極上のしもふり


シーズン中のヒットはゼロ。

そのほとんどが三振。

そんな男が ……

とんでもない奇跡を巻き起こした。


観客も呆然。

立ち上がるわけでもなく、叫ぶわけでもない。

ただただ呆気にとられてザワザワザワザワ。


そんな中、その男は無表情でタラタラとダイヤモンドを周っていた。



リプレイ映像。


伊勢谷の初球。


伝家の宝刀、エンジェルフォール。


145キロのお化けフォーク。



一本足からの大沢張りのアッパースイング。



「ストレート狙い」


いくぶん上擦った深町さんの声。



「えっ ?」



・・・なるほど


160キロのストレートをぶっ叩くつもりで、フルスイングしたが、如何せんピッチャーのスイング。

スイングスピードが遅く、しかも軌道もめちゃくちゃ。

奇跡的に145キロとタイミングが合った。

そして、エンジェルフォールがバットの上に落ちて来て芯を食った。


まぐれ以外の何モノでもないが、インパクトの瞬間、しっかりと腰が入り、全体重がボールに乗っていた。

深町さんの言う理想的な体質が、まさかのバッティングで爆発した。



・・・勝った



ヒロ ……



ホームインした鳥越が、ボコボコに祝福されていた。

しろくまたちはみんな腹を抱えて笑っている。


トシの姿も見えた。


弾けるような笑顔で跳びはねていた。



・・・



ヒロ ……



観てるか。



何度も言うが ……



全部、お前のお陰だ。


 


「明日、秋時に会って来る」


突然、深町さんがぶっきら棒に言った。

目が真っ赤だ。



「大沢に ?」


「ああ、佐久間さんと …………それと京川も連れて行く。2人の前で秋時に命令してやる」



「命令 ? ……何の ?」



「 “ ビビっていないで仲間を助けろ ”って」

 


「ビビる ? 大沢が ?」



「今日の京川を見ていたら、秋時は京川に遠慮しているだけじゃないような気がして来た。あいつはずいぶんと実戦から遠ざかってるから、京川以上のプレーをする自信が持てないんじゃないかってな。だが、仲間が全員秋時を待ち望んでいるのは間違いない。京川だって同じはずだ。佐久間さんは慎重派だから秋時の意見を尊重して出さないんだろうが ……この際、俺がしゃしゃり出て秋時のケツを蹴っ飛ばしてやる」



・・・



「これ以上、杉村を待たせるなってな」



・・・



「是非 …………お願いします」



俺は神妙に頭を下げていた。




これで3勝3敗。


遂に並んだ。



最後のデートがしろくまドーム。


日本シリーズ最終戦。




きっといい思い出になる。

 




『放送席、放送席、今日の大ヒーロー、鳥越龍義選手です』



『ども』



『とんでもない仕事を成し遂げましたね』



『ども』



『・ ・ ・ 今日は投げては大ピンチの火を消して、打ってはサヨナラホームラン、鳥越さん一人でマトリックスを倒しちゃった感じですね』



『いや、今日は下村のひと振りに尽きます。あれで流れが変わったんで ……略して、しもふりです』



『・ ・ ・ ・ ・ ・ しもふり ? ですか ?』



『それと9回の極上の守備。併せて〝 極上のしもふり 〟です』



『・・・・・・』




・・・いったい何者 ?




「まあ許してやれ。あれはあれで場を盛り上げようと必死なんだろ ……いいコメントだ」



深町さんが謎のフォロー。

やはり目が充血している。


石神さんの反対を強引に押し切って、プロ入りさせた鳥越龍義。

その鳥越が日本シリーズでMVP級の大活躍。

さぞかし感慨深いものがあるだろう。



あとは大沢待ちだ。



・・・!



「明日、大沢に会ったら是非、渡して貰いたいものがあります。お願いしていいですか ?」



「ん ? 何を ?」



「ウーロン茶ですけど ……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る