第37話

 楽しかった飲み会は零時が近づき、お開きとなった。会計はもちろん割り勘で、余った二円は店に寄付することにした。


 店を出ると、火照った頬に涼しい風が当たり酔いと、熱が少し冷める。


 「じゃあな。また来季にでも会おうぜ」

 進藤が言って、その他が「ああ」とか何とか言って会うことが決まった。

 僕と進藤は東、勝也と瑞季は西の方に家があるため、今ここで二手に別れる。

 

 「じゃ、また今度」

 勝也が手を振って、

 「またね」

 瑞季が手をひらひらさせる。


 僕は............

 「また、変わらず会おう」

 そう言って、僕も身を翻した。

 またみんなが何も変わらず会えるように。


 そう祈った僕は進藤と肩を並べて歩く。

 

 そうやって数分、進藤と帰路を歩いていると、来た時に通った桜並木に差し掛かった。

 気のせいだろうか、来たときよりも花弁が少なくなっている気がする。

 僕がそうやって儚さを眺めていると、進藤の声が聞こえた。


 「なあ、佐原。お前は殺さないのか?」

 進藤の真っ赤な目は、もう暗くてよく見えない。でも、何を言いたいのかは分かる。


 「殺さないよ。人もあくびも」

 僕はそう言って、大きなあくびをする。

 最近、規則正しい生活を送っているせいか、すでにもう眠いのだ。


 「なあ、真面目に話そうぜ」

 進藤は昔からこうだ。

 遊ぶときはアホみたいに遊んで、大事な時は真面目に、堅実になる。

 サッカーでもそうだった。

 

 センターバックだった進藤は試合中は堅実で堅い守備をしているが、遊びのサッカーになるとゴールキーパーだったはずの進藤がいつの間にか前線に来て、シュートを打っている。そんな奴だ。


 「人を殺さないと殺される、てのはもちろん分かってるんだよな?」

 

 「ああ、分かってる」

 進藤はいい奴だ。

 でも、僕は止めて欲しくない。


 「お前は怖くないのか。死ぬこと?」

 進藤は本当にいい奴だ。

 でも、僕は本当に止めて欲しくない。


「人を殺すぐらいなら死んだ方がましだ」

 言うと、進藤は笑った。

 「そうか、ほんとお前らしいな」

 僕は少し、ほっとした。

 質問に答えなかったことを、進藤に気づかれなかったからだ。


 進藤は言った「お前は怖くないのか」と。

 だから、本来ならば僕は、怖いか怖くないかで答えなくてはいけない。

 だけど僕はこう答えた。

 人を殺すぐらいなら死んだ方がましだと。


 僕が論点をずらした理由は簡単だ。

 その質問に、答えなくなかったから。


 僕は確かに人を殺すぐらいなら死んだ方がましだと、本心で思っている。

 

 でも、死が、怖いか、怖くないか、で言えば、怖い。

 考えるだけで、足が竦むくらい怖い。


 だから、それを進藤に知られたくないから、僕は質問に答えなかった。

 

 ふと、僕が進藤の顔を見やると、進藤も僕を見ていた。やはり赤い目は見えない。

 

 「でもな、佐原。少なくとも俺は

  俺達は、お前に生きていてほしいよ」

 

 進藤は昔からこういう奴だ。

 僕はそれを無視し、家まで帰った。

 別れ際のさよならだけを言って、帰った。


 家に帰って、僕は友のことを考えた。

 勝也に瑞季に、そして進藤。

 あいつらだって死はそばにいるのだ。

 それでも、人を殺さないのは彼らも、僕と同じ気持ちがあるからだろう。

 

 そんなことを考えていると、ふと、僕はあることに気がついた。


    父と母が、家にいない。    




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.37


昨日を見れば、一昨日がある。

明日を見れば、明後日がある。

当たり前のようにあるその先も、死を見れば何もない。

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