色の逡巡
第36話
【四月八日】
すっかり季節は春になり、外には満開の桜が姿を現していた。
そんな今日、僕は出かける。
大学時代の友人に、久しぶりに会うのだ。
あいつらと会うのは一年ぶりだから、僕もそれなりに楽しみで、母に買ってもらったコートを着ていくことにする。
「楽しんできなさいよ」
母さんは夜ご飯を作りながら、言った。
「うん、分かった。でも、何かあったらすぐに電話してね」
言うと母は「分かった」と答えた。
父さんにも言っておこうと思ったが、珍しく自室に籠もっていて、結局話すことはなく、僕は家を出た。
外はそれなりに寒く、それなりに暖かい、春らしい気候だった。
僕は川沿いの桜並木を歩く。
結局、あれ以来、日比谷に会っていない。
今どこにいるのか、何をしているのかは、僕にも分からない。でも、きっと、人は殺してないと思う。きっと.........
目の前の桜はライトアップされていて、淡い桜色が僕の目に映る。
桜の色は桜色だ。それ以外の何色でもない。だから人は桜に目を惹かれるのかもしれない。普段見ることが出来ない色を見ることが出来るから。
僕はそんなことを考えながら、桜を見る。
桜の花びらが行く宛もなく、散っていた。
* * *
「佐原ぁ、こっち」
少し洒落た店に入ると、懐かしい友の声がした。僕は素直に声のする方に向かう。
店名が『secret』なだけに、中は完全個室制だった。僕はその内の2-3に入る。
すると、懐かしい顔が僕を顧みた。
「久しぶりだな」
「いや、本当久しぶりやな」
「いや、本当すごい久しぶりだな」
みな口々に同じことを言う。
面白みのない奴らだ。
「みんな.........久しぶり」
まあ、僕もそれ以外に言うことがないし、実際に久しぶりだと思ったから仕方ない。
僕は友を見渡す。
同じサッカー部として一緒にプレーしてきた
この三人と大学の時はいつも遊んでいた。
謎に桃太郎について研究してみたり、コナンの犯人当てを百円かけてやっていたり。
くだらないことを本気でやっていた。
結果、桃太郎黒幕説が生まれ、僕はみんなから貰った百円で、『うまい棒』を三十本買って、それを全部繋げて『うまい塔』を作ったりした。
小学生と同じレベルのことを、今まで培った知識を使って大学生がやると、なかなか面白いものが生まれる。
桃太郎だって桃の遺伝子的知識を持ってなかったら黒幕説は出てないし、『うまい塔』だって物理的法則を知らなかったらきっと途中で倒れているだろう。
僕らはいつも本気で、少しアホだった。
「おーい、早く座れよ」
勝也が僕を呼ぶ。
少し、思い出にふけりすぎた。
僕は勝也の隣に座り、進藤と、瑞季に向かい合う。みんな、何も変わってなかった。
髪型も、しゃべり方も、ファッションも、笑い方も、目の輝き方も、そして手の色も。
みんな、緑色の手をしていた。
「お前、青なんやな」
瑞季が可笑しそうに、でも悲壮に笑った。
「まあな、カッコイイだろ」
「そうか?」
「同期に言われたんだよ『カッコイイっすね』って、いいだろ?」
「変わった同期やな」
今はこの世界にいないけど、とは言わない。居なくても、言ったことに変わりはないのだから。
「なあ、佐原。お前、人殺したか?」
進藤がいつも通り、目を真っ赤にしながら言う。こいつは重度の花粉症なのだ。
「まだ、殺してない」
僕は出されていた枝豆をつまみ、これまた先に出されていたビールを飲む。
「そうか.........へっくし......」
.........なんかあれだな、軽いな。
話は色について、ではなく個々の活動について話すことになった。
勝也は実家の揚げ物屋の手伝いがなかなか上手くいかないことを話し、瑞季は付き合っている彼女がとてつもなく重いことを話し、進藤は教え子の純粋さを話した。
流れ的に次は僕だ。
何を話そうか、少し悩む。
「佐原は? 何かあるか?」
分かりやすく、進藤が振る。
僕は話すことを決め、ビールを一気に飲んでから言った。
「先月、仕事辞めた」
三人がみな一様に、驚く。
僕はそれを笑い、続ける。
「一年後には死ぬからな」
三人は一瞬で理解してくれた。
僕が人を殺さないことを。
「そうか、佐原らしいな。そういえば...」
進藤はそう言って、話を変えた。
正直、ありがたかった。
今はみんなで楽しい話をしたい。
生きていけない何十年分、
僕は今、
みんなと話をして、
声をあげて、
くだらない話をして、
腹を抱えて笑っていたかった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
説明書 No.36
あなたは母から産まれ生かされ、
あなたは寿命や病気に殺される。
あなたはいつだって受動態だ。
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