北見将剛


【 1回裏 】



マウンドに立った北見将剛がバックネット最上部を見上げてキャップを取った。


・・・ オーナーズルーム ? いやVIPルームか ?


北見がマウンドから挨拶するような大物が観戦に来てるのか ?

しかし、ずいぶんと礼儀正しい選手になったものだ。

以前は完全に俺様キャラだったが …今ではすっかり大人の紳士。


そう言えば、北見のインタビュー記事を読んだ事がある。

2度の絶望が結果的に自分を成長させてくれたと語っていた。


1度目はあの神宮大会だった。

甲子園の決勝で準完全試合を達成し、奪三振記録まで更新し、大学1年の春には神宮大会で和倉に投げ勝った上に完全試合を達成した。

まさに絶頂期、南洋との準決勝で2点リードの9回に登板。ワンナウトも取れずに水野にサヨナラホームランを浴びた。

自分のせいで全てが台無し。名門校のありとあらゆる記録を途絶えさせてしまった。



北見が投球練習を始めた。

実に見事なフォームだ。


34歳にして球速の衰えはまったく見られない ……それどころか、そのステータスはさらなる高みへと上昇を続けていた。


元々165キロの記録を持つ日本最速ピッチャー。

だが通常のピッチングは多彩な高速系変化球が中心でストレート率は10%に満たない。

それで充分に抑える事が出来る。


2度目の絶望は、アスリートとして最も能力の発揮出来る28歳の時 ……肘を壊した。

この時、念願のメジャーリーグ入りを断念するという絶望を味わった。

肘の再建手術後、2年間の空白を経て見事復活を果たした時、新球を携えていた。


パームボール。


30歳を迎え、投手寿命を延ばす為に習得した新球は、最初はただのパームだった。

それを年々改良を重ねていき、究極の進化を遂げた。

まさに異次元魔球。

今シーズンその魔球は1本のヒットも許さなかったと言われている。


その軌道はまさに揺れて消える ……しかも打者目線では初速100キロに満たないボールがホームベースに近づくにつれ、徐々に速くなるような感覚にとらわれると言う。

北見は絶望をとんでもない力に変えた。


この日本シリーズで、しろくまが北見から打ったヒットは 0。

第1戦は 5イニング無安打、三振が11。

第3戦にはピンチにリリーフ登板、水野と中江の二人から三振を奪っている。

17打者から13の三振。

 

しろくま打線は、誰一人まともなバッティングをさせてもらっていない。

しかもこのシリーズ、パームはまだ1球も投げていない。


優深が言う通り、とても短期決戦で攻略出来るようなピッチャーではないのかも知れない。



でも ……


あの時だって。


春の神宮大会準決勝。


9回裏。


完全無欠と言われた北見から初球打ちの3連打。

水野の逆転サヨナラ3ラン。

あれは奇跡でも何でもない。

チームの力だ。


もし ……


あの時、打席に立ったのが水野じゃなく俺だったとしても ……

それでも俺が試合を決めた。

バカげた妄想だが ……あの時、俺のメンタルは北見の163キロをぶっ叩く自信があった。

ジョーだって島だって同じだと思う。


こんな事、恥ずかしくて誰にも言えないが、チームには時としてそんな力が生まれる。

そんな風が吹く時がある。


データを超える力。

説明のつかないポテンシャル。

チームワークのパワーは無限大。

俺は本気でそう信じている。


勝てなくたっていい。

優深の為、いや大沢朔の為にも ……そんな風を吹かせて欲しい。



主審の右手があがった。


すぐに北見がモーションに入った。


1番鴻野に対する初球。



えっ !



97キロ表示。



いきなりのパーム。



「ストライクッ !」



鴻野の重心が崩れた。



・・・




2球目。


内角低め。


155キロのスプリット。


見逃した。



「ストライクツー !」




3球目。


また内角低め。


鴻野の鋭いスイング ……



「ストラックアウト !」



156キロのカットボール。

 

・・・キレッキレ




2番京川。


いきなり内角高めに163キロ。



・・・速い



「ストライクッ !」




2球目。


外だ。


151キロのツーシーム。



「ストライクツー」




3球目。


99キロ。


ど真ん中のパーム。


シャープなスイング。



「ストラックアウトッ !」



・・・



 

 

そして3番水野 ……


初球、2球目とパームボールを見逃した。


簡単に追い込まれた。



3球目。


3連続だ。



・・・また見逃した



「ストライクスリー !」



水野が3球見逃し …

 



・・・これが北見将剛か


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