第2話

 朝、目を醒まして、体を起こして、自分の手の甲を見る。

 もしかしたら夢だったかも、なんて期待はしない。裏切られたときに、落ち込まないように、確認だ、というつもりでさっと見た。


 手は、案の定、青く光っていた。


 心の隅でした期待が軽く、傷つく。

 久しぶりの実家のベッドは、懐かしい匂いと、懐かしい堅さが心地よくて、こんな精神状態でも少しだけ眠れた。


 母の朝ごはんを家族と食べて、これからの事を話しあった。

 今朝、送られた例の説明書を見ながら。

 

 「雅人まさと、お前はまず外に出て周りの様子を確認してきてくれ」


 僕は無言で頷く。

 

 「母さんは、俺と家で待機だ」


 東大卒の父さんの指示は的確で、それが最善策であると、僕も思う。

 何故なら、今、無闇に家からでて、殺されない保証はもう両親にはなく、仮に出たとしても両親には人を殺せないからだ。


 昔から父は僕にこんな事を言っていた。


「人を殺すと、その人は人間じゃなくなる」

 

 小さい頃からこう言って僕を脅し、僕が「じゃあ、何になるの」と訊くと「怪物」と答え、さらに僕を怖がらせていた。


 母だって、テレビの知らない人の死を悲しみ、泣いていたことを僕は何度か見ている。


 だから、両親に人は殺せない。


 でも、だから、その血を受け継いだ僕に、人を殺せる気がしなかった。人を殺すという感覚が、全くといっていいほど僕に備わってなかった。


 「ごちそうさま」

 僕はそう言って、家から出る。


 「…………えっ?」

 

 いつもだったら初詣に出かける家族がいたりして、ほどほどに人が歩いている家の前の道路。

 なのに、今は家族連れどころか、一人で歩いている人の姿すらなかった。

 

 僕がその光景にオロオロしていると智子ともこちゃんの姿が目に入った。

 智子ちゃんは僕の実家の隣家りんかの娘で、僕と歳も近いこともあって小さい頃はよく遊んでいた。懐かしい。


 「智子ちゃん、久しぶり!」

 声に気づいた智子ちゃんは笑みをこぼして、僕に駆け寄った。

 「まさくん! 久しぶ……」

 あと数歩のところで、智子ちゃんは止まった。

 「智子ちゃん、どうしたの?」

 僕は、不思議に思い智子ちゃんに駆け寄る。

 「雅くん!!……私に、これ以上近づかないで…」


 さっきまでの笑みは初めからなかったかのように消え、こわばった見慣れない表情になった智子ちゃんは、僕を睨み、そう言った。


 「どうして、なんで?」

 嫌われたのか、なんて考える僕はまだ、 

 僕の置かれた現状に気づいてなかった。


 「だって……雅くん、手が青いんだよ」

 

 「僕は、君を殺さないよ」

 この時、僕は初めて気づいた。

 

 「ごめん雅くん……君とはもう会えない」

 自分の置かれた、クソみたいな現状に。

 



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

説明書 No.2


国民の手の甲で光っているのは、マイナンバー制度時に埋め込まれたICチップである。

もし、取り外した場合、取り外した者を国が処罰する。

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