第18話

 【一月九日】

 

 僕は有給休暇をとり、父に会いにいった。


 「失礼します」

 僕が病室に入ると、父は腹部に包帯を巻き、ベッドに身を預けて、本を読んでいた。


 「父さん、大丈夫か?」


 「ああ、この通り大丈夫だ」

 

 父は腕を上げてみせて、心配はいらないとでもいいたげに身体を起こした。

 それでも少し痛むのか、父の顔が引きつっているのが僕には分かった。


 「起きなくてもいいから安静にしてて」

 

 「大丈夫だと言ってるだろう。それより雅人、お前仕事は? どうしたんだ?」


 「父さんのこと伝えたら、会社から休みもらえたから大丈夫、安心して」


 僕が伝えると、父は少しは納得してくれたのか、頬を緩めてくれた。

 

 「昨日はごめん、なんか巻き込んでしまって...............」

 

 「いや、仕方のないことだ。彼は国の法律に則り、私を殺しにきたんだ。誰も文句は言えんよ」

 

 確かに、日比谷は犯罪を犯したわけじゃない。でも、不用意に人を殺し、そして父さんを負傷させたことに、僕は怒りを覚えていた。


 「ねえ、父さん。人は人を殺してもいいのかな?」


 難しい質問だったかもしれない。

 父は眉を曲げ、少し思案して言った。


 「俺は、人は人を殺してはいけないと思っている──だがな雅人、人は時には環境に対応しないといけない時もあるんだ」


 「じゃあ今なら人を殺してもいいのか?」


 意地悪な質問だってことは自分でも分かっている。でも、どうしても聞きたかった。 

 父は絞りだすように、僕を言い聞かせるように、言葉を出した。

 

 「雅人、この世界は美しくない。

 いくら正しく生きていても、世界に貢献したとしても、この世界からは何の見返りももらえやしない。だから今、殺したとしても人としての価値はなんら変わらない」


 ──だから、殺してもいいんだ。

   

   父は、はっきりとそう言った。

 結局僕が求めていた解答は、もらうことができなかった。

 

 ──人を殺したら、人じゃなくなる。


 数年前の父の言葉。

 それと今の言葉に、矛盾が生まれるのは仕方ないことだ。

 

 僕が一年間に一人でも殺さないと、僕が死んでしまう。

 だから父さんは前まで全否定していた人殺しを、肯定して僕に殺しを促しているのだ。


 でも、僕の気持ちは変わらなかった。

 例え、国が殺しを肯定しようとも、父さんが肯定しようとも、僕は人を殺さない。


 僕は狂わない。

 倫理のある大人として、人間として。


 「ごめんね、父さん。僕、人は殺さない」


 父さんは目を見開き、僕を見た。

 でも、どこかで納得したのか、静かに頷いてくれた。


 「雅人、俺はお前を誇りに思うよ」


 それだけ言って、父はベッドに身を預け、そのまま目を瞑った。

 

 父は無理に殺しを強要しなかった。

 僕は内心ほっとする。

 

 ここで「お願いだから殺してくれ」なんて言われたら確実に僕は父のことを軽蔑しただろう。

 

 父はやはり尊敬するべき人だと改めて思ってから、僕は病院を去った。


 

 人殺しになんて、死んでもなりたくない。

 


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.18


死の定義は「呼吸の不可逆的停止」「心臓の不可逆的停止」「瞳孔拡散」の3つをもって死亡したものとする。

 

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