第3話

 「ただいま……」

 さっきのショックを隠しきれず、僕の声はいつもより幾分、トーンが下がる。

 

 「お帰りなさい。どうだった?」

 

 「ああ、父さんの言う通り、緑は誰もいなかったよ。白と黄色は数人、見かけた」

 

 「そうか、まあそうだろう」

 

 父は、少し考える素振りをみせて、コーヒーをすする。

 父は、うまくいかない事や、難しい問題があると、コーヒーを飲みながら考えて解決策を出す。それが彼のやり方だった。


 「とりあえずお前は、沙希さきさんの様子を見てきたらどうだ。心配だろう」  


 「あ…うん。昼から行ってみるよ」

 沙希は、僕の彼女だ。

 大学の時に出会って、それから現在まで付き合っている。

 確かに僕は沙希のことを、心配していた。

 それは、女だからとか、彼女だから、とかではなく、彼女が病人だからだ。

 それもかなり重い方の。

 

 でも、さっきの、智子ちゃんの件があって沙希からも怖がられるんじゃないか、って考えて、それが僕の心を重くしていた。

 

 メールをしてみよう。

 そうすれば会った時に、直接きずつく事もない。僕はスマホの鍵盤を叩く。

 

 【会いたいんだけど、大丈夫?】

 送ると、すぐに、返信がきた。

 【大丈夫だよ。私も会いたい】

 ここまではいつも通り。

 

 次が問題だった。打つ手が少し、震えた。

 【ごめん、僕の手、青いんだ。それでも沙希は大丈夫? 会ってくれますか?】

 

 最後が敬語になっていることに、送ってから気づく。震えが止まらない。

 沙希からの返信は少し、間があった。


 【もちろんだよ。雅に会ってちゃんと話したい。いつでも待ってるよ】


 その時、僕の震えが止まった。

 良かった、と心から思った。

 沙希が彼女で良かったとも。

 

 「父さん、僕、沙希に会いに行ってくる」

 

 僕は家を飛び出し、沙希のいる病院に向かった。今すぐ彼女に会いたかった。改めて好きだと伝えたかった。

 

 僕は、車で誰もいない街を駆け抜けた。

 信号に捕まることなく、病院につく。

 やはり、僕は青に、青色に愛されている。


 沙希のいる部屋に階段であがり、僕は沙希のいる病室につく。息を整え、ノックする。

 「はーい」

 扉越しに聞こえる沙希の声に、今までの不安が全て、きれいに消し飛んだ。

 ドアをスライドさせ、中に入る。


 そこに、沙希がいた。

 緑色に光る手を、目一杯にふり、僕をよんでいた。手を振る彼女を可愛いと思った。

 初めて、その人工的な光が描く弧を、美しいものだと思った。


 「雅くん、大好きだよ」

 彼女はそう言って、僕にキスをした。

 「僕も、沙希が大好きだ」

 僕はお返しに、彼女のほっぺたにキスをする。この瞬間が僕にとって幸せだった。

 

 

 僕はその時、人生の絶頂だった。

 それはつまり、僕はこれ以降その絶頂を超える幸せを感じることが、もうできなかったということだ。

 

 世界はそう簡単に、変わってくれない。 



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.3


緑に光る者は、同じく緑に光る者を一度だけ殺す権利を持つ。

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