3層仕立てのさっくりチョコタルト


8年ぶりのリーグ制覇。

地元開催でスタートした日本シリーズ。

南洋市民を打ちのめした1戦2戦の大敗。


しかし、福岡での3連戦でまさかの2勝。

2勝3敗で迎えたしろくまドームでの第6戦。

普通なら相当な盛り上がりを見せるだろう。


しかしテレビカメラが映し出したスタンドの風景は、いつもより重苦しく感じられた。


昨夜、ホームチームの監督が実の息子に刺された。

その息子は通学途中の14歳の少女を誘拐し自宅で3週間も監禁していた犯人だった。


アナウンサーが冒頭に千葉監督入院の話題に触れたが、事件の事には触れなかった。

解説者も怪我の回復を祈っています、と言ったきりで事件には言及しなかった。


野球中継は試合を盛り立てなければならない。

暗いニュースは極力避けたいだろう。



どんよりした空気の中、マトリックスのラインナップがアナウンスされていた。



『1番サード、国分隆太 背番号7』



『2番セカンド、神田優生 背番号13』



『3番センター、蒼野陸駆 背番号1』

 


『4番ライト、葛城雄一郎 背番号8』



『5番ファースト、ロベルト・オルランド 背番号25』



『6番レフト、エルナンド・マルチネス 背番号41』



『7番キャッチャー、加治川翔 背番号6』



『8番ショート、繁宮千颯 背番号9』



『9番ピッチャー、鳴沢征之 背番号45』



・・・不動の最強メンバー




続いてしろくまのスターティングラインナップ。



『1番センター、鴻野涼介 背番号27』



『2番キャッチャー、京川聖 背番号51』



・・・大沢



『3番ショート、水野薫 背番号4』



『4番レフト、中江蓮 背番号2』



『5番ファースト、森田佳祐 背番号9』



『6番サード、グレイソン・トーレス 背番号57』



『7番ライト、下村稔成 背番号37』



・・・トシ



『8番ピッチャー、草薙礼二 背番号49』



『9番セカンド、辻合航汰 背番号6』



打線の迫力が違いすぎるか ……やはり見劣り感は否めない。



ノックの音。




「はい ?」



「失礼します。点滴どうですか ? あっ終わってますね ……しろくまの応援ですか ?」


若い看護師が笑顔を向けてきた。


「ええ、まあ」


「ここまで来たんだから頑張って欲しいですよね」


そう言ってテキパキと針を抜くとすぐに病室を出ていった。


「よお」


看護師さんと入れ替わるように、大きな男が病室に入って来た。


「監督っ」


「ほれ、見舞い」


深町監督がいきなり何かを放った。

胸の前でキャッチすると、それはお菓子だった。


「今、コンビニで買って来た。3層仕立てのさっくりチョコタルト ……知ってるか ? 」


「いえ」


「最近の俺ブーム。いけるぞ」


「・・・はあ」


「これ食いながら一緒に野球観戦しようと思ってな。たくさん買って来たぞ。ところで怪我はどうだ ?」


コンビニ袋を提げた深町監督が人懐っこさを漂わせながらベッドサイドの小さな椅子に巨大な尻を乗せた。


「もう大丈夫です。たぶん明日には退院します。いろいろありがとうございました」


「それはよかった ……おっ始まったな」


監督が眩しそうにテレビに目を向ける。



「大沢は2軍のままですかね ?」


「ん ? ……いや、今日1軍登録されとる」


「スタメンじゃないですね」


俺がそう言うと、監督の顔がいきなり厳しいものに変化した。

人懐っこかった目元が急に据わった。


「代打の切り札的な起用ですか ……ね ?」


目を閉じた監督の顔は怒っていた。

暢気なのか短気なのか不明。

そのあたりは昔とちっとも変わらないか。


目を閉じたまま深町監督が呟いた。



「佐久間さんなら、すぐに秋時を1軍に戻してスタメンで使う。俺もそう考えとった。 ……だが …………考えてみれば秋時は試合には出んな」



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