木刀


15分後 ……


梨木が凄い勢いで戻って来た。

車に駆け込んで来てすぐ、俺にスマホを差し出した。


「久住さんがすぐに連絡くれるそうです」


梨木は息を切らしていた。


「ずいぶん早いな」


「対応して下さった日比野さんとおっしゃる広報部の方がすごく親身になっ ……」


着信音に梨木の言葉が止まった。


俺はスマホをすぐにスワイプした。


「下村です」


『久住です。例の件、今朝、下村さんに言われた通りの言葉を伝えました。

千葉監督は一瞬、何か思い当たるような表情を見せましたが、ひと言 “ それは何かの間違いだと思いますが、帰宅したら一応確認しておきます ” とだけ言って平静を装っている風でした。

すぐに帰るように言ったのですが、監督は “ チームと同行します ” の一点張りでしたので、今、私と同じ新幹線に乗っています。15時32分南洋着の新幹線です。駅からはタクシーで帰宅するはずですので、16時前後が帰宅時間になりそうです』


「ご親切にありがとうございます」


『何かありましたら遠慮なく連絡して来て下さい。こちらも何かありましたらこの番号に連絡します』


「ご協力とお気遣い、本当に感謝致します」


『事件の解決を祈っております。では失礼します』


「はい失礼致します」


言い過ぎず、言い足らず。

俺に伝えるための言葉自体にまったくの過不足がなかった。

やはり、聡明な人なのだ。

この電話一本だけで、久住GMの人と成りを表しているような気がした。



「千葉監督の帰宅時間までまだ時間がありそうだ。マンションの近くにファミレスがある。そこで何か食べよう」


梨木にスマホを返しながら言った。


「はいっ」


スイフトスポーツがすぐにエンジン音を鳴り響かせた。






ファミレスで梨木と向かい合うと、打ち合わせのような会話になった。


「班長に報告して、応援をもらわないとですね」


「いや、応援要請は警察内部で共有される。どこでどう漏れるか分からない。とにかく被害者の安全を確保するまでは、公にしたくない。ここは二人で行く。梨木が被害者を助ける。俺が犯人を抑える。それしかない」


「主任、そんな身体で ……それは絶対にダメです。なら、私が犯人、主任が被害者保護。それで行きましょう」


「いや、それは危険だ。俺は大丈夫だ。引きこもりの一人くらい何て事ない」


「今、危険って言いましたよ。なら満身創痍の主任より私の方が、危険な犯人を取り押さえられます」


「警棒でもあればともかく、相手は俺と同じくらいの大男なんだぞ」


「主任 ?」


「なんだっ !」


「実は車の中に護身用の木刀が置いてあるんです。今主任は警棒でもあればともかくって言いました。私、警棒より木刀の方が使えるんですよ」


「ぼっ、木刀 ?」


「そこで問題です。まっすぐ歩く事も出来ない主任と、木刀を持った私。闘ったらどちらが強いでしょうか ?」


「・・・」


・・・木刀を持った梨木 ?


そんなの、怪我してなくても俺が負けるだろ。




梨木のスマホにラインメッセージが入ったようだ。

反応がめちゃくちゃ速かった。

すぐに画面を差し出して見せてくれた。


島からだった。


“ 本日午後より本部長が急遽、東京へ出張。刑事部長も同行した。喬太郎の件で蓮見泰嗣から呼び出されたか ? ”



風向きが変わろうとしている。


一族が洋平を見捨てようとし始めたか ?


口裏合わせか、“ 隠蔽工作 ”の隠蔽か。


おそらく、そのあたりを一族で詰める。


そんなところだろう。




隠蔽関与の状況証拠ならいくらでもあるが、そんな事はもうどうでもいい。

風向きの変化を洋平に知られる事。

今はそれだけが恐い。


俺たちは15時半にマンションの前に到着した。

ハザードを点け、そのまま車の中で待った。

梨木が目配せで後部座席を示した。


・・・木刀


これを構えた梨木を想像した。


確かに警棒や竹刀よりは数段強そうだ。




16時 7分。


マンションの前にタクシーが停まった。


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