おめでとう


「大学を卒業して、父のコネで就職した会社の人事部で、私はすぐに社長秘書に抜擢されたよね。大学の時に私が取得した法律の資格が重宝されたのだけど、周りの人はそうは思ってくれなかった」


祥華の遠い目。



「社長の愛人とか言われたんだったな」


「社長と対立する派閥の嫌がらせ …ひどいセクハラも受けたわ」


「ズラ常務だったっけ ?」


「凄い、よく憶えてるね。あの時、タカさんに相談したら、次の日には会社に乗り込んで来た」


「社長に “ 改善しろ ”って言っただけだが ……結局、祥華に恥を掻かせただけだった」


「確かに恥ずかしかったけど …あの後、明らかに改善されたわ」


「俺もずいぶんと無謀なヤツだな」


「いいえ ……タカさんはあの時、まず家族、まず個人だったの」



「・・・」



「優深の名前を二人で考えた時、タカさん必死だった。優深が高熱を出した時も、私がインフルエンザに罹った時も ……私は安心してタカさんを頼った。でも ……」



「・・・でも」



「相談された事、頼られた事は一度もない」



「あ、いや ……」



「全部一人で抱え込んで、自分を追いつめていくの」



「そんな大層な男じゃ ……」



「ヒロさんの事だって ……」



「・・・ヒロ」



「私だって、知りたくない現実だった。でも絶対に知らなければならない現実なの。だって、今のあなたがあるのも、今のトシくんがあるのもヒロさんの影響力があってこそだから ……かけがえのない人なのだから ……私にとっても …」



・・・大粒の涙



「あなたは一緒に喜びを分かち合おうとするけど、苦しみは分けてくれない。志木さんを見ててようやくそれに気づいたの。タカさんには、私が必要じゃない」



「そんな事は ……」



・・・ないが



「勝手な事ばかり言ってごめんなさい」



「・・・いや、謝る必要はない」



「志木さんには私が必要なの」



「・・・そうか」



「私、ずっと悩んでいたけど ……決めました」



「そうか」



「志木さんを支えていきます」



「ああ …………おめでとう」



「えっ !」


小さく声を漏らした祥華が、ゆっくりと目をあげた。



「おめでとうは変か ?」



「それも、タカさんらしいわ」


祥華が呆れたように息を突いてみせた。



「優深とはもう会わない」



「いいの ?」



「相手 ……志木さんもいい気はしないだろう ?」



「でも ……タカさん大丈夫 ?」



「ああ ……ただ一つだけ頼みがあるんだが ……」



「頼み ……何でも言って」


祥華が悲しそうに笑う。



「今晩、しろくまドームでトシの試合を一緒に見る約束をしていたが、このザマじゃ行けそうにない。それを優深に伝えて欲しい。それと ……」



「それと ?」


・・・もし


「もし ……」


「もし ?」


「もし今晩しろくまが勝ったら、最終戦 ……優深としろくまドームで最後の野球観戦をしたいんだが ……」



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