動体視力と三半規管


「いっ ! 」


ボールがバットの芯を食った瞬間、思わず左足に力が入り、包帯で締め付けられた左太腿が “ ドクン ” と疼いた。


・・・てぇー


パ・リーグの投手と言えども、甲子園を沸かしたスラッガー。

しかも195センチのカウンターパンチ。


芯を食えば ……


打球を追うトシの背中。


半身でなく打球を見上げるでもなく、完全に背を向けて疾走していた。

ヒロ直伝の美しいランニングフォーム。


センターの鴻野は画面に映っていない。


打球はライト ……寄りの右中間か。


外野は極端な前進守備だったが …


トシの背中の先 ……フェンスが見えた。


・・・トシ速っ


低い姿勢で疾走しながら肩越しに顔を上げた。


トシの頭上 ……白球か ?


跳んだっ !


・・・あっ


もろにフェンスに激突した。


ライトスタンドから悲鳴が聞こえた。


「バカが …」


深町さんが呻いた。


ボールが消えた。


・・・はいった ?


トシはうつ伏せに倒れたまま動かない。



・・・


鴻野がトシに駆け寄った。


遅れて駆けつけた線審も、トシの顔を覗き込む。

トシのグラブを確認して心配そうに、何か話かけてる。

そして遠慮がちに右手で拳を突き上げた。


・・・アウト ?


静まり返ったドームが騒つき出した。


フェンスの下に横たわるトシが、音もなく映し出されていた。


・・・


トシがゆっくり起き上がった。


すぐにグラブの中を見た。


安堵の表情がはっきりと映っていた。


顔を覗き込む鴻野と線審、今駆けつけたコータに笑顔で頷いている。


あれを ……捕ったのか ?



うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー



騒つきが一瞬で爆発した。


スタンディングオベーション。


喝采渦巻くしろくまドーム。


トシが鴻野に支えられながら歩き出した。

いや…

あれは鴻野が肩を組んでいる。

トシはどこも傷めていないようだ。

言葉を交わして二人とも白い歯を見せていた。


・・・あの鴻野が …笑顔 ?




リプレイ映像。


打球方向を予測して …

脇目も振らず疾走するトシ …

打球が頭上を越える瞬間に跳んだ。


・・・なんちゅー動体視力


捕球位置はフェンスより高いか。

捕球と同時にフェンスに突っ込む。

瞬時に身体を捻って、背中全体でフェンスに激突していた。

スローで見ると、頭も、肩も、肘も、膝もしっかりと守っていた。


あれなら、衝撃で息は詰まっても怪我のリスクはかなり低い。


信じられない反射。


三半規管 ?



全部ヒロだ。


不安障害に苦しむ10歳の少年は、野球をする事さえ出来なかった。

ヒロはそんな少年と友情を育み、走る楽しさを伝え、トランポリン、卓球を家族と楽しむよう導いた。


姉貴やおふくろの話では、トシは高校生の時にはトランポリンも卓球も上級レベルに達していたと言う。


この “チームの窮地 ”と“ トシの無謀 ”を救ったプレーには、トシに対するヒロの思い全てが詰まっていた。

 


・・・ん ?


鳥越が …


セカンドの守備位置あたりでトシを迎えていた。


鴻野とグータッチを交わして、トシの頭を小突く偏屈者からも白い歯が覗いていた。


鳴り止まぬスタンディングオベーションの中、鴻野も鳥越もトシに少年の笑顔を向けていた。



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