心のバランス


『外角低めっ !』



『繁宮が強引に叩きつけたっ !』



『打球が大きく弾んだっ !』



『セカンド辻合が突っ込んで来る』



『繁宮速いぞっ !』



『辻合、落ちて来た打球をハーフバウンドで ……抑えたっ !』



『うまいっ !……が、これは間に合わないぞ』



『えっ ?』



『捕球と同時にグラフを後ろに振り払った』



『ボールがまっすぐに森田のミットに』



『アウト ? …………アウトです』



『信じられませんっ !』



『何というプレー』



『一塁を駆け抜けた繁宮も驚いています』



『辻合のスーパープレー。ノールックバックハンドグラブトスとでも言いますか ……いや、トスじゃないです。辻合はグラブから直接矢のような送球をしました』



『あっ、戻って来た繁宮が辻合に向かってヘルメットに指をかけて、軽く頭を下げました。わぁー …名手が名手に敬意を示しています』



『マウンドの柿田も辻合に向かって拳を突き上げています』



『ベテラン辻合の凄いプレー。恐るべき身体能力 !』



『日本シリーズ第5戦は昨日と打って変わって緊迫の投手戦です。今シーズン初先発の柿田、3回をパーフェクトピッチング』




コータ ……



カッキー ……



・・・凄いな




大学時代、深町監督恒例のマッサージ。


あの時、監督が感心していた三人の選手。


力丸、辻合 ……そして柿田。


筋肉の質とバランス、関節の可動域が理想的な身体だったらしい。


身体のアンバランスを必死に矯正していた当時の俺は、本気で嫉妬したものだ。



しかしあの頃の柿田は、心のバランスが最悪だった。



スポーツ、特にスピードやパワーを競う競技は、生まれつき身体能力と運動能力に恵まれていれば、大した努力をせずに幼い頃から人の優位に立つ事が出来る。

常に優越感が友達。


そんなヤツには子供の内に、周囲の大人がしっかりと道徳や感謝、謙虚を教えてあげなければいけない。

でなければ、勘違いしたお山の大将が出来上がってしまう。


高校一年の俺がまさしくそうだった訳だが、南洋大野球部に入って来た時の柿田は、俺に輪をかけた勘違い野郎だった。

俺の場合はヒロや大沢のおかげで16の時に勘違いに気付いたが、柿田はそのまま高校を卒業してしまった。



銀色に燃え盛る長髪。

金色に光るピアス。

人を見下した眼 …態度。


150キロ越えの豪球を投げる王様。


しかし、大学のグランドで王様を待っていたのは ……水野 …大沢 … 西崎 …大石。



柿田にしてみれば悪夢でしかなかっただろう。


王様はすぐに西崎に丸坊主にされ、優しい・・・先輩たちにおもちゃにされた。

自慢の豪速球は西崎や大石に遠く及ばない …それどころか、大沢や水野にも敵わない。



柿田の姿はすぐにグランドから消えた。



それを連れ戻して来たのも ……



やっぱりヒロと大沢だった。




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