華やかさとは無縁で有るべき
ツーアウト。
そしてピッチャー伊勢谷の打順。
だが伊勢谷はまだダグアウトから出て来ていない。
・・・代打か
伊勢谷は8回のみの登板 …9回には代打が出て、お役御免の予定だった ?
だが鳥越の快投を見て、マトリックスは迷っている。
一人でも出塁すれば、それが勝ち越しのランナーとなりマトリックス打線は上位に繋がる。
この回、1点でも入ればその裏は間違いなく化け物守護神を出してくる。
9回裏、しろくまは下位打線。
だからこの回の1点は勝負を決定づける。
そんな9回表、鳥越龍義はいとも簡単にニつのアウトを取った。
延長戦を考えなければならない。
日本シリーズは15回まで延長がある。
勝負が着かなければ、あと6イニングもある。
伊勢谷を引っ込めるのは早過ぎる。
迷いはそんなところだろう。
主審が三塁側のダグアウトを見て催促していた。
マウンドの鳥越は相変わらずの仏頂面で怠そうにバッターを待っている。
今、バットを持った伊勢谷が出て来た。
結局伊勢谷は続投。
おそらく延長になっても次の打席が周って来るまで投げるつもりだ。
「ツーアウトッ !」
京川が高らかに声を張った。
守備陣がそれに応える中、グランドの真ん中に佇む男はまったくの無反応。
スタンドにも微妙な空気が流れていた。
・・・
ピッチャーがこれじゃ、チームの士気も上がらないし、観客も熱狂出来ない。
野球少年、少女が憧れることもない。
もし他のピッチャー ……例えば月島がこの場面でこんなピッチングをしたら、しろくまドームは凄い盛り上がりを見せたはずだ。
掴みどころのない振る舞い ……太り気味なのもビジュアル的にマイナスだ。
どうもイメージが悪い。
・・・勿体ない
背丈が175センチ強。
たぶん90キロは優に超えていそうだ。
いかにも重そうで ……だから常に怠そうにも見える。
「あれだけ力のある真っ直ぐ、普通に使えるスライダーとフォークがあって、決め球のカーブは無敵 ……カラダをもっと絞れば、もっと凄いピッチャーになれるんじゃないですか ? その方がもっと人気も出て、それが鳥越自身の収入にも繋がる」
こんな凄いピッチャーなんだから ……
もっと野球を楽しんで、見る者にもっともっと感動を与えて欲しい …彼の為にも心底そう思うが …
「タツヨシはまず野球をする前提として、被害者の遺族の心情を踏まえて、自分は華やかさとは無縁で有るべきと考えとる」
深町さんは如何にも辛そうに言葉を吐き出した。
「・・・そんなぁ」
「それと体重に関しては、確かに重く見えるし、若干腹は出ておるが、実は体脂肪は20%を切っとる。あれは筋肉の塊だ。タツヨシのカラダは驚くほど柔軟な筋肉に覆われておる。関節の可動域も理想的、体幹が太く重く上半身と下半身のバランスもいい。タツヨシは無理して食べて、球速を上げる為に敢えて体重を重くしているんだ。その体重をボールに全部乗せる。だから力感のないフォームからあのストレートが投げられるし、カーブで打者を翻弄する事も出来る。ああ見えて相当ストイックな努力家、俺からすると申し分のない選手なんだが ……いかんせん、それを表に出す能力が圧倒的に欠如しておるんだな」
・・・まいったな
マウンドの鳥越は伊勢谷に対してもカーブ2球で簡単に追い込んでいた。
打席の伊勢谷はホームベースからかなり遠い位置で構えていた。
最初から打つ気なし …そもそも打とうにもあれではバットが届かない。
3球目
・・・?
まさかの真っ直ぐ
137キロ表示 ?
抜けた ?
握り損なったか ? ……完全な失投。
伊勢谷が慌ててバットを出した。
長いリーチ。
そのバットに棒球が吸い寄せられていった。
・・・まさか
ジャストミートッ !
「なっ !」
深町さんが一瞬で固まった。
打球角度が完璧だった。
打球がライトの上空に舞いあがった。
・・・トシ
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