第九章 祥華

【 眩しい透明感 】



泥のように眠った。


・・・


何故 …のよう ?


・・・今度由来を調べてみよう




すっきりした目覚めだった。


7時半。


腕にチューブが突き刺さっていた。


チューブを辿るとポタポタと液体を落とす透明な袋 …… の先に人影。


「おはようございます」


爽やかな笑顔。



「早いな」


「オートファジーですから、朝に強いんです」



・・・何言ってるかわからないが ……



「と言うわけで、行ってまいります」



「えっ ?」



「出勤の時間ですので …………主任の好きなブラックの缶コーヒー、冷蔵庫に入れておきましたよ 。あと素焼きのナッツもここに …」


眩しい透明感。



「また朝早くから見舞いに来てくれたのか ?」


「昨夜主任、相当出血していましたから、心配で ……」



「そうか …………今日は出勤するのか ?」



「私が昨夜撮ったライブ映像 ……撮影者の証言が必要みたいなんです。班長に絶対出て来いって言われちゃいました」


「体の方は大丈夫なのか ?」


「ぜんぜん大丈夫です。スタンガンって麻痺が正常に戻ると、まったく後遺症がないんですね。今朝はもう目覚めからスッキリです」


「若いんだな」


「歳は関係ありません。主任が無茶し過ぎなんですよ。今日は病院を抜け出すなんて言われても迎えに来ませんからね」


そう言って睨みつけられた。



「ああ、今日は大人しくしてる」



「お願いしますね。ではでは」



梨木は笑顔を置いて、軽快に病室を出ていった。



リモコンでテレビをつけた。


朝の情報番組。


話題は昨夜の事ばかりだった。

日本シリーズ激闘中に起きた怪事件。

当該の監督が刺された。

同居する長男の凶行。

そして、その長男こそが少女誘拐拉致監禁事件の犯人だった。

マスコミが喜ぶ題材満載だ。

当然、日本中が大騒ぎになるだろう。


洋平に刺された千葉正利は、重症だが命に別条はなさそうだった。

今晩の第6戦は、佐久間ヘッドコーチが監督代行として指揮を執る、といった話題もあった。


国仲美摘さんのプロフィールに詳しく触れたニュースはほとんどない。

当然の配慮だが、ひとまずは安心した。


ふと、週刊 “真相”の利根を思い出した。

あんなゲス野郎が美摘さんの周りを彷徨いていたら、やはり俺は今でも自分を制御出来なくなるだろう。

あんなもの青臭い正義感でもなんでもない。

歳や経験なんて関係ない。

小学校で習う道徳の話だ。


蓮見一族の譜系を紹介する記事まであった。

ネットでは噂やら憶測やらが飛び交い、すでに一族の隠蔽工作にまで触れるものまであるらしい。


・・・やっぱりネットって恐ろしいな


もう噂になったこの時点で、蓮見泰嗣も健一郎もお終いだ。

状況証拠なら腐るほど揃っている。

あっという間に真相にまで辿り着いてしまうかも知れない。


洋平の認否は明らかにされていない。



・・・昨夜


突然、奴の顔が変った。

異常者の目。

父親の度重なる暴力が何か・・を目覚めさせた。

途端に、屈強なグレート・デンが尻尾を巻いて逃げ出し、心を閉じていた美摘さんが悲鳴をあげた。



おそらく ……


奴の中に別人格がいた。


“ 解離性同一性障害 ”


いわゆる二重人格。


少年期に千葉正利から受けた暴力が原因で心的外傷となり、洋平の中に凶暴な別人格を作り出した。


すべて想像だが、父親の暴力を宥める洋平と躊躇なくナイフを振り下ろした洋平が同じ人格とは思えない。

いずれ精神鑑定等で明らかになるだろう。



また眠気が襲って来た。


昨夜、洋平との格闘であちこちの傷口が開いていた。

おそらく電撃のショックで痛みさえ鈍くなっていた。

だからまったく気付かなかったが、かなりの失血があったようだ。



いつの間にか、再び深い眠りに落ちていた。


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