうんしかいわないのよー、ひどい」

「・・・・」

「もっと好きって言ってあげればよかったね」

「僕こそな」

「もっと一緒にいれたらよかったね」

「僕もほんとにそう思ってる」


「すきよ」

「だいすきだよ」


あなたがいるはずの場所、手を伸ばしたってもちろん虚空を掴むだけだった。

あのあたたかさにもう一度触れたいと、そう願ってしまう。もともとのあなたより低い体温であったとしても、それがあなたのぬくもりというなら。


伸ばした手を引っ込めようとしたとき、

ぎゅっ、と何もない方向に手が引っ張られる。


「覚えていてね、これがあたしの体温。きみをもう二度と暖めることはできないから、そうね、寒くなったらでいいわ、寒い時だけあたしを思い出してね」

「夏場は思い出さなくていいのかよ」

「むぅ・・・ひどい、きみなんてクーラーガンガンにかかった部屋で夏風邪ひけばいいよ」

ふたりのわらいごえがひびく、いつだって僕らはこんな風だった、だからきっと、終わりのこの時もこうやっていることは正解なんだろう。


「じゃあね、今度こそ」

「ん、バイバイ」

「また来世で」

「さすがに会わない」

「執ね…愛の力でなんとかする」

なんだよそれ、って返すと同時に、ふふふ、と笑い声がして指先からあなたの体温が消えた。


いや、ちがうか、消えてないのか。

どんだけ時がたって擦り切れようが脚色されようが捻じ曲げられようが、

今はまだ指先が覚えているこの体温は、たしかにあなたの体温だから。


またこんな星降る夜には、あなたの体温を思い出そう。

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