金の為だけに …


「同点 !」


興奮したアナウンサーの叫び声。


・・・追いつかれた


ファーストのケースケが捕球と同時にすぐさま素早いバックホーム。


三塁を大きく回っていた蒼野が慌てて戻る。


・・・さすがケースケ


こういった冷静な守備が傷口を最小限に食い止めるのだ。


しかしコータもあんな打球をよく止めたもんだ。


おそらく抜かれなくても、少しでも後ろに逸した時点でもう1点が入っていた。


なおも満塁だが ……まだ同点。


・・・何とか凌げ

 

ツーアウト満塁で、バッターが6番マルチネス。

前の打席、月島の高速スプリットを完璧に捉えてツーベース。

怪物打線はどこまでも続く。


・・・ !


佐久間監督代行が出て来た。


「ピッチャー鳥越」


・・・交代 ?


「 “ 延長も視野 ” ってヤツだな。龍義ならロングリリーフも行ける」


珍しく深町さんの解説が入った。


確かに今日の鈴木奏太では制球力が心許ない。


だが ……


鳥越はもっと心許ない気がする。


 

鳥越龍義がゆっくりとマウンドに歩いて来る。


・・・相変わらず覇気がない


鳥越がマウンド上で鈴木からボールを受け取った。

無表情の二人が一言二言言葉を交わしていた。

同じような無愛想な二人だが、鈴木奏太には野球を楽しむ雰囲気が感じられた。

しかし、この鳥越にはそれを感じた事がない ……のは俺だけの感覚か。


鈴木がマウンドを降りた。

スタンドからは温かい拍手が送られていた。

鳥越が気怠そうに投球練習を始めた。

何とも力感のない投球フォーム。


しかし …


見事なバランス ……綺麗な球筋。

ストレートは何気に150キロを超え、フォークもスライダーも普通に使える。

そして何と言ってもカーブが凄い。


シーズン中はコントロールに苦しんで、四球、ワイルドピッチ、パスボールで自滅するケースをよく見たが、このシリーズはここまで完璧だった。


第3戦、3イニングを無安打無得点。

第5戦、2イニング3分の2を1安打無得点。

しろくまが勝ったゲームではこの鳥越の快投が大きな役割を果たしていた。

ここまではマトリックス打線を普通に抑え込んでいる。


ならば、その期待感でスタンドも盛り上がりそうなものだが ……


そうでもない。



「なんか不思議な奴だな」


思わず考えていた言葉が漏れてしまった。


「まあ ……確かに変わり者だ。龍義は金の為だけに野球をやっとるような子だからな」


俺の呟きに、深町さんがしみじみと言った。



「えっ ? カネ …ですか ?」


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