バカだから


「出ない ? ……それはどうして」


「バカだから」


監督がつまらなそうに言葉を吐き出した。


「バカ ? …だから」


・・・相変わらず何言ってるか分からん


「ああ、こんな時でも ……いや、こんな時だからこそ、かな ? 大沢は支えようとするだろうな」


「支える ? 誰を ?」


「前半戦最下位だったしろくまがここまで巻き返せた一番の功績者 ………下村は誰だと思う ?」


監督はテレビに目を向けたまま俺の問いかけをスルーして逆に質問して来た。

テレビには草薙の投球練習が映し出されていた。

もうすぐ試合が始まる。

エース登場でさすがにスタンドも徐々に盛り上がりを見せ始めている。


「功績者って言われても …一人だと難しいですね。京川は夏場離脱したし……水野は前半ぱっとしなかった …鴻野 …三枝 …柿田 …鈴木奏太 …しっくり来ないな ……やっぱり水野かなぁ ……水野ですか ?」


「俺の中では断トツで京川だ。それと …杉村」


「えっ ……ヒロ ?」


「巻き返せた要因の一つは後半ベテランが奮起したから ……これは明らかに杉村が影響しとる。哀しい事だがな」


「・・・」


「だがベテランの奮起は、千葉体制下でモチベーションが下がっていた奴らが、杉村の事を知って本来の力を発揮し始めたに過ぎん。辻合や柿田なんて前半戦は怠けていただけだ。老け込むには10年早い」


「はははっ ……10年ですか」


「京川はチーム全体のモチベーションをあげ続け、自らも結果を出した。桃井、沖野、奏太、南村 ……そして下村稔成。新人がフルシーズン活躍したのは京川の影響力大だ。だが京川は新人だけではなくチーム全体の奮起を促した。キャッチャー京川の影響力は投手陣を奮起させ、バッターの京川は前後を打つ鴻野、水野のモチベーションを高めた。新人のキャッチャーが開幕マスクを被り、打ちまくって走りまくる。途中、大怪我して戦線離脱したが、復帰後すぐに大車輪の活躍」


「考えてみれば凄い」


草薙の投球練習が終わって、マウンドに駆け寄る京川が映っていた。

エースに何か言われて、照れくさそうな笑顔。

白い歯が眩しい。

確かに京川はいつ見てもキラキラしている。


「俺は夏場にひと月以上京川と過ごした。リハビリでな。奴の思考回路はいつもポジティブで感心したよ。あいつは野球を楽しむ天才だな。そんな奴を見るのは杉村、大沢以来だった」


「やっぱり楽しむって大事ですか ?」


「プロになれば特にな。一年目からスタメンマスクを被って、大先輩をリードする。プロのピッチャーなんて王様ばかりだから、相当気を遣うだろう。本当は心身共にヘトヘト、体中が痛いだろうが、奴はいつも楽しそうに野球をやっとる。実はそれが奴を疲れなくさせている。野球なんて遊びだ。生きるか死ぬかの闘いだと思っている奴が多いが、そうではない。内なる楽しさがなければ、力なんて発揮出来ない。楽しむ力をあまく見てはいかん。野球が遊びだという事を正しく理解し、純粋にプレーを楽しむ事こそが最も大切な事であり、そんな選手がいればいるほどチームは強くなる」


「あの ……大沢がバカっていうのは、もしかして京川に ……」


「そんな京川の頑張りを誰よりも理解し、誰よりも共感しているのは間違いなく、あのバカだ。あのお人好しが、最後の最後に京川からキャッチャーマスクを奪う方を選ぶか ? ブルペンに籠もってリリーバーを万全な状態に整える ……裏方で京川とピッチャーを支える方を選ぶか ? どうだ下村、あのバカはどっちを選ぶと思う ? 」


・・・クソッ !


ブルペン一択しかねー


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る