老人

 

無性に疲れた。


この監禁状況から脱する方法を見いだせない虚しさと、悪あがきで無駄な体力を使った事で心身が異常に消耗していた。

手錠を掛けられて、見知らぬ部屋で右往左往する事が、これほど疲れるものなのか ?



・・・情けねーな



ブラックの缶コーヒーを持って、ソファに体を投げ出した。

徒労感に身体中が蝕ばまれていく。

被害者の絶望すら遠い世界の事のように、彩度が薄くなっていく。


クソッ !



なんとなくテレビをつけてみた。



・・・なんだ ?



いきなり衝撃映像が目に飛び込んで来た。



上空から映し出された地獄絵図。


激しい炎と黒煙。

横転した巨大な車輌が猛火を噴き上げていた。それを取り巻くように停車した十数台の車。その内、五、六台の車両が燃えている ……バスも防壁に突っ込んで炎上していた。



画面の右上には衝撃的なタイトル。


〜 静岡県内の東名高速で、タンクローリーが爆発炎上、十六台を巻き込む多重事故。

犠牲者は10名以上か ! ? 〜



・・・ひでぇ



ワイドショーのキャスターや評論家たちが深刻な顔をカメラに向けていた。


手元の缶コーヒーが空になっていた。

知らぬ間に一気に飲み干していたようだ。


画面から目を離さずに立ち上がって、キッチンカウンターからもう2本持って来て、ソファに腰をおろした。



高速道路に設置されたカメラや目撃者の証言、そして事故現場に居合わせ難を逃れた車のドライブレコーダーから次々と事故状況が明らかにされていった。



元は煽り運転が原因らしい。


煽られた車(クラウンアスリート)が、150キロ以上のスピードで前方を走るタンクローリーの前に強引に割り込んだ。

その時、アスリートのトランク後部がタンクローリーに接触した。

その衝撃でハンドルを取られたタンクローリーが一度防壁に接触し、立て直そうとハンドルを切った時、一気に横倒しになった。

タンクローリーは3車線を完全に塞ぐ形で横転し、そこに後続車が次々と突っ込んで来て衝突、十五台を超える多重事故になった。

タンクローリーには多量のガソリンが積載されており、横転によって漏れたガソリンに引火、爆発したものと思われる。


アスリートを煽っていたと思われる車両(アルファード)は、事故現場に無傷で停車してあり、運転者は行方不明。

逃走した疑いが持たれていた。



・・・煽り運転



監視カメラ社会の是非はともかく ……


こういう時のドライブレコーダーはその有用性を遺憾無く発揮する。

一昔前なら、煽り運転 …クラウンアスリート …そしてアルファードに辿り着くまでに、延べ何百人もの捜査員の地道な聞き込みが必要だった。

更にそこからアルファードを特定するまでにも、気の遠くなるような捜査が待っていた。

だが、今は様々な角度からアルファードの煽り運転を証明し、そのナンバーを映し出してくれる。

警察はその車の所有者を探すところから捜査が始まる。運転者を見つけるだけで、一気に事故の真相に迫る事が出来る。


こういった世情の変化が “ 今や事件解決の決め手は、コンピュータ解析と資料分析で9割方占める ” と言われる所以であり、鑑識の島が本庁のエースと呼ばれる所以でもある。



・・・ん



玄関から物音が聞こえた。


鍵を回す音。



誰だっ !



袖原か ? 迫田か ?



「いやあ、やっとお目覚めかね。下村君」



コンビニ袋をぶら下げた老人がにこやかに現れた。



・・・ ?



「ずいぶんと久しぶりだね」



あっ !



「きっ、来橋教授 ?」



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